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デザイン思考の実効力を高める組織デザイン

2021年3月17日 経営・ITコンサルティング部 山本 立尚

イノベーションのためのデザイン思考

読者の企業ではデザインをビジネスにどのように活用しているだろうか。デザインといってもさまざまだが、ビジネスにデザイン*1を活用するための取り組みとして、デザイン思考による新規事業のワークショップや、オープンスペースが併設されたオフィスが思い浮かぶ人も多いのではないか。デザインをビジネスに活用することによる主な効果として、2016年の経済産業省の調査*2では「製品・サービスのイノベーション創出」が挙げられている。iPhoneなど、近年のデザインを活用したとされるビジネスの成果から、イノベーション創出のために新たにデザインを活用しようとしている企業も多く、そういった企業が注目しているデザイン活用のための手法の1つがデザイン思考である。

デザイン思考活用の現場

当社でも外部のベンチャー企業とイノベーション創出を試みている企業からどのようにデザイン思考を取り入れるべきか、相談を受けることがある。しかし、いくつかの企業においては組織上の課題が、デザイン思考の導入を阻んでいることがある。

たとえば、確立された組織統制ゆえに部門ごとの縦割り意識が強いというパターンがある。このような企業では、新規事業開発でも各部門で成果を限界まで高めてから次の部門に開発を引き渡す習慣があるため、開発が長期化し、商用化される頃には競合の製品・サービスが先に普及してしまっているというリスクが生じる。また、部門間での調整が密に行われないため、新規事業開発が進むにつれ、当初想定していたユーザーのニーズとそぐわない機能が追加されたりしてしまう。

ほかにも、その時の経営陣の意向によってイノベーションへの取り組み方が180度変わってしまうパターンがある。こういった企業では新規事業の評価においても既存事業と同じく短期間での黒字化などの成果を出す必要があるため、KPIが長期的な成果を見据えたものになっていないことが多い。また、一定期間の赤字を伴うサブスクリプションなどの新たなビジネスモデルを試行することができないため、ユーザーが求めるサービスを実現できないなどの課題も見受けられる。

デザイン思考の実効力を高めるにあたっての課題

このように、新規事業開発にデザイン思考を活用してイノベーションの創出を図るためには、共感・問題定義・創造・プロトタイプ・テストといったプロセスだけを形式的に取り入れるだけでなく、新規事業開発のための人材確保や評価など、関連する業務がデザイン思考の「ユーザー中心」というコンセプトに沿ったものになっているかを確認する必要がある。

たとえば、上記のような課題を抱える企業においては、新規事業開発のための人材配置や組織評価のKPIなどについて見直しを行うことが有効である。新規事業開発における各プロセスで求められる人材の要件を定義し、人材を社内外からどのように確保するかなどについて検討を行うことによって、オープンイノベーションの事業開発プロセスの初期から社内の適切な人材が参加できるようになる。

筆者が推測するに、多くの企業にとってこのデザイン思考活用のための社内環境の再構築こそが最大の課題になっている。経済産業省の調査*3でも、デザイン思考の導入・浸透・実践のプロセスにおいて「デザイン思考の取り組みの理解者、共感者をいかに増やすか」「実際の投資までいかにつなげるか(案件の高度化・継続的輩出)」という2つの課題が挙げられている。どちらもデザイン思考による事業開発を現場で進める当事者が抱える課題ではなく、デザイン思考の実効力を高める組織や制度設計にあたっての課題である。

デザイン思考の実効力を高める組織

これらの組織や制度に由来する課題に対し、デザイン思考をビジネスに取り入れようとする企業はどのように取り組むべきか。たとえば、IT大手のある企業では、現場に権限を委譲するという考えのもと、事業開発の承認プロセスを大幅に削減し、サービス責任者の権限でリリースできるようにしている。これによって案件輩出のハードルを下げるとともに、各案件の進捗状況の把握とフィードバックが素早く行われるため、提案された事業が実際の投資などにつながりやすくなっている。また、あるゲーム会社では、開発本部内にソフトウェア部門とハードウェア部門を併設することで、アイデアをすぐにプロトタイプ化できる体制が構築されており、デザイン思考に取り組むために有効な共感者をすぐ巻き込めるようになっている。

このようなデザイン思考の活用事例から学ぶべきことは個々の施策だけではない。学ぶべきはデザイン思考のコンセプトをもとに自社の新規事業開発における課題を発見し、改善策を検討する姿勢にある。デザイン思考に最適な社内環境の再設計を行うことはデザイン思考活用の前提条件であり、そのRe-designがイノベーションへの第一歩になるだろう。

  1. *1デザイン思考にはさまざまな定義があるが、一般的にはデザイナーに特徴的な思考法を指す。デザイン思考を広めたデザインコンサルティング会社のIDEOはデザイン思考を実践するうえで、共感・問題定義・創造・プロトタイプ・テストなどのプロセスを取り入れることを提唱している。このようにユーザー視点で物事を考えるための仕組みを構築する点にデザイン思考の特徴があると筆者は考える。
  2. *2経済産業省「デザインの活用によるイノベーション創出環境整備に向けたデザイン業の実態調査研究」(2016年)
  3. *3経済産業省「国際競争力強化のためのデザイン思考を活用した経営実態調査」(2014年)
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