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デジタル技術を活用した視覚障害者の外出支援

ひとりで自由に外出できる社会へ

2022年5月31日 社会政策コンサルティング部 足立 奈緒子

他人ごとではない、ひとりで自由に外出できない苦しさ

この数年、新型コロナウイルス感染症の拡大により、私たちは外出を抑制され、自粛生活を余儀なくされた。その結果、ひとりで家に閉じこもることによる、身体的・精神的健康への影響を、誰もが身をもって体験したのである。

最近では感染状況も徐々に落ち着き、私たちは元の生活を取り戻しつつある。一方で、感染症の問題のみならず、以前から現在まで、ひとりで自由に外出する機会を持てない方がいることを、みなさんは知っているだろうか。

視覚障害者にとって、外出は事故に遭遇する危険性が高く、必要以外の外出は避けられる傾向にある。先行研究*1においても、ひとりで外出できないと回答した視覚障害者が一定数いる。実際、視覚障害者が交通事故に巻き込まれたり、駅のホームから転落したりなど、痛ましい事故が後を絶たず、依然として、視覚障害者が安心して自由に外出できる社会にはなっていないといえる。

視覚障害に相当する者は、日本眼科医会の調べでは、2007年時点で、国内に約164万人存在すると推計されており、うち、失明者が約1割、ロービジョン者が約9割である*2。視覚障害といっても、全く見えない、物が半分しか見えない、文字がぼやけて読めないなど、その状態像は多様だ。また、視覚障害者の約7割は60歳以上の高齢者であり、人口の高齢化に伴って、今後さらに増加すると推測されている*2

ここで伝えたいことは、高齢期に中途で視覚障害となる方が多数おり、誰にでもその可能性があるということ、そして、ひとりで自由に外出したくてもできない視覚障害者の方が多数いるという現実を、決して他人ごととして捉えてはならないということである。

視覚障害者向けの外出支援ツール、続々登場

一方、近年のデジタル技術の進歩に伴い、視覚障害者を取り巻く状況が徐々に変化していることも事実だ。視覚障害者向け外出支援ツールの登場である。スマートフォンの専用アプリによる音声案内をはじめ、白杖(はくじょう)や靴に取り付けたシステムにより、周囲の障害物や進行方向を案内するツールなど、新たなツールが続々と開発されている。

まだ実用化に至っていないものもあり、視覚障害者が外出時に利用するものとしては、白杖や盲導犬が大半を占めているが、今後それに続くものとして、図表1に挙げたツールの存在がある。こうしたことについては、公共サービスの運営主体のみならず、民間事業者も注視しておく必要がある。当然ながら、私たちも意識をアップデートしておくことが必要だ。


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図表1 外出支援ツールの具体例(著者調べ)
区分 ツール名/開発企業 概要
スマートフォン専用アプリ EyeNavi/
株式会社コンピュータサイエンス研究所
AIによる進路上の障害物や信号の色などの検出機能と、歩行者向けナビゲーション機能を融合し、音声で知らせるスマートフォンアプリ。
shikAI(シカイ)/
リンクス株式会社
駅構内の点字ブロックに表示したQRコードを、専用アプリで起動したスマートフォンのカメラで読み取ることで、現在地から目的地までの正確な移動ルートを導き出し、音声で目的地までナビゲートするシステム。
信GO!/
日本信号株式会社
歩行者信号の情報(青信号、赤信号、青点滅情報)をスマートフォンで表示するアプリケーション。
EyecoSupport(アイコサポート)/
株式会社プライムアシスタンス
遠隔にいる専門のオペレーターが、アプリ利用者のスマートフォンのGPS位置情報から現在地を特定して、スマートフォンのカメラが捉えるビデオ映像を確認し、声で視覚情報を伝えるサービス。
点字ブロック 薄型ソーラービーコン内蔵点字ブロック/
株式会社ACCESS、セイコーホールディングス株式会社、株式会社サカイシルクスクリーン、PLAYWORKS株式会社
点字ブロックにソーラー発電型のBLE(Bluetooth Low Energy)ビーコンを搭載した製品。この点字ブロックを駅や空港などの構内に敷くことで、視覚障害者のスマートフォンへBLE電波を発信し、道案内や施設案内をすることが可能。スマートフォンにイヤホンを接続し耳に装着しておけば、道案内などの情報を音声で確認することができる。
白杖 視覚障がい者歩行支援システム/
京セラ株式会社
無線自動識別ならびに振動・音声による情報伝達が可能なスマート白杖により、転落や接触の危険の恐れがある駅ホームや列車連結部に入ると、歩行者にスマート白杖に装備されたバイブレータと、スマートフォンを介した音声システムを通じて、事前に危険を知らせる。
あしらせ/
株式会社Ashirase
スマートフォンアプリと、靴に装着するウェアラブル型振動インターフェースで構成され、足への振動により、向かう方向を案内する。

メガネ型骨伝導イヤホンを活用した外出支援ツール ―神奈川県視覚障害者福祉協会の取り組み―

さて、今回幸運にも、視覚障害者の外出支援ツールの開発に関与した、神奈川県視覚障害者福祉協会の理事長 鈴木孝幸氏に話を伺う機会を得た。自身が中途視覚障害者で、30代で視力を失った後、視覚障害者の権利擁護や課題解決に向けて精力的に活動されている。以降、最前線の外出支援ツールの一例を紹介するとともに、当事者としての同氏の思いを紹介したい。

鈴木氏が研究代表者となり試作した外出支援ツールは、市販のメガネ型骨伝導イヤホンに、小型カメラを取り付け、スマートフォンに搭載した文字・物体認識アプリと組み合わせることにより、白杖では検知しにくい、3~10メートル先の危険(トラックの荷台、はみだした看板、歩道に放置された自転車、段差等)を未然に検知し、音声で知らせてくれるという仕組みだ(図表2参照)。

既存の外出支援ツールは高額で手を出せないという視覚障害者の声を踏まえ、市販のハードウェアやアプリなどを組み合わせて価格を抑えつつ、視覚障害者が装着しやすい軽量なツールとなるように工夫したという。開発にあたっては、みずほ福祉助成財団の社会福祉助成金*3を活用したそうだ。

「このツールの大きな利点は、周囲の状況を音声で案内してくれること。骨伝導イヤホンから出る音は、本人にしか聞こえないので、周囲に遠慮する必要もない。スマートフォンの専用アプリを操作しながら歩行するとなると、片手に白杖、反対の手にスマートフォンで、両手がふさがってしまうが、このツールは、メガネを装着して、胸ポケットにスマートフォンを準備すればよい」(鈴木氏)。試作ツールの被験者からは、杖で触れなくても車があるとわかることへの驚きや、馴染みの居酒屋の看板の文字が読めたことへの喜びなどの感想が寄せられたそうだ。

一方、今後の実用化に向けて、課題も残されているという。最大の課題はツールの価格だ。比較的価格を抑えて開発したものの、実際に販売となると、現段階では一般の方には手を出しにくい価格設定にならざるを得ない。「たとえば将来、市町村が実施する日常生活用具給付等事業の対象に、外出支援ツールも含まれたら、視覚障害者の費用負担が軽減され、使ってみようと思う方も増えるかもしれない」(鈴木氏)。

また、今後、外出支援ツールの利用を拡大していくには、価格だけでなく、これらツールを活用した歩行訓練の機会が、視覚障害者に十分に与えられることも必要となるだろう。

図表2 試作した外出支援ツールのイメージ
図2

外出支援ツールだけでなく、当事者の周囲にいる私たちこそ進化を

ここまで述べたとおり、実用化にあたり課題は残っているものの、デジタル技術を活用した外出支援ツールは、視覚障害者の安全やQOLの向上につながり、さらなる利用拡大へ今後の期待も高まる。とはいえ、ツールがあれば、視覚障害者の困難が完全になくなるという訳では決してない。

「デジタル技術がいくら発展しても、人の手助けが一番安心」と鈴木氏はいう。晴眼者を対象としたアンケート調査*1によると、視覚障害者を見かけた時に声をかけることができると回答した人は全体の4割しかいなかったが、同氏によれば、最近では、あるテレビドラマをきっかけに、その状況が変わってきているという。2021年10月~12月に放送された「恋です! ―ヤンキー君と白杖ガールー*4」というドラマで、著者も視聴した1人だが、コミカルなラブコメディでありつつも、視覚障害の当事者から世界がどう見えるのかが丁寧に描かれている。「ドラマの影響で、若い方から、声を沢山かけてもらえるようになった。ドラマを見て、視覚障害者に声をかけてもいいのだとわかったそうだ。視覚障害者から周囲がどのように見えているのか、皆が理解してくれるのはとても嬉しい。」と鈴木氏は微笑みながら話す。

視覚障害者が安心して、ひとりで自由に外出できるようにするためには、デジタル技術だけでなく、周囲の私たちこそ進化しなければならないのではないか。外で白杖を使用されている方を見かけたら、少し気に留め、困っていそうなら声をかけよう。「何かお手伝いしましょうか?」これだけでいい。「このような声かけを当事者が受け入れ、周囲が継続して声をかけてくれる環境を当事者自身が整備していく必要がある」と鈴木氏は述べる。晴眼者の適切な声かけと、当事者である視覚障害者の受け止め、その双方の見解が共有され、協議されることが重要なのだ。

2021年6月、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」が改正され、改正法の施行から3年以内には、民間事業者においても、障害のある人に対し、「合理的配慮」を提供することが義務付けられる。今こそ、障害のあるなしに関わらず、私たち一人ひとりがお互いに理解し合い、助け合うと共に、あらゆる状況に置かれている人にとって社会参加しやすい社会基盤を整備していく必要がある。

人と人の助け合いのもとに、デジタル技術もさらに発展し、日常生活の中で利用できる環境が整えば、全ての視覚障害者がひとりで自由に外出できる未来も遠くないと考える。

  1. *1 特定非営利活動法人神奈川県視覚障害者福祉協会「視覚障害の外出に関する意識調査報告書」(2019年3月)(PDF/1,935KB)
  2. *2 社団法人日本眼科医会「日本における視覚障害の社会的コスト」(2009年6月20日発行)(PDF/1,547KB)
  3. *3公益財団法人みずほ福祉助成財団が、障がい児者の福祉向上のための先駆的・開拓的事業や研究に 対して助成を行っているものであり、2022年度は、2022年6月24日が申込締切(当日消印有効)となっている。詳細は以下を参照されたい。
    http://mizuhofukushi.la.coocan.jp/business/business01.html http://mizuhofukushi.la.coocan.jp/bosyu/bosyu01.html
  4. *4 日本テレビ放送網「恋です! ―ヤンキー君と白杖ガール―」

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