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認知症バリアフリー社会の実現にむけて

2020年2月20日 社会政策コンサルティング部 山本 眞理

認知症バリアフリー社会が求められる背景

2018年時点における全国の認知症の人は500万人を超え、65歳以上高齢者の約7人に1人が認知症であると見込まれている。しかしながら、多くの認知症の人は、診断を受ける前、それまで過ごしてきた当たり前の生活を続けられている訳ではない。ケアを受ける立場として、自分の身を処し、周囲に心配をかけないよう自宅の中や、施設等での生活を選択していることも多い。我が国は、認知症の人にとって、必ずしも暮らしやすい社会とはいえない状況にあるといえる。

こうした中、令和元年6月に省庁横断で構成される認知症施策推進関係閣僚会議が、「認知症施策推進大綱」を示し、その中に、認知症バリアフリーの推進を掲げた。認知症になってからも、できる限り住み慣れた地域で、普通に暮らし続けていくための、障壁を減らしていくことが、その意図である。

認知症バリアフリー社会は、認知症以外の人にとっても暮らしやすい社会、いわば地域共生社会を実現するものである。その結果、認知症の人や家族等の経済活動が維持・喚起されることや、家族等の介護離職防止にも寄与することが期待されている。さらに、認知症の人の増加は、世界各国が抱える共通の課題であり、日本が課題解決先進国として、新たな社会システム、製品・サービスを世界市場に展開することも期待されるところである。

専門職は認知症バリアフリー社会の実現をどう考えているか

認知症バリアフリー社会を目指す動きがある一方で、「専門職である "認知症地域支援推進員"は、その実現可能性に懐疑的である」との意見を聞いた。そこで、当社は、全国の市区町村の"認知症地域支援推進員"に対しアンケート調査を実施した*

調査対象とした認知症地域支援推進員の役割は、地域の中に医療・介護等の支援ネットワークを構築すること、認知症の人や家族からの相談や個別支援を行うこと、さらに、認知症の人が社会参加するための活動の場をつくること等であり、まさに、地域の認知症ケアの最前線を担う「専門職」であるといえる。

アンケートでは、約74%が「障壁があることは実感しているが、その解消は難しいと感じている」と回答した(図)。その主な理由として「認知症の症状は多様であり、解決は容易でないと考えるため」、「地域住民の協力を得ることが難しいと考えるため」が挙げられている。

これは、専門職であるが故に、認知症の人が体験している生活上のバリアは、千差万別であることを熟知しており、そのため、一部の障壁を解消することだけで、"普通の暮らし"が実現することは難しいと感じているのではないか。つまり、前述のアンケート調査への回答は、"普通の暮らし"自体を、専門職の視点から規定し、その基準を当てはめて評価した結果とも考えられる。もし、「認知症バリアフリー社会における認知症の人の暮らしは、必ずしも認知症ではない人の暮らしを再現することだけではない」と考えたなら、回答結果も変わるかもしれない。

図 認知症地域支援推進員は、認知症バリアフリーについてどのように捉えているのか(速報ベース)

図1

認知症の人の買い物に同行し知ったこと

バリアフリー社会実現のヒントを得るために、若年性認知症の人の買い物に同行し、店舗の中で、何がバリアとなっているのかを聞き、その解消策を探ろうと考えた。認知症の人は、たくさんの時間をかけて買い物の準備をしていた。例えば、携帯電話で冷蔵庫の写真を撮り重複購入を避けること、買う物や買う場所を書いた細かいメモを作ること、決めた額以上のお金を持たないようにすること等であった。スーパーの中では、買い物をしているうちに出口が分からなくなること、トイレの場所がとても気になること、棚の上の方にある商品が見つけられないこと、セルフレジでお釣りを取り忘れること、お金の出し入れを急かされることがストレスを感じることなどがバリアとして挙げられた。支払いをする前に、商品の購入可否を、1つずつについて家族に電話で確認するというエピソードも聞いた。

しかし、同行させてくれた認知症の人は、必要な買い物が完全にできなくても、人の語り声が聞こえるスーパーに出かけ、コーヒーを飲み、自分が決めたものを1つでも買うことができれば、とても満足だと話された。また、店員には、認知症の人が買い物をしていることを察知してもすぐに支援しないで欲しいとも話された。バリアフリー社会を実現するためには、認知症の人が日常生活を送る中で何を求めているのかを知り、それを解決することから始めることが必要ではないかと思われる。

認知症バリアフリー社会をどのように実現するか

認知症の人、住民、民間事業者等そして認知症地域支援推進員をはじめとする自治体関係者がチームを組み、地域ごとの実際の生活環境の中で語られるニーズを明らかにし、その対応策案を、様々な形で社会に実装していくことが、認知症バリアフリー社会を実現するための重要なプロセスであると考える。

まずは、認知症の人が求めていることを可視化し、社会全体で共有化する。そして、共有した情報を活用し、前述の買い物場面で語られたような、認知症の人の対処策を、より簡便に実践できる支援ツールを開発し、環境整備を進めていく。その成果を当事者に評価してもらい、見直していく工程も欠かせない。

この環境整備のサイクルを構築することにより、私たちは、認知症の人ができないこと、困っていることを助けるという考え方・関わり方から脱却することができ、認知症の人と共に暮らす者として、バリアフリー社会のあるべき姿を知るチャンスを得るのではないだろうか。

  • *認知症バリアフリー社会の実現等に関する調査研究事業,厚生労働省令和元年度 老人保健健康増進等事業,みずほ情報総研
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