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児童虐待を防ぎ、要支援家庭を支えるためのICT

2020年8月6日 社会政策コンサルティング部 玉山 和裕

児童虐待等の実態 ―増加の一途をたどる中、コロナがリスク要因

2019年に警察が摘発した児童虐待は1,972件、児童相談所による2018年度の児童虐待相談対応件数も159,850件といずれも過去最多である。また、虐待のおそれやリスクを抱え、支援が必要な家庭などを対象とする「養育支援訪問事業」の訪問家庭数は79,201世帯*1と、虐待には至らずともサポートが必要な家庭(「要支援家庭」とする)も相当数存在することが伺える。

昨今のコロナ禍はこうした虐待のリスクに拍車をかける。社会からの隔絶や過密した家庭環境がストレスや不安を生み、暴力のリスクを高める懸念がユニセフ等からも発信された*2。子どもを守り、保護者を支えることが、今や世界中で急務となっている。

対応の課題 ―虐待が埋もれ、専門職が対応できないリスク

こうした子ども・保護者からのSOSはどのように専門職に届けられるか。前述の児童虐待相談対応件数を経路別にみると、「警察等」79,150件(49.5%)に次いで「近隣知人」21,449件(13.4%)が多く*3、地域コミュニティの希薄化が指摘される中でも、地域の情報提供は重要なパイプである(表も参照)。しかし、地域の人々が顔を合わせる機会がコロナで奪われ、こうした重要な経路が断たれはしないか。支援を要する家庭が孤立し、矛先が子どもに向かう悪循環が生じないか。こうした懸念が現実味を帯びている。

図1

さらに、支援を担う専門職は多忙を極めている。「児童虐待防止対策体制総合強化プラン」(平成30年12月)では児童福祉司を2022年度までに2,020人程度増員することが掲げられたが、現状は2017年の3,235人から、2019年の3,817人(任用予定者含む)*4と道半ばだ。

また、児童福祉法では子どもは「権利の主体」であり、子どもを中心に保護者や行政等が支える形で、福祉を保障することとなる。子どもが主体との考えに基づけば、子どもがSOSを出しやすい手段・環境の積極的な確保も大変重要であろう。

ICTが果たしうる役割と、実践例

こうした中、ICTを活用し、専門職間の情報共有や、子ども・保護者の相談を受ける仕組みが全国で複数運用され始めている。以下にその一例を示す。

  1. 例1)神奈川県及び県内の政令市・中核市「かながわ子ども家庭110番相談LINE」*5
    神奈川県、横浜市、川崎市、相模原市、横須賀市が協定書を締結し、県全域でSNSを通した相談を受けるシステム。児童虐待防止の相談窓口であるが、親子関係や家族の悩み、子育ての不安など、子どもに関わる相談を広く無料で行える。子ども本人も相談できる。
    なお、LINEを用いた児童虐待相談は他自治体の活用事例も多く、例えば東京都では2018年11月1日~14日まで相談専用アカウントが開設・運用された結果、期間内の相談件数は576件と、同期間の電話相談件数(約390件)の約1.5倍であったと示されている*6
  2. 例2)京都府南丹市 クラウドサービスを活用した関係機関の情報共有
    これまでは、児童に関する記録を電話・紙ベースで市が各機関から受けていたところ、これらの情報を各機関が直接クラウドサービス(kintone)上の記録簿等に入力する方法に変更。各機関のリアルタイムな情報共有が実現され、さらに紙で集めていた情報・報告のとりまとめにかかる作業省力化にもつながっている。

図2
出典)サイボウズ株式会社ホームページ


これらのツールによる効果は、概ね以下のように整理される。これは、前述の課題解決にも大きな役割を果たし得るものである。

  1. (1)若年層・子ども本人の多くに馴染みのあるSNSにより、心配事や周りの気になる情報を、手間なく、抵抗感も少なく相談できる。
  2. (2)関係者全員が記載・閲覧可能なクラウドサービスにより、紙ベースでの報告・記録をシステムに打ち込み直すなどの作業を省き、業務を効率化できる。
  3. (3)上記クラウドサービスにより、学校や保育園など日常的に子どもに関わる機関と、行政等専門対応を担う機関のリアルタイムな情報共有が行え、即時的な支援を提供できる。

ICT活用に向けて ―課題と期待

他方、ICT活用には考慮しておかねばならないいくつかの論点も存在する。その筆頭となるのは個人情報の取り扱いであろう。どこまでの個人情報を集め、誰に閲覧権限を与えるか、個人情報保護審査会にかける必要があるのか、など、事前に整理しておくことが必要である。対応方法は自治体ごとに千差万別ではあるが、例えば対応の事例集や手引き(どのような情報を扱う際に審査会対応が必要となるか、など)があれば抵抗感を除く若干の助けとなるのではないか。他にも、既存の基幹システムとの互換性、ICTに馴染みの無い利用者へのサポートなども課題として挙げられる。

前項で示した事例が示唆するのは、「児童虐待防止へのICTの活用は、業務遂行の省力化・効率化をもたらすのみならず、これまではともすると潜在化し見逃されてきてしまっていた虐待を効果的に察知せしめる」ということである。国の関係閣僚会議でも、子育てや子どもからの相談・支援に関して「SNS等を活用した相談窓口の開設・運用を進める」*7とされた。子どもの助けを求める声の把握、専門職の業務効率化と真に必要な支援への集中特化、さらに専門職自身の生活、健康を守るためにも、さらに積極的なICTの導入検討と、そのための環境整備が望まれる。

  1. *1厚生労働省「養育支援訪問事業の実施状況調査」(数値は平成28年度のもの)。なお、訪問の全てが児童虐待やそのリスクを抱える家庭に行われるものではないことに留意。
  2. *2新型コロナウイルスの陰で子どもへの暴力リスクの高まりに強い懸念 ユニセフ等が共同声明
  3. *3平成30年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数<速報値>
    (PDF/564KB) 表は当資料をもとに筆者作成。
  4. *4各年度開催の全国児童福祉主管課長・児童相談所長会議資料「児童相談所関連データ」より
  5. *5神奈川県ホームページを参考に作成
  6. *6LINE株式会社ホームページより
  7. *7児童虐待防止対策に関する関係閣僚会議決定「児童虐待防止対策の抜本的強化について」(平成31年3月19日)
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