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繊維状マイクロプラスチックという新たな経営課題に取り組むために

2022年3月8日 環境エネルギー第1部 鍋谷 佳希

はじめに

2019年に筆者がマイクロプラスチック(MPs)に関するコラムを執筆してから3年近く経った。その間にMPsに関する調査研究は世界各国で進展し、科学的知見が蓄積された。そうした知見に基づいて、MPsの使用制限、基準値の設定等の規制導入を検討する動きが、特に欧米を中心に出てきている。MPsへの対応は、実態把握のステージから、規制導入のステージへと進みつつある。

特に規制導入が進んでいるのはEUである。EUは、2022年末からMPsを意図的に重量ベースで0.01%以上含めた混合物の市場への投入規制を開始する予定である*1。また、2022年前半には、非意図的に排出されるMPsへの規制導入についての意見募集を予定している。この「非意図的に排出されるMPs」には、我々が日常的に衣服を洗濯する際に発生する、いわゆる「繊維くず」も含まれている。

本コラムでは、この繊維くず(繊維状MPs)が注目されている背景を紹介しつつ、業界の動きや企業の取り組みの方向性について考えてみたい。

繊維状MPsが注目される背景

繊維状MPsは主に、繊維製品の製造段階や消費者に渡った後の洗濯段階で発生する。下水道が整備されている地域では、繊維状MPsを含む排水は下水処理場で処理される。しかし、高度な処理を行ったとしても完全に除去することは困難であり、その一部は海洋に流出してしまう。

国際自然保護連合(IUCN)によると、海洋に流出するMPsは世界全体で年間約150万トンと推定されている。そのうちの35%を繊維状MPsが占めており、次いで摩耗タイヤ(28%)、都市ごみ(24%)、道路標示材(7%)と続いている*2

下水処理場での除去に限界があることを考えると、下水への流入量そのものを減らす必要がある。そこで、以降では、繊維製品の製造・販売者がこの問題に取り組むための手順について考えてみたい。

企業の取り組みの3ステップ

まずは「①自社の排出量の実態把握」、すなわち見える化を実施すべきである。見える化することで、排出量の多い段階を特定し、効果的な対策を検討することができる。現在、企業の責任は商品・サービスのサプライチェーン全体に及ぶという考え方が主流になりつつあることから、見える化も製品製造段階に限定せずサプライチェーン全体で行う必要があるだろう。特に、排出量が多いとされる消費者洗濯段階の見える化は重要である。

そのうえで「②対策の導入」を検討する。対策としては、サプライチェーンの各段階、特に製品製造段階や消費者洗濯段階での排出を減らす「排出抑制」、または生態系に影響を与えない素材に変える「素材代替」、オフセット・ネットゼロの考え方に基づく「海洋プラスチックごみの回収・活用」の3つが考えられる。

最後に必要となるのが「③対外発信」である。①②の取り組みを対外的に発信することで、企業の頑張りを一般消費者や投資家に対してアピールし、自社のブランド価値の向上、ひいては企業価値の向上につなげることができる。

あるアウトドア衣料品メーカーの取り組みを例にあげると、①アカデミアと協働して繊維状MPsの測定法を開発・自社製品の排出量を把握、②生分解性繊維や洗濯バッグを開発・販売、③これら取り組みを実測データと共に論文等で対外発信、と上記3ステップで整理することができる。

取り組みは個社単位から業界単位へ

近年では、個社単位ではなく、業界単位、さらには業界を横断したサプライチェーン全体で繊維状MPsの問題に対応しようとする動きが出てきている。そうした動きの1つに「マイクロファイバーコンソーシアム(TMC)」がある。同コンソーシアムは、ナイキ、アディダス、プーマなどの海外アパレルメーカーが中心となり、繊維状MPsによる環境影響の最小化を目指して設立された。2020年頃から本格的に活動を開始し、昨年9月には「The Microfibre 2030 Commitment」を発表した*3。当該文書によると、TMCは行政に先駆けた業界主導の排出基準値の策定を目指し、加盟企業の製品の排出量をデータベースに登録し、評価システムを業界で統一するとしている。

おわりに

温室効果ガスの排出量削減、循環型社会への取り組みなど、環境対応は企業の存続をかけた課題となった。繊維製品から発生する繊維状MPsに関しても、生物多様性、海洋汚染等の観点から企業の新たな経営課題になっていくと筆者は考える。日本国内においても、規制導入後の後追い対策ではなく、業界全体として今から取り組む必要があるだろう。まずは上記3ステップに自社の取り組みを当てはめ、対応状況について棚卸しするところから始めてみてはどうだろうか。

  1. *1https://echa.europa.eu/registry-of-restriction-intentions/-/dislist/details/0b0236e18244cd73
  2. *2https://www.iucn.org/content/primary-microplastics-oceans
  3. *3https://www.microfibreconsortium.com/2030

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