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人的資本経営の新たな潮流

2022年1月19日 社会政策コンサルティング部 田中 文隆

人的資本経営への注目

企業は人なりと言われるが、SDGsやESGが叫ばれる昨今、人的資本経営に経営層、機関投資家からの関心度が高まっている。その契機となったのが、ISOが2018年に制定した人的資本経営開示のガイドラインである国際規格ISO30414*1である。同規格では、ダイバーシティ(多様性)、リーダーシップなど11の領域で58の測定指標を開示のガイドラインとして明示している。また、2020年には米国証券取引委員会において、上場企業に対する人的資本の情報開示の義務化がなされた*2。人材の採用や教育、リテンションなどに関する投資や損失の実態を明らかにしてマネジメントすることが求められ、投資判断の重要な基準となる見込みである。

我が国でも呼応した動きが確認できる。2020年には経済産業省が「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会報告書―人材版伊藤レポート」*3を公表し、人材戦略を企業の価値創造ストーリーに反映させることの必要性を提言している。さらに2021年には、金融庁・東京証券取引所により「コーポレートガバナンス・コード」が改訂された*4。そこでは、「上場企業は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すともに、その状況を開示すべきである」と言及されている。すなわち、今後は人材戦略と経営戦略との連動状況や当該取組の可視化や開示が投資家などのステークホルダーから求められてくるということである。とりわけ、上場企業においては、投資家から財務データに留まらず、今後の企業成長を見極める上で、いかに人材を資本として捉え活かしていくのか、その説明と対話を求められるであろう。企業や個人を取り巻く変革のスピードが増す中で、目指すべきビジネスモデルや経営戦略と足下の人材及び人材戦略がマッチしているのか、再考する契機にあるのだ。

多様性の捉え方

ここで注目したいのが「コーポレートガバナンス・コード」に記載がある「多様性」についての捉え方である。前述した経済産業省(2020)では、多様性について「人材の国籍や属性も多様となるとともに、中途・経験者採用、兼業・副業の推進や受入れ、ギグワーカーやフリーランスの活用も増え、多様な価値観や専門性を持つ人材で雇用コミュニティが構成されることが肝要」と述べている。さらには、多様性のあるオープンなコミュニティを推進していく際には、「企業間での育成出向(交換留学)や、投資先企業への出向、兼業・副業の推進など、組織を軸にしながらも、その枠にとらわれない個人の成長機会や経験の設計も重要となる」と論じている。また、人生100年時代の個人のキャリア自律という観点からも多様性に向き合うことが必要であろう。このような議論も踏まえつつ、当社では次世代リーダーを対象とした越境学習プログラム「越境リーダーズキャンプ」をスタートさせた*5。「越境リーダーズキャンプ」とは、越境学習を通じた内省について、現在はスタートアップやフリーランスとして活躍している大企業アルムナイ*6にサポートを受けながら、地域のリアルな経営課題にビジネスの力で解決することに挑むものである。プログラムを通じた内省により、自身の持ち味や仕事を通じた人との関わりなど自己や仕事の再定義とリーダーシップの醸成を図るものである。当社も含めた大企業4社が参画し、現地(大分県竹田市)でのプログラムを経て、1月末には事業プランを発表する。研修効果については、これから本格的な分析を行うものの、すでに大企業次世代リーダーからは「自身の考えを様々な視点で再解釈することを普段から行っておくことが大事」といった声も聞かれている。国籍や属性などの多様性だけでなく、知や経験の多様性、そしてそれらが在ることで安住することなく、自他ともに活かすことが出来るマインド・能力を醸成することが急務であるとの気づきも得ているようである。多様性という環境を活かすための自己認識や仕事の再定義など、それらを行動や成果に結びつける力が求められているのである。

価値創造ストーリーに反映させることとは

冒頭、人的資本経営とは、人材戦略を企業の価値創造ストーリーに反映させることであると述べた。それは具体的に何なのか。前述の越境学習を例に取れば、経営戦略上重要な人材課題を特定して、それら課題を解決するためのアクティビティ(手段としての研修)を講じることにより、対象者の何に作用して(アウトプット)、それらは組織・会社に何を生むことになるのか(アウトカム)、一連のロジックモデルを仮説として立案することにあるのではないか*7。今回の研修プログラム開発にあたりヒアリングした大企業においても、この仮説立案について検討を重ねている。有能な人材を事業開発関連部署に配置しても、自社のアセットありきの構想や現場接点が希薄な中での理想論となりがちなこと、本人の成し遂げたい意思と紐づくまでの迫力ある構想に至らない等、問題意識を有しており新たな成長機会を探索していた。突き詰めれば、時には自身の人生やキャリアとも紐づけながら自律的に事業開発や業務変革に臨む人材をいかに輩出できるかということである。今後、アウトプットに類するものとして、内省の変化、すなわち「仕事や会社に対するものの見方の変化」、「自身の強み・持ち味理解の深まり」、「リーダーシップの芽生え」の観点から分析を行う。また、中期的な視点となるが、こうした次世代リーダーの内的変化が、組織や事業にどのように結びつくのか、例えばリーダーの言動や周囲への働きかけ、上司等のサポートを通じて、事業化につながる案件や組織間の連携案件などの量や質に関する成果(アウトカム)を生むのか、想定していなかったことの事実発見も含めて仮説を検証していくことが有意義である。

人的資本経営の要諦は、今在ることの可視化、開示・対話に留まらず投資により対象にどのように作用して、経営戦略上の指標に直接的、間接的に寄与するのか示していくことにある。そのためには、あるべき姿からの逆算的な問題深堀型の接近を図りつつも、足下の施策からの仮説試行型の接近も試みる、その往還を行うことが有意義であり、それが前述の経営戦略との連動と再考を確かなものとする過程になると筆者は認識している。

  1. *1ISOホームページ ISO 30414:2018 Human resource management - Guidelines for internal and external human capital reporting (2022年1月6日確認)
  2. *2米国証券取引委員会プレスリリース SEC Adopts Rule Amendments to Modernize Disclosures of Business, Legal Proceedings, and Risk Factors Under Regulation S-K(2022年1月6日確認)
  3. *3経済産業省(2020)「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会報告書―人材版伊藤レポート」(2022年1月6日確認)
  4. *4東京証券取引所(2021)「改訂コーポレートガバナンス・コードの公表」(2022年1月6日確認)
  5. *5当社お知らせ「大企業アルムナイと連携した法人向け研修プログラム「越境リーダーズキャンプ」モデル実証を開始」
  6. *6元は「卒業生・同窓生」の意。転じて「企業の退職者」の意味でも用いられる。近年では兼業・副業やオープンイノベーションなど社外の人的資産としての活用・協業がみられている。
  7. *7経済産業省「『非財務情報の開示指針研究会』中間報告」(2021年11月)において、研究会における指摘として「人材戦略や人的資本に関する取組が、どのような時間軸(短期・中期・長期)で価値創造プロセスや企業戦略に反映されていくか、指標及び目標値とあわせて説明することにより、読み手は時間軸まで意識した理解が可能となる」と述べている。
    (PDF/4,000KB)(2022年1月6日確認)
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