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ケミマガコラム【Vol. 3】

選び方で善にも悪にもなる手袋のはなし

2022年2月15日 環境エネルギー第2部 貴志 孝洋

街中では、ドラッグストアやコンビニエンスストア、ホームセンターなどでさまざまな種類の手袋が販売されている。さらに保護具のカタログを見てみると、より一層バリエーションに富んだ手袋が販売されている。どの手袋を選べばいいのか迷った挙句、安くてたくさん量がある手袋を安直に選んでいないだろうか?また、「もったいないから」といって何度も繰り返して使っていないだろうか?

手袋はウイルスや化学物質などから体を守ってくれる強い味方であるが、正しく選ばないと化学物質は手袋を透過し、知らず知らずのうちに手がかぶれたり、病気になったりすることが知られている。つまり使い方次第では、「善にも悪にもなる」のが手袋である。

本稿では、化学物質から身を守る「化学防護手袋」について考える。

保護具は万能ではない

化学物質を取り扱う作業場では、化学物質にばく露する(体内に取り込む)おそれがあるため、マスク(呼吸用保護具)や手袋(化学防護手袋)、めがね(保護めがね)などを着用することがルールとなっている場合が多い。しかし、「適切な保護具」を「適切に着用」していない場合、その効果は十分に発揮されず、化学物質にばく露する結果となる。実際に、適切な保護具を適切に着用していなかったことが原因で中毒となるような労働災害も多く知られている。

特に化学防護手袋の場合、取り扱う化学物質の種類によっては、劣化が早いものや透過速度(手袋を透過し、手袋内側に到達する速度)が早いものなどがあり、適切な素材の選択や定期的な交換が重要である。基本的に、どんな化学防護手袋も劣化し、化学物質が透過するため「万能ではない」ことに注意されたい。

経皮吸収のおそろしさ

劣化した化学防護手袋や、化学物質が透過した化学防護手袋を着用することが、どのようなことを引き起こすのだろうか。1つは、皮膚に炎症を起こすことである。化学物質によっては、皮膚腐食性を有するものがあり、透過したこの化学物質が皮膚に直接接触することで炎症が起きるなどの影響が出る。そしてもう1つは、化学物質が皮膚を通じて体内に取り込まれる(経皮吸収される)ことである。

経皮吸収がおそろしいのは、自覚症状があまりないことである。炎症が生じなければ、知らず知らずのうちに透過した化学物質が皮膚を通じて少しずつ体内に取り込まれ、その結果、数年後に健康に影響が出るおそれがあり、場合によっては重篤な病気を引き起こすことがある。実際にオルト-トルイジンなどを取り扱う化学工場で、多くの労働者が膀胱がんとなった労働災害が発生しており、労働者が着用していた天然ゴム手袋をオルト-トルイジンが透過し、経皮吸収によってがんが発症した可能性が指摘されている*1,*2

化学防護手袋の種類

化学防護手袋にはさまざまな種類(素材)の手袋が市販されており、大きくゴム製とプラスチック製のものがある。ゴム製の手袋の場合、天然ゴム製以外にもシリコンゴム製やニトリルゴム製などが知られている。プラスチック製の手袋の場合は、ポリ塩化ビニル製やポリエチレン製などが知られている。また、手袋の厚みもさまざまである。

しかし、基本的にどんな手袋であっても完全に化学物質への接触を防ぐことは難しく、化学物質の種類によっては劣化、透過することが知られている。つまり、取り扱う化学物質の種類に応じた適切な素材の手袋を選択するとともに、作業時間に応じた厚みの手袋を選択することが重要である。

化学防護手袋の選択に係る基本的な考え方

適切な化学防護手袋を選択するにあたり、①リスクの確認、②取り扱い方法の変更、③素材と厚さの検討などが重要である。

①リスクの確認

まずは、取り扱う化学物質の皮膚への影響やリスクの程度を把握する。化学物質の皮膚への影響は、SDS(安全データシート、Safety Data Sheet)や日本産業衛生学会「許容濃度の勧告」における経皮吸収および感作性の項目、ACGIH(米国産業衛生専門家会議)が公表する「Threshold Limit Values(化学物質の許容濃度値)」の特記事項(Skin表示の有無)などで確認することができる。さらに、より適切なリスク管理を行うため厚生労働省が公表している化学物質のリスクアセスメント支援ツール「CREATE-SIMPLE」などを用いて、経皮吸収による健康リスクを見積もることで、リスクの程度を確認することができる。

②取り扱い方法の変更

作業内容を踏まえ、化学物質の皮膚への接触をできるだけ少なくするような取り扱い方法を検討する。上記のリスクの程度を踏まえ、可能な限り素手での取り扱いは避けるとともに、密閉化するなど労働者が化学物質を直接触れないような作業方法を検討し、実施することが望ましい。

③素材と厚さの検討

取り扱う化学物質に応じた適切な素材を選択するとともに、作業時間と内容に応じて手袋の厚さを選択する(表1および表2に、化学防護手袋と、化学物質に対する耐劣化性の一覧を示す)。化学防護手袋のカタログに掲載されている取り扱い可能な化学物質と透過時間などの情報を踏まえ、適切な素材と厚さを検討し決定することが重要である。たとえば、透過時間が「60分未満」と記載されている場合、作業時間が60分を超える場合は使用しない。使用する場合は、60分ごとに交換するなどの対策が必要となるが、化学防護手袋にひとたび付着した化学物質は透過し続けるため、再利用しないよう徹底する必要がある。


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表1 ゴム製手袋の材質による化学物質に対する耐劣化性の例
化学物質 天然ゴム シリコンゴム ニトリルゴム ブチルゴム ウレタン製ゴム
ガソリン・軽油 × △~× ×
ベンゼン・トルエン × △~× △~× △~×
トリクロロエチレン × ○~× × × ×
アルコール
ケトン・酢酸エチル ○~△ × ×
強酸 ×
弱酸
強アルカリ ×
弱アルカリ ×

◎:耐劣化性に優れる ○耐劣化性は良好 △耐劣化性あり ×耐劣化性が低い

出所:北村公義「取り扱い物質と化学防護手袋の材質の関係」(第280回日本産業衛生学会関東地方例会、2018年)


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表2 プラスチック製手袋の材質による化学物質に対する耐劣化性の例
化学物質 ポリ塩化ビニル ポリエチレン ポリビニル
アルコール
PE-EVOH*3
高密度 低密度
強酸 ◎~△ × ×
弱酸 × ×
強アルカリ ×
弱アルカリ ×
有機溶剤 ○~×
ケトン、エステルには膨潤または可溶、芳香族には膨潤

60℃以下
○~×
水を含むアルコール類や吸湿性が強いジメチルホルムアミド等以外に安定

◎:耐劣化性に優れる ○耐劣化性は良好 △耐劣化性あり ×耐劣化性が低い

出所:北村公義「取扱い物質と化学防護手袋の材質の関係」(第280回日本産業衛生学会関東地方例会、2018年)

おわりに

現在、化学物質管理に関する社会的な動きが活性化している。たとえば、労働安全衛生法では、リスクアセスメントの義務対象物質が674物質から約3,000物質に大幅に拡大されることとなっている。また、皮膚刺激・皮膚吸収による有害性等のある物質については、直接接触防止の義務化が示唆されている。

より一層の自主自立的な化学物質管理を推進するため、いま一度、経皮ばく露のおそろしさと保護具の重要性を見直し、労働者の安全と衛生を守るとともに、職場環境の改善や企業価値向上を期待したい。

  1. *1福井県の事業場における膀胱がん発症に係る調査状況等について(厚生労働省、2016年3月18日)
  2. *2田中茂『皮膚からの吸収・ばく露を防ぐ! ―化学防護手袋の適正使用を学ぶ―』(中央労働災害防止協会、2018年)
  3. *3ポリエチレンにエチレン-ビニルアルコール共重合体のフィルムを重ねたもの

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