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“とりあえず導入”から“実践的活用”へ

インターナルカーボンプライシング検討のポイント

2021年9月2日 環境エネルギー第2部 津田 啓生

インターナルカーボンプライシング(社内炭素価格)を導入したいという企業が増えている。社内炭素価格とは、企業が自社のCO2排出に価格を付ける取り組みである。排出によるリスクの管理や、排出削減のインセンティブとして用いることができる。CDPによると、大企業を中心に世界853社、国内約100社が導入済みであり、さらに、世界1,000社以上、国内約100社が2年以内の導入を検討しているという。

しかし、課題に直面する企業も少なくない。筆者自身、すでに社内炭素価格を導入した企業から、「とりあえず導入したものの、実質的な運用ができていない」と相談を受けることが多い。では、どうすれば実践的な活用ができるのだろうか、検討のポイントを整理したい。

1.目的の明確化

導入検討において最も重要なのが、目的の明確化である。そもそも目的が異なれば、社内炭素価格の設定価格も異なる。たとえば、将来の炭素価格規制への備えが目的であれば、価格は予想される規制内容を踏まえたものとなる。脱炭素化に向けた設備投資の加速が目的であれば、必要な投資内容から逆算した自社固有の限界削減費用が、価格設定の決め手になるだろう。

しかしながら、社内炭素価格の導入においては、目的を特定することなく「価格設定はいくらがいいか」との検討がなされることが多い。目的に合わせた価格を採用しなければ、「導入したが活用できない」に至るのは当然である。社内炭素価格の設定は、価格検討から入るのではなく、目的の特定から入ることが肝要である。

2.活用方法の検討

次に、社内炭素価格の活用方法をいくつか紹介したい。

自社の排出削減に資する投資を促進する場合は、社内炭素価格を「仮想費用」として既存のコストに上乗せすることが適している。こうした投資判断は、「既存設備vs省エネ設備」「既存事業vs再エネ事業」といった構図になるため、前者に大きなコストがかることで、後者への投資インセンティブが働く。したがって、仮想費用の検討では、自社の削減目標や投資戦略を参照し、どの設備や事業へ、どの程度転換したいのかを明確にすることが重要となる。

一方、風力発電所の建設といった削減貢献量の大きな投資を進めたい場合には、自社の設定価格に削減貢献量を乗じた額を「仮想収入」として計上することも一案である。収入とみなすことで、社内の投資基準をクリアしやすくなる。仮想収入をベースに事業を推進することに対して、「投資回収できない事業が多発するのでは」という懸念もあるだろう。この点を克服するには、関連市場の成長性や自社優位性を加味するなど、先行投資としての適格性を検討するプロセスを別途設けるとよい。

さらに、脱炭素の研究開発や事業を進める財源が必要であれば、実際に各部署に課金すること(内部課金)も可能である。ただし、内部課金を社内炭素価格運用のゴールとして誰もが目指すものと紹介する傾向もあるが、筆者はより慎重な立場を取る。内部課金は効果が大きい反面、事業活動への影響が特に大きく、設計次第では育てるべき技術・事業に資金が回らなくなるリスクもある。課金の対象や価格水準の設定、課金額の算定・回収を行う社内インフラの整備などについて、きめ細かな検討が求められるだろう。

3.実践的活用に向けて

いくつか検討ポイントを提示したが、実際に脱炭素な事業活動や投資を推進する上では、企業の業種や業態、経営戦略などさまざまな要素を勘案する必要がある。また、具体的な運用体制を構築する上では、企業の組織体制や現場との擦り合わせも重要となる。これらを全てクリアするには、一足飛びで本格導入を目指すのではなく、まずは試験的な導入から始めるとよいだろう。コストシミュレーションを行うだけでも、導入にあたっての課題や議論すべきポイントが見えてくる。その上で、段階的に導入する部門や事業を広げることも可能である。

社内炭素価格の導入事例は、ここ1、2年で急速に増加したが、どの企業も手探りの状況である。まだ万能のツールとは言い難い。しかし、自社の目的を明確にし、一つずつステップを重ねれば、脱炭素を巡る競争を勝ち抜くための実践的な武器となるだろう。

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