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人権概念の拡がり 問われる企業の備え

2021年12月16日 環境エネルギー第2部 野中 美希

かつて、国家の責任とされた人権にかかわる諸問題への対応が、急速に企業の課題となろうとしている。その背景にあるのは、企業の果たす役割の拡大だ。経済のグローバル化の進展に伴い、企業活動が環境や個人の生活に大きな影響を及ぼすようになり、人権問題への企業の関与が深まった。そうした中、2008年、「保護、尊重および救済の枠組み(以下、ラギー・フレームワーク)」が国連人権理事会に提出され、企業の人権尊重に対する責任が初めて明記された。2011年には、同フレームワークを国家や企業がどのように実施するのかを定めた「ビジネスと人権に関する指導原則(以下、指導原則)」が採択され、すべての国と企業が尊重すべきグローバルスタンダードとなった。

ラギー・フレームワークや指導原則では、世界人権宣言、並びに国際人権規約、ILO中核的労働基準を、最低限遵守すべき基準*1としている。たとえば、労働面では、結社の自由、強制労働や児童労働の禁止、あらゆる差別の撤廃などがある。そのほか、教育や社会保障を受ける権利、移転や住居の自由、資源へのアクセスなどがあげられる。

しかし、「人権」の概念は変化・拡大していくものであり、柔軟に捉える必要がある。たとえば、最近は、気候変動など環境問題を人権問題と結び付けて考えるようになっている。転換点は、2015年の第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定である。協定の前文には「Just Transition(公正な移行)」という文言が盛り込まれ、経済・産業構造が転換する過程で、基幹産業の衰退が予想される地域や失われる可能性の高い職業についている人々が不利益を被ることがないようにしなくてはならないという考え方が提唱された。2021年11月13日に閉幕したCOP26の合意文書でもJust Transitionの必要性が再確認されたところである。

環境問題と人権問題を統合的に捉え対応していくことは、企業に対しても求められる。2021年5月には、欧州の大手石油会社に対して、同社の事業活動に伴い助長される気候変動が地域の住民の人権侵害を引き起こすと認定され、企業の人権尊重の責任を認める判決が、オランダにて下された。本事案は現在も係争中であるが、気候変動による人権問題に対して企業の責任を問う訴訟が欧米諸国では複数行われている。

さらに、諸外国では人権にかかわるさまざまな法規制が導入されつつある。中でも、現在EUで審議されているデューディリジェンス指令案は、環境・人権・腐敗防止など、ESG全般にかかわるデューディリジェンス*2の実施を企業に義務付ける内容となっている。

世界的な潮流を踏まえて、企業が尊重すべき人権とは何かを考え、対応していかなければ、人権対応ができていない企業とみなされ、最悪の場合には取引停止や訴訟など、ビジネス上の大きなリスクとなりうる。こうした状況を認識し、責任ある企業として、真摯に向き合うことが求められよう。

  1. *1指導原則では、ほかにも、特に脆弱な環境に置かれている可能性がある人々の人権を扱う条約として、人種差別撤廃条約や女子差別撤廃条約、子どもの権利条約、移住労働者の権利条約、障害者権利条約、先住民の権利に関する国際連合宣言、マイノリティ権利宣言も、企業が注意を払うべき基準であると明記している。
  2. *2デューディリジェンスとは、企業活動に伴う負の影響を特定・防止・軽減・対処すること。

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