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メタバースがもたらす社会生活の変化への期待

2022年2月28日 経営・ITコンサルティング部 川瀬 将義

メタバースとは

昨今のコロナパンデミックに伴い、人々の接触が避けられるようになり、ウェブ会議システムを利用したモニター画面を介してのコミュニケーションが一般的となった。しかし、ウェブ会議システムは、カメラに映る限られた映像情報と音声情報しか共有できず、仕事上の会議ならともかく、プライベートでの交流にはいささか物足りないのが実情である。

こうした状況もあり、接触を避けながら、今までにない人々の交流を実現する新たなツールとして、メタバースに対する注目が高まっている。メタバースとは、3次元の仮想空間上に存在する自分の分身「アバター」を操作し、ゲームをはじめとするさまざまな体験やユーザー間のコミュニケーションを可能とする、多人数参加型サービスである。スマートフォン、コンピュータなどの手持ちのデバイスからアクセスできるメタバースも多く、気軽に体験することが可能である。また、VR*1ゴーグルなどのデバイスを利用することで、メタバースにおけるユーザー体験は飛躍的に高まり、まるで自分がその仮想空間内に存在しているかのように没入感を感じることができる。身振り手振りでコミュニケーションを取る、物(オブジェクト)に触れた感触を感じるなど、まだ現実と同じとはいかないまでも、リアリティの高い体験が可能である。VR体験については、どれだけ言葉を重ねても真価を伝えることは難しいため、一度体験してみることをおすすめしたい。


メタバースの一例
図1

出所:メタバースプラットフォーム「Cluster」にて筆者撮影

メタバースが注目される背景

メタバースが注目される背景として、大きく「ゲーム市場の好調」「技術の進展・成熟」の2点が挙げられる。まず「ゲーム市場の好調」は、メタバースがゲームの延長線上にあるサービスとしての側面も強いことから、メタバース市場拡大の後押しになると考えられている。メタバースは、人々の交流の一手段としてゲームを内包していることも多く、既存のオンラインゲームを拡張し、ゲームの枠に囚われない交流を可能とした場と捉えることができる。こうしたオンラインの交流は、以前はゲームユーザー以外にはそれほど必要とされていなかったが、コロナパンデミックによって急速にニーズが高まった。実際に、あるオンラインゲーム内で開催された音楽ライブイベントでは、1000万人以上のユーザーが参加し話題となった*2。そのため、メタバースはオンラインの交流に対する新しいニーズを取り込みながら、ますます発展していくものと予想される。

もう一方の「技術の進展・成熟」は、メタバースのユーザー体験向上をもたらしている。たとえば、VRデバイスは毎年のように最新機種が販売され、高品質化、低価格化が進んでいる。また、通信規格5G等の整備が進み、遅延によってユーザー体験を損ねるリスクが低減された。さらに、振動や力などで人間の触覚を疑似的に再現する「ハプティクス」と呼ばれる技術により、メタバースで物に触れた際の感触が体験できるようになった。

加えて、メタバースについて述べるうえで無視できない技術として、NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)が挙げられる。NFTはブロックチェーンという技術を用いて、実質的に偽造や改ざんを不可能にしたデータである。従来のデジタルデータは、オリジナルのデータとコピーして複製したデータを見分けることができなかった。しかし、NFT化されたデータなら見分けることが可能であり、オリジナルのデータにのみ価値を持たせることができる。そのため、メタバース上のオブジェクトの所有権の保障や無断複製の防止などへの活用が期待されている。すでに、NFT化されたメタバース上の土地が数十万円相当の価格で取引されている事例も存在する。もちろん、メタバースは仮想空間であるため、無限に新しい土地を生成できる。しかし、現実における駅のように、仮想空間であっても便利で人が集まる空間には、それ相応の価値が生じる*3と期待されているものと考えられる。

NFTの真価はデジタルデータの権利保障や保護にあり、メタバースの構築・運用を支える技術として述べるのはいささか語弊があるのかもしれない。しかし、NFTをうまく活用し、メタバース上のオブジェクトや土地に現実と同じような価値付けができれば、現実から切り離してメタバースの経済を回すことが可能となる。この独自経済圏の確立がもたらす社会的なインパクトについての考察は、経済や金融の専門家に委ねるものとするが、少なくとも新しいビジネスチャンスが生まれるのは間違いなさそうだ。

メタバースにおけるサービス

注目が高まる一方で、現状のメタバース上に展開されている大半のサービスはエンターテインメント関連であり、そのほかは模索段階にあるといえる。

エンターテインメント関連の中心的な存在は、先述の通りゲームである。それ以外には、バーチャルライブ、バーチャル学園際などのオンラインのイベントが開催されている。また、現実の建築物や都市がメタバース上に再現されている事例も存在し、バーチャル旅行も可能である。さらに、アバターのデザイン、アバター用の服飾品、自作ワールド*4に設置できる家具、植木、絵画といったオブジェクトなどがメタバース上のショップに展示・販売されており、おしゃれ、ショッピング、空間作りを楽しむこともできる。将来的には、自分自身の身体を模したアバターで、現実で販売されている服飾品の精工な再現品を試着できるオンラインショッピングも可能になるだろう。

エンターテインメント以外では、次世代のウェブ会議システムとしての活用や、メタバース上での公的サービスの提供などが模索されている。たとえば、韓国ソウルではメタバース上で企業支援、教育プラットフォーム、公共イベント、広報などのサービス提供が始まりつつある。しかし、現状では、エンターテインメント以外で明確化された活用方法はまだ少なく、実用化途上段階といえよう。

それでもエンターテインメント以外の業界からも注目されているのは、先述の通り人々の交流の場と考えられているからだ。人々が集まる場には市場が生まれ、サービス、商品、情報、広告が集まり、ビジネス、特にマーケティングの観点では非常に重要な役割を果たすことが予想される。これは、現状のSNSを見れば明らかであり、メタバースは次世代のマーケティング戦略を見据えた際に、企業として押さえておきたい要所である。

なお、紹介したマーケティングの観点は、あくまでメタバースの分かりやすい可能性の1つにすぎない。今後もメタバース上では、エンターテインメント以外にも多様なサービスが検討・実現されていくことが大いに期待され、可能性に満ち溢れた領域と考えられる。

メタバースの普及にはライトユーザーの拡大が重要

ここまで述べた内容を踏まえると、メタバースの将来は明るく見える。しかし、実際にメタバースの活用・普及が進むためには、解決すべき課題も存在する。

課題はさまざまであるが、最も大きい課題はユーザーの裾野拡大と考えられる。経済産業省の調査分析事業*5でも報告されているが、現状のメタバースを含む仮想空間サービスは先端技術に対する感度の高い一部のユーザーが利用するに留まっている。現状のメタバースでも、ヘビーユーザーにとっては可能な限り多くの時間を過ごしたい魅力的な空間となっているのは間違いない。しかし、それだけでは本当の意味で人々が集まる場にはならず、多くのユーザーを集めるための取り組みが必要であろう。

ユーザーの裾野がなかなか拡大しない要因は複数存在するが、1つに、ゲームをやらない人々にとって、現状のメタバースはなんら生活に影響を及ぼさない点にあると筆者は考える。現状のメタバースにおいて、大半の人々が送る現実中心の生活にわざわざ組み込む程のサービスは存在せず、せいぜい、たまに興味を引くイベントが開催されているに過ぎないだろう。

そのため、直近ではスマートフォンでメタバースに気軽にアクセスするライトユーザーをいかに増やせるかが重要である。スマートフォンによりメタバースを身近な存在にすることで、より多くの人々にメタバースの魅力が伝わるようにし、ユーザーの裾野拡大につなげるのだ。理想的には、現実中心の生活を送りながら、ちょっとした隙間時間にメタバースにアクセスしたくなる、そんな魅力的なサービスを生み出せると、大きな効果が期待できる。

たしかに、スマートフォンではユーザーが感じ取れる情報量が少なく没入感が大きく制限されるため、VRデバイスを利用するユーザーをメインターゲットとした、リアリティの高いサービスを提供したくなる。しかし、VRデバイスは、その性質上、自宅や専用施設など利用できる場所がどうしても限られてしまう。現実中心の生活に組み込むには相性が悪いといわざるを得ない。そのため、相当に魅力的なサービスを生むという高いハードルを越えなければ、VRデバイスの購入に至る消費者は少ないままだろう。数年前と比較するとVRデバイスの価格帯はかなり手頃になったが、それでもVRにそもそも関心がないユーザーには届かない。


メタバースのユーザーの裾野拡大に向けた方策案
図2

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

将来的には、ユーザーの裾野拡大をスマートグラスが後押し

将来的には、スマートグラス(AR・MR*6デバイス)が普及し、先述とは異なる形でユーザーの裾野拡大がさらに進むと期待される。スマートグラスを装着すれば、現実にいながら、まるでそこに仮想のオブジェクトが実際に存在するかのように感じることができる。こうしたAR体験は、現状でもスマートフォンのディスプレイ越しで体験できるが、スマートグラスを用いることで、より人間の視界に近い形で体験可能となり、仮想と現実の境目が曖昧に希薄化されるのである。これは、現実中心の生活を送りながら、ユーザー体験を損ねずにメタバースを利用できることを意味する。もちろん、スマートグラスは現実に重畳する形で仮想のオブジェクトを表示するため、現実と整合の取れないメタバースを表示してもユーザーは混乱するだけだ。しかし、現実を忠実に複製した3D空間を基盤としたメタバースであれば、現実と仮想のオブジェクトがぴったり重なることで、違和感なく体験することができる。

また、このようなメタバースを用いれば、現実の都市から離れた場所にいるユーザーが、疑似的に現実の都市を訪れることができる。現実の都市の状況をデータ化してメタバースに反映する必要はあるが、たとえば、現実の都市にいるスマートグラスを装着したユーザーAと、自宅でVRデバイスを装着したユーザーBが、同じ空間・時間を共有することもできる*7。ここまで来れば、現実中心の生活にメタバースが否応なしに組み込まれ、VRも身近な存在となる。ひいては、現実の複製ではないその他のメタバースユーザーの裾野拡大にもつながる。さらに、仮想のオブジェクトは、スマートグラスに投影することで現実空間の装飾にも疑似的に活用できるようになり、インテリアやファッションのツールとして価値が高まることも期待される。

ここまで述べてきた通り、メタバースは非常に将来性のあるサービスであり発展が期待される。一方で、本稿で取り上げたユーザーの裾野拡大をはじめ、VR体験における酔いや疲労の軽減、デジタルコンテンツ(仮想のオブジェクトや土地など)の権利にまつわる法整備といった解決すべき課題は山積している。しかし、メタバースは、新たな人々の交流の場、新しいビジネスの場として大きな可能性を秘めていることから、これら課題の解決によるますますの発展、そして空間、時間に囚われない人々のつながりの活性化に期待したい。


メタバースの将来展望
図3

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

  1. *1Virtual Reality:仮想現実
  2. *2【外出自粛でも】1200万人以上が集まった米ラッパーのライブイベント(2020.4.27、Yahoo!ニュース)
  3. *3デジタルファッションイベントやマーケットの開催が予定されている区画が高額で取引された事例も存在する。
    https://www.reuters.com/markets/currencies/virtual-real-estate-plot-sells-record-24-million-2021-11-23/
  4. *4メタバース上に作成されたバーチャル空間はワールドと呼ばれ、ユーザーが自作したワールドが自由に公開できるようになっていることも多い
  5. *5経済産業省「仮想空間の今後の可能性と諸課題に関する調査分析事業」報告書
  6. *6Augmented Reality:拡張現実、Mixed Reality:複合現実
  7. *7国土交通省が推進するプロジェクト「PLATEAU」の中で実証実験が行われている。
    https://www.mlit.go.jp/plateau/new-service/4-003/

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