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NDBデータからみる歯科医療提供体制

2021年1月8日 社会政策コンサルティング部 近藤 拓弥

新たな歯科保健医療の提供体制

歯科保健医療の分野では、「歯科医師の資質向上等に関する検討会」の中間報告書として、2017年12月25日に「『歯科保健医療ビジョン』(以下、「本ビジョン」)の提言」が示された。本ビジョンにおいては、「現在の外来診療を中心とした提供体制に加えて、入院患者や居宅の療養者等への診療も含めた提供体制を構築することが必要となっている。」等、今後の歯科保健医療の提供体制の目指すべき姿が提示されたところである。

本ビジョンの前提には、高齢になり一人で歯科医院に通うことが難しい人の増加や、高齢化に伴う疾患等による全身状態や口腔内変化の状況の多様化などにより、歯科保健医療の需要に変化が生じてきていることがある。

当社では、令和元年度歯科医療提供体制推進等事業*1(以下、「本事業」)において、本ビジョンで提言されている歯科保健医療提供体制を踏まえ、日本全国の医療提供の情報が収集されたデータベースであるNDB*2データを用いて、地域の歯科医療提供状況の分析を実施した。

以下、本コラムでは、本事業の結果について、抜粋して紹介していきたい。

「歯科訪問診療」に着目して

先述した、通院が困難な人の増加を踏まえ、ここでは「歯科訪問診療」に着目してみたい。

歯科訪問診療は、在宅等において療養を行っており、疾病、傷病のため通院による歯科治療が困難な患者を対象として、療養中の当該患者の在宅等から屋外等への移動を伴わない屋内で診療を行うことを指す。

2018年度1年間の歯科訪問診療料(診療所)の算定回数について、各都道府県の人口規模に影響を受けることに鑑みて、人口10万対に補正した数値をみると、全国平均は9,216.3回、大阪府が最も多く次いで福岡県、東京都であった。最多の大阪府では22,314.5回であり、補正後の数値においても、全国平均を大きく上回っていた*3。NDBデータを活用して、歯科訪問診療料の算定回数をみると、都道府県ごとに「歯科訪問診療」の実施状況に違いがあることがうかがえた。

この実施状況の違いの要因には、75歳以上人口(歯科訪問診療料は75歳以上での算定が多い)や、歯科訪問診療を実施している歯科診療所数、患家への訪問のしやすさ(平野部と山間部)等が考えられる。

歯科訪問診療の推進に向けて

「8020(ハチマルニイマル)運動」をご存知だろうか。

1989年(平成元年)より厚生省(当時)と日本歯科医師会が推進している「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という運動*4である。8020推進財団のHPには、8020の重要性について、「ただ長生きするだけでなく、健康で満足度の高い人生を送っていただくためには、80歳で20本以上の歯を保つ必要があります。」との記載がある*5

以上に鑑み、NDBデータを活用した分析を、「80歳」「20歯」をキーワードとして実施した。

歯科診療行為のうち、「歯周基本検査」では、歯の本数で算定する点数が異なる。これを利用して、「歯周基本検査」を受けた患者のうち、「20歯未満」の患者の割合を把握することができる。

男性の80歳以上でみると、歯周基本検査を受けた患者のうち、外来患者(通院のみ)では50.8%が「20歯未満」であったが、歯科訪問診療を受けている患者では、65.3%であった。歯科医療機関へ通院できる患者より、疾病や傷病のため通院による歯科治療が困難な患者の方が、歯の保有本数が少なく、口腔の状態が悪いことが示唆され、口腔状態の悪化に歯止めをかけるためには、歯科訪問診療のさらなる推進が必要であると考えられる。

推進方策として、例えば、京都市南歯科医師会の事例が参考になる。京都市南歯科医師会では、「京都市南口腔ケアセンター」を設立し、歯科訪問診療の依頼の窓口の共有化を行っている。一つの歯科診療所で訪問診療に対応するのは難しくても、チームで対応することで、訪問診療の依頼に対応できる体制が構築されている*6

今後、歯科訪問診療推進の取組を全国に広げていくための第一歩として、各地域で歯科訪問診療の実施状況や提供体制を把握することが必要になる。その中で、NDBを用いた分析は有用な資料となる。

今後の展開

本事業では、地域の歯科保健医療の提供状況について現時点の全体像を把握することを目的として、2018年度のNDB データを活用し、都道府県別に集計を行った。歯科訪問診療をはじめ、いくつかの歯科診療行為の実施状況について、各地域の状況の違いを描き出すことができた。

歯科保健医療の提供体制は、市区町村単位等のより小さい単位で検討されることも多いことから、今後は、市区町村別の集計や、各地域のより複合的なデータ(人口規模、高齢化率、歯科標榜のある病院数等)を踏まえた考察を行うことで、 さらに地域に即した形での分析が可能になると考えられる。

また、複数年分のNDBデータを活用し、各地域のこれまでの状況の変遷をみることで、今後の効果的な体制構築に向けたヒントを見出すことができるかもしれない。

NDBには、日本全国の情報が収集されており、地域間の比較が容易であるという利点がある。NDBデータを活用することで、地域の歯科保健医療の提供状況の「見える化」が進められ、それにより、地域の歯科に係る体制の具体的な議論に繋がると考えられる。

現時点では、歯科保健医療分野におけるNDBデータの活用事例は少ないが、本事業の成果を踏まえ、活用がさらに進むことで、さらなる議論の活性化が期待される。

  1. *1令和元年度歯科医療提供体制推進等事業の事業報告書
  2. *2NDB
    厚生労働省の保有する「レセプト情報・特定健診等情報データベース」。日本全国で実施された保険診療の情報(レセプトデータ)の大部分が格納されている。
  3. *3グラフ等は*1に掲載の報告書p144に記載されている。
  4. *48020運動
  5. *58020の重要性
  6. *6事例の詳細は*1に掲載の報告書p112に記載されている。

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