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金融経済教育における世界の動きと日本の「今」

2021年3月16日 経営・ITコンサルティング部 大田 裕紀

はじめに

近年、NISA*1やiDeCo*2など資産運用に関する税制優遇の仕組みの整備、FinTech企業の登場、キャッシュレス決済の推進など、金融に関するさまざまな変化が起きている。また、生活(職業)、財産、人生経路などに関する不確実性が高まっており、これまで以上に個々人がリスクをしっかり認識し、判断に必要な情報を収集し、自己の責任で的確に意思決定していくことが求められている。その中で「金融経済教育」の重要性が高まっている。

ここでいう金融経済教育は、狭義においては「個人の金銭管理と金融システムについての正しい知識と理解を促す教育」という意味だが、広義においては「お金や金融のさまざまな働きを理解し、それを通じて自分の暮らしや社会について深く考え、自分の生き方や価値観を磨きながら、より豊かな生活やよりよい社会づくりに向けて、主体的に行動できる態度を養う教育」(金融広報中央委員会、2007)という意味を持っている。

しかし、2019年に実施された金融リテラシー調査*3の結果では、家計管理や生活設計についての授業などの金融経済教育について、「行うべき」との回答は67.2%だったのに対し、「実際に金融経済教育を受けた」と認識している人の割合は、わずか8.5%だった。金融経済教育を求める声に対し、教育を受けたと認識している人は少ない状況にある。

本稿では、このようにあまり浸透している実感のない日本の金融経済教育がどのような経緯を辿ってきたかを概観する。また、先進している世界各国の教育カリキュラムや、徐々に進みつつある日本国内のさまざまな取り組み事例とともに、今後の課題について考察する。

日本の金融経済教育の経緯

日本の金融経済教育の始まりは古く、今から60年以上も前の1952年に貯蓄増強中央委員会が発足したことがそのスタートとされている。貯蓄増強中央委員会とは現在の日本銀行情報サービス局内に事務局がある金融広報中央委員会の前身で、「貯蓄」に主目的をおいた意識啓蒙を行うために誕生したものとされている。1952年といえば、まだ戦後の気配が色濃く残る頃で、「生活の向上のために一生懸命、貯蓄に励むことが重要」と考えられていた。

1973年からは同委員会が全国の小・中学校から毎年研究校を指定し、講師派遣や授業で用いる教材や資料の提供を行った。1988年には、名称を貯蓄広報中央委員会に改め、金銭教育の普及を図ってきた。ただし、この当時の「貯蓄が重要である」という保守的な意識が、国民に深く浸透していることで、今もなおその傾向が根強く残っていると考えられる。

一方、国際社会では2000年代に入って大きな動きが続いた。アメリカでは2008年のサブプライムローン問題によるリーマンショックをきっかけに、金融リテラシー教育の必要性が高まり、2010年に金融能力に関する大統領諮問委員会が設置された。2012年にはOECD/INFE*4にて金融経済教育のための「ハイレベル原則」が作成され、早期からの金融経済教育と学校教育への導入が必要であることを示し、G20ロスカボス・サミットにて承認された。また、OECDが進めているPISA*5と呼ばれる国際的な学習到達度に関する調査にフィナンシャルリテラシーがオプション追加される動きもあるなど、スピーディーにさまざまな施策が取られた。

このような世界的な動きを受け、遅ればせながら日本でも金融経済教育推進会議(2014年~現在)にて、「金融リテラシーマップの策定(2014)」「金融リテラシー調査の実施(2016、2019)」「コアコンテンツの公表(2019)」を経て、子供から大人まで体系的に何を学ぶべきかを示した。そして2020年には小学校教育に関する新しい学習指導要領が施行され、2021年に中学校、2022年に高等学校と、金融経済教育が順次盛り込まれることとなった。ただし、この学習指導要領で示される内容は、各教育段階で数時間程度であり、金融能力育成のための公的かつ体系的プログラムとは言い難く、世界的な動きとの差はまだあると思われる。

先進する海外の教育事例と日本の取り組み

ここで、金融経済教育が先進している世界各国では、具体的にどのようなカリキュラムがあるかを示していく。

(1)イギリスの教育事例

イギリスでは小学校入学前から、金融経済教育のカリキュラムが存在し、年齢別に4段階でカリキュラムが作成されている。

  • 3歳から5歳
    primary school入学前のため、まずは1~10までの数を学ぶ。さらに、コイン、ポンドなどのお金の単位や価格、支払い、おつり、店、購入、財布、銀行などの買い物の場面や消費者、貯蓄、価値といった内容を学ぶ。
  • 5歳から7歳
    ペニー、ポンド、現金自動預け払い機、郵便局、小遣いなどのお金を使う場面や、ニーズ、ウォンツといった心情に関すること、さらにイギリス国民にとってなじみ深いlottery(宝くじ)なども対象にしている。
  • 7歳から9歳
    予算、領収書、現在までの残高など、いわゆる小遣い帳のような金銭の出入りを記録するための語彙に加え、賃金、給与など収入を得るということ、また、地域、チャリティなど収入を得ることだけでない価値観に関わるものも含まれている。
  • 9歳から11歳
    クレジットカード、デビットカードなど日本では中学校で学ぶ内容が含まれ、さらに、経費、控除、損失、リスク、リターンなど日本では高等学校の専門科目の商業の授業でしか取り扱わないような内容をはじめ、貧困やギャンブルなど現代的な問題についても触れている。

(2)アメリカの教育事例

アメリカでは、学習内容は地域や学校の裁量に任され、統一的なカリキュラムとしては実行されていない。しかし、学校での金融経済教育を、地域の企業が支援するシステムが従前から存在している。金融経済教育の内容は、小学校では小切手についての学習、高校ではクレジット教育、投資教育などが行われている。また、確定拠出型年金制度である401kの施行に伴い、企業の一般従業員に対する投資教育も一般的になってきている。

(3)日本の取り組み事例

日本では学校教育以外の分野ではさまざまな取り組みが始められている。たとえば、金融広報中央委員会(愛称「知るぽると」)ではホームページを開設し、お金に関する学習コンテンツや最新動向の発信を幅広い年齢層に向けて行っている。キッズページもあり、クイズやアニメなどのコンテンツが掲載されている。

また、<みずほ>では、将来を担う子どもたちが、金融の仕組みについての理解を深め、複雑化・グローバル化する社会で自立した生活者として生きていけるようにという想いのもと、国内外で金融教育を支援している。具体的には、初等・中等教育分野では、東京学芸大学との共同研究や教職員向け金融経済教育支援、小・中学生の職場体験受け入れなどに取り組んでおり、高等教育分野では、大学に寄付講義・講座を設置している。 また、東京学芸大学との共同研究プロジェクトを実施しており、金融経済教育テキストの開発や、授業支援DVDも開発している。そのほかにも、子どもサマー・スクールの開催や、教員の方を対象とした金融経済教育プログラムの体験やディスカッションの場も設けている。

このように日本においても民間や委員会が中心となって活動しているが、公教育における体系的な教育プログラムはいまだ確立されておらず、不十分な印象がある。

最後に

日本においてさまざまな取り組みが行われているが、海外事例のような公的かつ体系的なプログラムや、民間企業の支援が学校教育に組み込まれるには、まだ時間がかかると思われる。そのため、日本の金融経済教育を促進するためには、家庭内での教育も重要ではないかと考える。

特に幼少期の子供への教育は近年重要視されており、たとえば注目を集めているプログラミング教育などはさまざまな教材や施設が充実しているが、金融経済教育についてはまだ少ない印象がある。しかし、コロナ禍もあり、急速に普及しつつあるオンラインコンテンツなどの力によって、家庭内で親と子が一緒にお金について学ぶきっかけになる場面が増えていくのではないか。

私事だが、先日、金融経済教育の調査の一環で、<みずほ>後援の無料オンラインセミナー「東京・丸の内 お金の学校 ―世界へ!お金の旅に出かけましょう―」に参加した。内容は、物語形式で講師の方がキャラクターに扮し、「怪盗に盗まれたカギを探しながら、お金の役割や使い方を理解していく」というもので、海外のお金やモノの価格について映像つきのクイズが出題されていた。対象年齢は年中~小学3年生だったが、私の3歳の子供も興味を持って見ていた。「これは何?」と私に聞いたり、一緒にクイズに参加したりと、予想以上に興味を持っており、オンラインコンテンツが学びのきっかけになることを体感することができた。

このように、親と子が一緒に楽しみながら金融に関するさまざまな知識を吸収する機会が持てることは、理想的であると考える。公教育に頼るだけでなく、日常生活に溶け込み、金融に関する興味のきっかけを与えられるような金融経済教育ソリューションが普及することで、金融の仕組みについて理解を深め、豊かな生活やよりよい社会づくりに向けて主体的に行動できる人が増えることを期待したい。

  1. *1少額投資非課税制度
  2. *2個人型確定拠出年金
  3. *3金融広報中央委員会が日本の人口構成とほぼ同一の割合で収集した18~79歳の25,000 人を対象に実施したインターネットによるアンケート調査
  4. *4Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構
    International Network on Financial Education:金融経済教育国際ネットワーク
  5. *5Programme for International Student Assessment:学習到達度調査
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