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運転のマイルールを決めよう 海外で普及する限定免許

  • *本稿は、『月刊ケアマネジメント』 2019年10月号(発行:環境新聞社)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 経営・ITコンサルティング部 シニアコンサルタント 築島 豊長

限定免許を理解する

高齢運転者の交通事故防止対策に取り組むため、現在、政府ではさまざまな対策が検討または推進されています。具体的には、まず技術による対策として、自動車メーカーによる自動運転を含めた先進安全技術の開発の促進が進められています。

死亡事故の97%が「わき見」や「漫然運転」「安全不確認」といったヒューマンエラーが原因という内閣府の調査結果もあり、もし自動運転が実用化されれば、運転者の特性やヒューマンエラーを考慮しなくても良いため、交通事故の減少が見込まれています。ただ、自動運転技術はまだ開発途上であり、実用化には多くの時間を要する見込みです。

また、制度による対策としては、「免許更新時に運転に必要な能力を確認する実車試験の導入」や「限られた地域や時間帯のみ運転することができる、また衝突被害軽減ブレーキなどを搭載した安全運転サポート車のみ運転することができる等の限定免許の創設」などが検討されています。日本の交通環境に照らし合わせて、どのような制度にすると効果的なのか、今まさしく検討されている最中です。現在、検討または推進されている対策の中でも「限定免許」の位置付けを理解することは、日本で起こっている高齢運転者の交通事故を客観的に理解する一助になるはずです。そこで、運転免許の現状と海外の取り組みを交えながら、紹介したいと思います。

現在の運転免許制度はAll or Nothing

限定免許を理解するために、まず現在の運転免許制度について触れます。運転免許は、自動車教習所等で運転能力を持っていると判断されると交付されます。具体的には「技能」「学科(知識)」「適正」の3つを一定レベルで有しているか、試験等の結果によって交付されます。

「技能」は、例えば、アクセルやブレーキ、ハンドル等の車両の操作ができることなどです。運転の経験を積むほど、「技能」は向上すると考えることができ、長年運転をされていて、事故を起こしたことがない方などは、もしかしたら「技能」に自信をお持ちかもしれません。

「学科(知識)」は、例えば、標識や信号の理解、交通ルール等を把握していることです。交通ルールを知らなければ、安心して円滑に運転することができませんので、必要不可欠な要素になります。

「適正」は、運転に必要な視力や聴力、運動能力等を持っているかということになります。もっとも身近なものは、視力かもしれません。裸眼での視力が悪いと、眼鏡等の装着が義務付けられ、運転免許証にその旨が記載されます。実は、眼鏡等を装着しないと運転できないということは、これも限定免許の1つになります。

運転免許取得時は、運転能力を持っていると判断されたわけですが、時が経過し、例えば高齢になると身体機能の変化により反応速度が遅くなったり、また病気になり身体の自由がきかず、思うように運転ができなくなったりします。つまり、運転に必要な「適正」に変化が生じてきます。現在、相次いで発生している高齢運転者による交通事故は、この「適正」の変化がキーポイントと目されていますが、同じ年齢や同じ病気でも個人差があるため、「適正」を正確に判断する基準が明確でなく、運転能力があるのか、ないのか、判断しづらいのが現状です。

一方で、現在の運転免許制度はAll or Nothingの制度で、運転能力があると判断されれば、免許が維持でき、そうでなければ失効し、その中間に当たるものがないため、「適正」が判断しづらい場合にでも、どちらかに判断せざるを得ず、実態と制度がかみ合わなくなっています。

事情に応じてルールを決める 周囲の人々ができること

現在の運転免許制度において、中間の役割を期待されているのが限定免許です。さまざまな特性を持った高齢運転者と交通事故を遠ざけるために、どのような限定免許制度にしたら良いか検討されているところです。

例えば、海外ではさまざまな限定免許が交付されています(表)。ある国では、限定条件付き免許を付与することで交通事故発生率が約18%軽減したというデータもあり、日本もうまく制度設計ができれば、同じような効果を期待できるかもしれません。

高齢運転者の交通事故の特性や現在検討・推進されている対策について触れてきましたが、私達自身ができることはないのでしょうか。ヒントは、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州の取り組みにあります。

ニューサウスウェールズ州では、自主的な申請に基づき、買い物や通院など必要な外出に限定する免許を選択できます。現在、日本で制度としてできることは免許の自主返納だけですが、自主的に、自らのルールとして自動車を使う時間やエリアを制限する取り組みは非常に有効です。

例えば、畑仕事でしかクルマは使わない、買い物でのみ使う、クルマを運転するときは運転免許を持った人を必ず同乗させる(1人で運転させない)など、事情に応じてさまざまなルールが考えられます。

自動運転などの技術的な対策や、限定免許などの制度的な対策に触れましたが、どれもまだ多くの時間を要します。対策が追いつかず、新たな局面を迎えている今だからこそ、自主的な取り組みを行うことに大きな意味があります。もちろん、自主的な取り組みが簡単にできるほど、強い方ばかりではないため、周囲の人々の理解やサポートが必要不可欠になります。もし身近な高齢者が心もとない運転をしていたり、運転に不安を感じていたりしているのであれば、一声かけて、一緒に自動車とのつき合い方を考えてみてはいかがでしょうか。

周知の通り、交通事故の影響は計り知れないものがあります。少子高齢化が加速する中、高齢運転者はもとより、家族など周囲の人々も共に考える必要性がより高まっています。


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表 海外における限定・場所限定の有無とその概要
  時間帯限定 場所限定 概要
イギリス × × 時間帯・場所に関する限定条件付免許はない。身体障害を有する者等を対象とした車両の限定はある。
ドイツ 日中限定(夜間走行禁止)、自宅から半径◯キロ圏内の限定、一般道限定(高速道路禁止)などがある。
スイス 特定の地域内限定、時間限定、特定の道路限定、特定の車両の種類限定(個人的に適合された若しくは装備された車両に限定を含む)などがある。
オランダ 日中限定(夜間走行禁止)、自宅から半径◯キロ圏内の限定、一般道限定(高速道路禁止)などがある。場所限定を適用するのは稀である。
オーストラリア・ビクトリア州 特定の地域内限定、時間限定、カスタマイズした車両限定、自宅から半径◯キロ圏内の限定、一般道限定(高速道路禁止)などがある。
オーストラリア・ニューサウスウェールズ州 特定の地域内限定、時間限定などがある。また、自主的な申請に基づき、「必要な外出」に限定する免許を選択することができる。
アメリカ・イリノイ州 特定の地域内限定、一般道限定(高速道路禁止)、日中限定(夜間走行禁止)などがある。
アメリカ・アイオワ州 日中限定(夜間走行禁止)、自宅から半径◯キロ圏内の限定、一般道限定(高速道路禁止)などがある。
カナダ・オンタリオ州 × × 高齢者向けの時間帯・場所に関する限定条件付免許はない。

出所:警察庁公表資料をもとにみずほ情報総研作成

コラム 高齢者は事故を起こしやすいのか

ひとたび事故が起きると死亡事故につながりすい

連日のように高齢運転者による交通事故が報道されていたため、高齢運転者は全般的に交通事故を起こしやすく危険な存在というイメージを持ちやすいかもしれません。いろいろな見方があるかもしれませんが、一概に高齢者は事故を起こしやすいとは言い切れないというデータがあります。

警察庁は、毎年交通事故や道路の交通に関する統計結果を発表しており、その中で年齢別の交通事故件数や死亡事故件数等を確認することができます。

免許人口10万人当たりの年齢層別の交通事故件数を見てみましょう(図1)。赤文字部分が示す通り、75歳以上において高齢になればなるほど増加傾向になっていますが、75歳以上の年齢層と10代・20代の年齢層を比較すると、10代・20代の方が比較的高い数値を示しています。

また、事故件数の総数で見ると、免許人口の違いを考慮に入れる必要はありますが、「75~79歳」は約1万8000件となっており、75歳以上のグループは他の年齢層より低い数値となっています。

ここまで聞くと、高齢者は必ずしも事故を起こしやすいというわけではなく、偶然高齢運転者の事故が相次いで発生していたり、高齢運転者の事故ばかりが報道されていたりするのではないかと思うかもしれませんが、実はその見方にも注意が必要です。

警察庁の統計には、交通事故の中でも死亡事故に焦点を当てた結果も含まれています。例えば、免許人口10万人当たりの年齢層別の死亡事故件数と、死亡事故件数の総数では、赤文字部分が示す通り、75歳以上の年齢層の死亡事故の発生割合は他の年齢層と比べて高い傾向にあります(図2)。全年齢層の平均が3.76であるため、データ上では、75歳以上では約1.6~4.3倍死亡事故を起こしていることになります。

これら2つのデータから言えることは、「高齢運転者は、他の年齢層と比べて必ずしも交通事故を起こしているとは言い切れないが、事故を起こしてしまうと死亡事故につながるような規模の大きい事故になることが多い」ということになり、いかに高齢運転者と交通事故を遠ざけるかが対策のポイントになってきます。

図1 免許人口10万人当たりの年齢層別の交通事故件数(2018年)
(第一当事者*1が原付以上運転者*2の年齢層別交通事故件数)
図表1

出所:警視庁公表資料を基にみずほ情報総研作成


図2 免許人口10万人当たりの年齢層別の死亡事故件数(2018年)
(第一当事者*1が原付以上運転者*2の年齢層別交通事故件数)
図表2

出所:警視庁公表資料を基にみずほ情報総研作成


  1. *1事故当事者のうち最も過失の重い者
  2. *2自動車、自動二輪車及び原動機付自転車の運転者
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