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福祉事務所による効果的な連携支援のヒント

貧困世帯の子どもに対する健康・生活支援―必要性とその方法―

2022年2月2日 社会政策コンサルティング部 足立 奈緒子

1.貧困世帯*1の子どもの健康課題とは

「日本の子どもの貧困率は13.5%*2、7人に1人が相対的貧困。」特にひとり親世帯の貧困率は48.1%*2で、2人に1人が相対的貧困状況にあるという状況は、2019年の公表当時、各種報道でも衝撃的な実態として大きく取り上げられた。記憶にある方も多いのではないだろうか。

こうした社会経済状況と、貧困世帯の子どもにおける健康課題との関係については、国内でも様々な研究が進められている。その中で、貧困世帯の子どもは、適切な生活習慣や食習慣が形成されづらく、むし歯や肥満等の健康課題等を多く抱えていることが示唆されてきた*3。子ども時代の不適切な生活習慣が、成人期以降にも引き継がれ、生活習慣病の発症に繋がりやすい等、健康課題の世代間連鎖や貧困の再生産に繋がる可能性も推測される。

この連鎖を早期に断ち切ることは、非常に重要な社会課題であると考える。

2.「被保護者健康管理支援事業」と「子どもとその養育者への健康生活支援モデル事業」

一方、貧困世帯の健康管理を支援する事業として、2021年1月より、福祉事務所では、生活保護制度における被保護者を対象に、健康管理を目的とした「被保護者健康管理支援事業」が必須事業化されている。

しかし、被保護者健康管理支援事業では、40歳以上の被保護者を主な対象と想定した取組が展開されている。厚生労働省で作成されている「被保護者健康管理支援事業の手引き」*4では、より若年の者に対しても積極的な支援を行う必要性が言及されているものの、子どもを含む若年層への健康支援は、自治体ごとの判断により試行的に取り組まれているのが実態といえる。

一部の自治体においては、厚生労働省の助成する「子どもとその養育者への健康生活支援モデル事業」を活用し、生活保護受給世帯・生活困窮世帯の子どもやその養育者に焦点を当てた取組を進めているが、その数はまだかなり限定的だ。

しかし、冒頭で述べた世代間の不健康な生活習慣・健康課題の連鎖を断ち、中長期的に地域や世帯全体の貧困改善の種を蒔くためにも、福祉事務所は今まさに、子どもを含む若年層向けの健康生活支援と、被保護者健康管理支援事業を両輪で進めていく必要があると考える。

3.福祉事務所主体で子どもの健康支援にどう踏み出すか?

では、福祉事務所が主体となり、貧困世帯の子どもの健康や生活を支援するには、どのような方法・形が考えられるのだろう。現在、福祉事務所は、被保護者健康管理支援事業も開始されたばかりで、新型コロナウイルス感染症対応業務もあり、ケースワーカーやその他職員は、以前にも増して業務多忙な状況にある。また、福祉事務所に保健師等の保健医療専門職が配置されていない自治体もある。具体的・効果的な支援の形をイメージしきれず、取組として動き出すきっかけや効果的な方向性を模索中のところも多いと思う。

そうした中、当社では、2020年度、生活保護受給世帯・生活困窮世帯の子どもやその養育者に対して、福祉事務所が主体となって支援している事例を調査した*5。以下、上記調査を担当した筆者が、そこで把握された事例を俯瞰し、福祉事務所がどのように行政の関連部局・地域の社会資源等と連携し、貧困世帯の子どもへの健康支援を効果的に進めているのか、そのエッセンスを紹介したい。

4.支援のきっかけと進め方―実践中の取組のエッセンス―

当社が調査した実践事例では、以下のような傾向がみられた。なお、事例の詳細は、当社報告書(p.56~74)*5を参照頂き、実践の参考として是非ご活用頂きたい。

(1)関係を作りやすい団体を巻き込んで進めている

福祉事務所が単体で取組を進めるのではなく、庁内の他部局(衛生部局や母子保健部局等)、学校や教育委員会、学習・生活支援事業の受託事業者、学生ボランティア等、地域の関係セクターを巻き込んで、教育部局と福祉部局の保有するデータを統合・活用し、医療機関への受診勧奨が必要な子どもを効率的に発見したり、健康教育や食育の担い手となる専門職を確保する等、様々な工夫を積み重ねているところが注目された。

(2)段階的に進め、徐々に対象を拡大している

生活保護受給世帯・生活困窮世帯の子どもの健康課題の把握から始める、あるいは、生活保護受給世帯の子どもに特徴的な健康課題(むし歯等)に限定して取組を進める等、段階的に展開させ、その過程で、対象世帯や連携先を拡大するという方策が注目された。


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表 生活保護受給世帯・生活困窮世帯の子どもに対する健康・生活支援例
自治体の課題・現状(例) 取組の内容(例) 連携先(例)
  • 生活保護受給世帯の子どものうち、支援の必要性が高い子どもが分からない。
  • 生活保護受給世帯・生活困窮世帯の子どもの健康課題を把握していない。
  • ケースワーカーが家庭訪問時、子どもの生活習慣や学習状況を把握するための、標準的なヒアリングシートを作成。
  • 被保護者健康管理支援事業の対象を母子世帯にも拡大して、支援対象を抽出。
  • 保健部局
  • 生活保護受給世帯・生活困窮世帯の子どもに特徴的な健康課題(むし歯等)がある。
  • 教育委員会と連携し、学校健診で要医療・要受診(歯科)を勧告された児童・生徒のうち、未受診の生徒に対し、受診勧奨。
  • 学校歯科健診の実施時期と、結果通知時期に、子どものいる生活保護受給世帯に、歯科医療機関の受診勧奨を実施。
  • 教育委員会
  • 歯科医療機関
  • 保健部局
  • 生活保護受給世帯・生活困窮世帯の子どもに特徴的な、不適切な生活習慣・食習慣がある。
  • 学習・生活支援事業の参加者等に対し、 健康教育や調理実習を実施。
  • 学習・生活支援事業の担当部局
  • 学習・生活支援事業の受託事業者
  • 学生ボランティア
  • *令和2年度社会福祉推進事業 子どもとその養育者への健康生活支援における行動変容に関する調査研究事業 報告書*5をもとに当社作成。

5.子どもの健康改善がもたらす意義

上記の調査を進める中で、筆者が最も驚いたのは、子どもの生活習慣が改善することで、その養育者の生活習慣も改善し、ひいては世帯全体への健康改善に波及していくという事例に出合ったことである。大人の生活習慣改善・指導は、医療、保健事業さらに民間サービスにおいても幅広く利用機会はある。しかしながら、生活習慣の改善は、必ずしも容易ではないことが多い。加えて、生活困窮状態にある世帯では、家計支出の制約、運動の機会を得にくい、労働時間帯等から、行動変容のハードルは、さらに高い可能性も想定される。その意味で、貧困世帯の子どもから、健康支援について、世帯全体に働きかけることは、大きな意義があると考える。

なお、本稿では、貧困世帯の子どもに対する健康・生活支援に焦点を当てて話を進めているが、より根本的な解決として、養育者の経済状況を改善することが必要であるという点は、最後に触れておきたい。また、本稿では、調査研究から把握されたエッセンスを客観的に紹介しているが、この内容が、貧困世帯やその子どもへの偏見を助長することにならないよう注意したい。

今後、各地域の実情に応じて、福祉事務所を含む様々な地域の関係団体による、貧困世帯への健康・生活支援が拡大し、地域全体の健康づくり、世帯の経済状態の改善が進むことを注視していきたい。

  1. *1本稿では、生活困窮者自立支援法、生活保護法の対象となる世帯を含め、経済的に困窮している世帯を指して、"貧困世帯"と表記した。
  2. *2厚生労働省「2019年 国民生活基礎調査の概況 II 各種世帯の所得等の状況 6 貧困率の状況」p.14(PDF/300KB)
  3. *3厚生労働省「第4回生活保護受給者の健康管理支援等に関する検討会 資料3(平成29年1月18日)」(PDF/1,181KB)
  4. *4厚生労働省「被保護者健康管理支援事業の手引き(令和2年8月改定版)」(PDF/1,619KB)
  5. *5当社「令和2年度社会福祉推進事業 子どもとその養育者への健康生活支援における行動変容に関する調査研究事業 報告書」(PDF/8,900KB)
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