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KPIをどう設定し、開示するか

安全分野におけるESG情報開示

2022年3月25日 環境エネルギー第2部 庭野 諒

ESG投資におけるS(社会)の動きの1つとして、2018年に「人的資本の情報開示のためのガイドライン:ISO 30414」が公表されるなど、人的資本、特にその典型的な指標である安全分野(労働災害をはじめとした事故の防止等)の情報開示が注目されている。

2021年、安全に関する情報開示の事例やポイントを解説した「産業保安及び製品安全における統合的開示ガイダンス(改訂2版)」が経済産業省より公表された*1。統合報告書を介した投資家との対話を通じて適切な評価を受けることで、企業の自主的な安全に関する取り組みの高度化が期待されている。本改訂では、特に取り組みの達成度を評価するための成果指標(KPI)に関する企業の課題に対して、投資家側の視点を踏まえた設定および開示のポイントが整理された。

第1の課題は、安全のKPIが不明確で、さらに定量化が難しい点である。これに対応して今回の改訂では、災害度数率など算出方法が定まっており、企業間での比較が可能なKPIの具体例が示された。また、改訂版では自社独自のKPIの設定方法も解説しており、その際に投資家視点で重要となるのは、開示されたKPIの透明性(選出の基準が明確か)、比較可能性(同社の時系列として比較ができるか)、予見可能性(先行指標*2として将来の事故実績を見通せるか)の3つである。

第2の課題は、安全への取り組みと収益拡大への紐づけが難しい点である。投資家は、企業の取り組みが直接的に収入やコストに与える影響に加え、将来的な業績の見通しへの影響にも着目する。たとえば、安全性のアピールによる顧客基盤の拡大など、持続的成長のためのストーリーを提示し、その達成度を測る尺度としてKPIを設定することが重要である。今回の改訂では、こうしたストーリーの組み立て方が実例と共に解説された。

本改訂に伴い、安全のKPI開示の増加が期待される。一方、KPIの開示がより効果的に活用されるためには、次のような課題も存在する。第1に、日本では安全は当たり前と捉えられることが多く、KPIとして事故ゼロを掲げる企業が多い点である。これに対し、欧米では、安全は努力のうえで成り立つという考えのもと、具体的な事故件数がKPIとして掲げられる。その結果、当該年度の振り返りと次年度の対応方針の検討へとつながっている。第2に、安全のKPIと投資パフォーマンスの相関性が不明確な点である。先行する気候変動などの主要なESG指標では、株価などとの相関分析が進められている。こうした相関性が示されることで、安全への積極的な取り組みが、より一層評価される動きにつながると期待される。

  1. *1産業保安及び製品安全における統合的開示ガイダンスの改訂(経済産業省)
  2. *2安全管理システムの健全性を示す指標を「先行指標」と呼び、将来の事故実績を予測可能とする。一方、これまでの事故の実績を表す指標を「遅行指標」と呼ぶ。

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