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「新型コロナウイルス」感染拡大で顕在化した病床確保上の課題

感染症の患者・感染者の受入の場をどこで確保すべきか

2020年6月12日 社会政策コンサルティング部 村井 昂志

「緊急事態宣言」の全面解除

2020年4月7日、(当初)7都府県を対象に発令された新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言は、5月25日までに全面解除された。6月初旬現在、判明している感染者数や入院者数でみる限り、「第二波」発生の危険性をはらみつつも、一応の小康状態にあると考えられる。一方で、今回の感染拡大により、感染症対策には多くの課題が顕在化することとなった。

本稿では、今回顕在化した課題の中でも、特に「病床の確保」の観点から、今回の事態や、今後の感染症対策に求められる方向性について整理したい。

「感染症病床」のみでは受け入れきれず

医療法上、医療機関の病床は、「一般病床」「療養病床」「精神病床」「結核病床」「感染症病床」に5区分される。このうち感染症病床は、一類感染症(エボラ出血熱など)・結核を除く二類感染症(SARSなど)といった危険性のきわめて高い感染症や、新型インフルエンザ等の新たな感染症に対応する病床である。「新たな感染症」である新型コロナウイルスの患者・感染者も、第一の受入先は、感染症病床が想定された。

一方で、このような感染症は、平時には稀にしか患者は発生せず、その病床数はきわめて少ない(2020年3月時点で全国に1,886床、全病床の0.12%)。感染症が急拡大する局面では、すぐに不足してしまう数である。

そのため、厚生労働省は、感染の拡大初期の2月9日には、「緊急その他やむを得ない場合について、感染症病床以外の病床への入院が可」である旨の事務連絡を出している。

都道府県による病床確保の動き

感染症指定医療機関の指定や予防計画の策定など、感染症対策の権限は、主に都道府県が有する。そのため、患者や感染者の受入病床を、一般病床等からも確保することが、各都道府県にとって急務となった。

例えば埼玉県では、感染症病床数70床(2019年時点)に対して、呼吸器科を有する病院等に対応の可否を問い合わせる形で、3月末までに225床、4月中旬までに300床、5月中旬までに602床を確保した。また、これとは別に、ホテル等の宿泊療養施設1,055床も確保した。

一方、実際の患者受入までには、医療スタッフの確保や訓練が必要であるため、確保した病床をすぐにフル稼働させることはできず、5月初旬まで、宿泊療養の待機者が残ることとなった。

病床の連鎖的な逼迫

新型コロナウイルス感染症の患者や感染者の受入が逼迫していた地域では、次のような状況が複合的・連鎖的に生じていたことが報じられている。

  • 軽症や無症状の感染者の受入先の確保が追いつかず、自宅待機の感染者が生じる。
  • 肺炎疑いの外来患者が一般の医療機関で受診できず、救急医療機関の外来対応の負担が増す。
  • 発熱や呼吸器症状を訴える救急患者の搬送先が見つかりにくく、このような患者を受け入れざるを得なくなった救命救急センターにおいて、重症救急患者の受入が困難となる。
  • 重症患者の治療を行うICU(集中治療室)が逼迫する。

ここからは、一般病床の中でも、特にICUや救命救急といった「高度急性期」の医療を担う病床(以下、「高度急性期病床」)の逼迫状況が、顕著であったことが読み取れる。

平時の病床数の多さがもたらすもの

厚生労働省は、「都道府県医療計画」「地域医療構想」等を通じて、これまで「病床数のコントロール」や「公立・公的医療機関の再編統合」等の施策を推進してきた。このような施策が、結果的に今回の感染拡大に伴う病床の逼迫につながったとの意見もみられる。確かに、今回の逼迫状況や、第二波のリスクを踏まえれば、感染症に備えたバッファの拡大を要する病床もあるだろう。

一方、日本の人口当たり病床数は、国際的にみてきわめて多いことも指摘されてきた。このこと自体は、新型コロナウイルスの感染拡大に対し、バッファとして機能した可能性もあるが、平時の病床の多さは、「1病床当たりの医療従事者数の少なさ」、ひいては医療スタッフの過重労働にも直結しかねない。特に医師は、2024年4月に「働き方改革」における時間外労働の上限規制の適用猶予期間が終了するため、労働時間の短縮は急務である。

病床のバッファ確保の方向性

感染症に備えた病床のバッファの確保にあたり、医療スタッフの労働時間を考慮すると、「病床をとにかく増やす」ことは現実的でない。必要なのは「いかなる機能の病床を増やすのか」の明確化であり、これは地域医療構想の考え方とも軌を一にする。

上記のように、ICUや救命救急等の高度急性期病床の逼迫や、(国ごとに制度や定義が異なるため、国際比較は慎重になされるべきではあるが)国際的にみた日本のICUの少なさの指摘を考えれば、感染症拡大に備えた高度急性期病床の拡充は、バッファの確保の観点から、検討の必要性が高いと考えられる。特に、高度急性期病床が少なく日常的に患者が県外医療機関に流出している県も存在しており、都道府県レベルでの高度急性期病床の偏在については是正の必要があるのではないか。

一方、高度急性期病床は、人員・設備の両面で多くの資源を必要とするため、際限なく増やすことはできない。第二波、あるいは「コロナ後」の次の感染症の急拡大に備えて、「(高度急性期病床以外を含む)感染対応を専門としていない医療スタッフの感染管理の知識・技術の充実」「感染拡大時の医療機関間や医療スタッフ間の分担や支援の在り方のルール化、軽症者の病床や宿泊療養施設の明確化」も、必要性が高いといえるだろう。

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