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カーボンニュートラル実現に向けた水素エネルギーの新たな潮流

2021年3月10日 サイエンスソリューション部 米田 雅一

はじめに

2020年10月26日に菅内閣総理大臣が2050年カーボンニュートラルの実現を目指すことを宣言し、昨年末には経済産業省からグリーン成長戦略*1が公表され、水素が発電・運輸・産業など幅広い部門で活用が期待されるキーテクノロジーとして位置づけられた。しかし、カーボンニュートラルの実現は極めて難しい課題であることから、挑戦的な目標のもと継続的なイノベーションへの挑戦にコミットした民間企業に対して技術開発から社会実装まで支援する2兆円の脱炭素基金が設立され、水素は重要な投資先の一つとなっている。一方、海外に視点を移すと、欧州はグリーンリカバリー政策の1つとして昨年7月に欧州水素戦略*2を発表し、水素の本格普及に向けた具体的なアクションプランを策定した。米国は昨年11月に新しい水素プログラム計画*3を発表し、水素の製造・輸送・貯蔵・利用の技術開発へ継続的に資金支援して需給を拡大する戦略を打ち出した。米国が水素戦略を本格的に改訂するのは2011年以来、実に9年ぶりのことである。中国も昨年9月に2060年までにカーボンニュートラルの達成を目指すと発表し、国内のCO2排出量を減少させるための水素経済の発展に向けて、関連する技術開発に直接支援を表明した。このように、国内外ではカーボンニュートラル実現に向けた水素エネルギーの新しい潮流が生まれつつある。

グリーン水素の普及の兆し

水素は燃料電池やガスタービン発電などで利用する際にはCO2を排出しないが、現在、石油精製やアンモニア製造、燃料電池自動車(FCEV)、定置用燃料電池など既存需要に使われている水素のほとんどは製造時にCO2を排出する化石燃料の改質プロセスによるものである。脱炭素化を進める上では製造工程でのCO2の排出量をゼロに近づけていくことが必須であり、改質時に発生するCO2を回収して再利用・貯留する技術(CCUS:Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)と組み合わせる、あるいは再生可能エネルギー(以下、再エネ)の電力を用いた水電解で水素を製造する技術が注目されている。前者はブルー水素、後者はグリーン水素を呼ばれている。ブルー水素は豪州のラトロブバレーの褐炭*4で水素を製造し、液化水素船で輸送する日豪共同プロジェクトが代表的な事例である。一方、欧州では、再エネの普及拡大に伴い、その需給地域の偏在性等によって過剰となった電力によるグリーン水素の導入が進みつつある。現状の課題は製造コストで約7.8€/kg*5(約1,000円/kg)とブルー水素と比べて高価であるが、将来的に水電解装置の大量導入と技術進展でCAPEXが5万円/kWまで低減した場合、再エネの発電コストが2-4円/kWhで水素製造コストが約150-230円/kgと試算され、十分な価格競争力を持つようになる。また、欧州の主要ガスインフラ企業で構成されるGas for Climateが発表したEuropean Hydrogen Backbone*6では、既存ガスパイプラインの転換、新規の専用水素パイプラインの敷設で2040年までに総延長23,000kmの水素供給ネットワークを構築する計画を策定し、最終的に1,000kmあたりの輸送コストが約11-21円/kgと極めて安価な水素供給が可能となると想定している。さらに、欧州にとどまらず、豪州、中東、南米など再エネのポテンシャルが高く発電コストが安価な地域でGWクラスの大規模な水素製造プロジェクトが複数計画されており、グローバル規模でグリーン水素の早期普及へ期待が膨らんでいる。

水素利活用の多様化の兆し

水素の需要としては、これまでFCEVと発電が主な用途と考えられてきたが、水素還元製鉄*7、既設ガス管への混合による民生・工業熱利用に加え、発電用燃料としてのアンモニアへの変換、排ガス・大気中から回収したCO2を再利用する合成燃料(合成メタン、合成液体燃料)やプラスチック原料等の基幹化学品の製造など、カーボンニュートラル燃料および原料として幅広い産業用途への展開に期待されている。こうした産業部門の一部においては、再エネによる電化だけで脱炭素化を進めることが困難と考えられており、前述の欧州や米国の戦略でも水素の新規需要として明確に位置づけられている。一方、運輸部門においては、モビリティに要求される出力・航続距離に応じてバッテリー駆動、水素化および合成液体燃料の導入が進んでいくと考えられる。FCEVが一般販売されて6年が経過し、2020年末現在、世界で25,000台以上が普及しているが、今後はFCEVのタクシーでの活用、ITによる通販サービス等の普及に伴って物流倉庫での稼働性が求められているフォークリフトなどサービス形態に適応した用途への市場拡大が期待される。また、バッテリー駆動では難しいとされる大型トラック、非電化区間の鉄道、船舶も国内外で実証や商用運転が計画あるいは進捗中であり、さらに、エアバス社が2035年までに水素旅客機を導入する計画を発表するなど、燃料電池の多用途活用に向けた転換期を迎えている。

今後の課題と展望

国内における再エネの普及状況から考えると、安価かつ安定的に水素を調達するためには海外の未利用エネルギー由来の水素を大量導入する国際間サプライチェーンの構築が急務であるが、同時に、将来の再エネの主力電源化の進展に応じて経済合理性を検証しつつ、国内のグリーン水素を段階的に増やしていくことも重要である。我が国は世界に先駆けてFCEVや家庭用燃料電池を製品化し、水素キャリアおよび水素発電の技術実証でも先行しているが、海外の主要国では官民の豊富な資金支援をもとに水素の社会実装に向けて具体的に動き出した。今後、水素の導入による定量的なCO2削減目標とその達成に至るまでのマイルストーンをより具体化するとともに、技術開発から社会実装へ繋げるための効果的かつ継続的な資金支援のスキームの構築、関係諸国との国際協調と連携を進め、我が国のカーボンニュートラル実現に向けた成長戦略の一つとして水素産業が発展していくことに期待したい。

  1. *1経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」、2020年12月25日
  2. *2European Commission, "A Hydrogen Strategy for a Climate-Neutral Europe", 8 July 2020.(2030年までに1,000万トンのグリーン水素を製造することを目標に官民で最大420億€を投資)
  3. *3U.S. Department of Energy, "Department of Energy Hydrogen Program Plan", 20 November 2020.
  4. *4水分が多く、燃料として直接使えない低質な石炭
  5. *5Hydrogen Europe and Hydrogen Europe Research, "Strategic Research and Innovation Agenda Final Draft", July 2020.
  6. *6Gas for Climate, "European Hydrogen Backbone - How a dedicated hydrogen infrastructure can be created -", July 2020.
  7. *7鉄鉱石から酸素を除去(還元)する際にコークスが使われるがCO2を大量に排出するため、水素に置き換えることで発生ガスが水蒸気だけとなり、製鉄プロセスにおけるCO2排出量を大幅に低減することができる。
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