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製品含有化学物質管理の「再確認」(2/2)

  • *本稿は、『月刊化学物質管理』 2019年6月号(発行:情報機構)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 環境エネルギー第2部 菅谷 隆夫

4. 製品含有化学物質管理基準

次に「製品含有化学物質管理基準」を中心として、製品含有化学物質管理の仕組みのフレームワークについて確認する。

JIS Z 7201や管理ガイドラインにおいては、組織は製品含有化学物質管理基準を満たす製品を実現できるように、製品含有化学物質管理に取り組むと規定されている。そのため、製品含有化学物質管理基準の設定がきわめて重要となる。

JIS Z 7201の定義によれば、製品含有化学物質管理基準は、「製品含有化学物質に関係する法規制及び業界基準に基づいて、組織が規定した基準」であり、注記において、製品含有化学物質管理基準は、顧客から遵守する必要があると連絡された法規制及び組織と顧客との間で合意した顧客の業界基準を含む、と補足説明されている。

管理に取り組む組織自身が、自社の製品が満たすべき法規制や業界基準を理解し、顧客が適合しようとしている法規制や業界基準も把握した上で、製品含有化学物質管理によって適合すべき基準を自ら明確にするのが、製品含有化学物質管理基準である。顧客の要望は、「グリーン調達基準」などの形で明示されることも多いが、その根拠としている法規制などまで確認することが望ましい。業界基準も基本的に、何らかの法規制に基づいて設定されているので、やはり関連する法規制を理解することが重要となる。

製品含有化学物質管理基準への適合実現の視点から、製品含有化学物質管理の仕組みを整理すると、図表5のようになる。設計・開発、購買、製造及び引き渡しの各段階で次のとおり管理を実施すべきことが示されている。

設計・開発段階での対応が重要で、製品含有化学物質管理基準を満たすために、購買段階において何か購入したらよいか、製造段階ではどんなことに気をつけて管理すればよいのか、引き渡しの段階に確認すべきことはあるのか、などそれ以降の管理をコントロールする基準を設定することになる。管理ガイドラインに注記されているように、設計・開発段階とは、設計開発を担当する部署における業務だけでなく、生産開始前までに行われる調達品の選定などの作業も含まれるので、ほぼ全ての組織に設計・開発段階が存在することになる。

購買、製造、引き渡しの各段階においては、この設計・開発の段階で設定された各段階における製品含有化学物質管理の基準に基づいて、業務を進めることで、製品含有化学物質管理基準を満たす製品の供給が実現される。もちろん実際には、様々な変更が生じることが想定されるが、それらは変更管理によってカバーされることになる(図表5参照)。

JIS Z 7201の指針や管理ガイドラインの実施項目の「5.1 運用」を確認する際には、上記の管理基準の関係が理解できているとわかりやすい。

図表5 製品含有化学物質管理基準に基づいて設計・開発段階で明確にされる各段階の管理基準
図表5


5. 製品含有化学物質に関わる法規制

最新動向や顧客要求をふまえながら、製品含有化学物質管理基準を適切に設定し、管理を推進するためには、製品含有化学物質に関わる法規制などを把握し理解する必要がある。

製品含有化学物質に関わるルールとしては、最上位に国際的な取り組みとして、残留性有機汚染物質(POPs)条約や水銀条約などの国際条約を位置づけることができるが、対象となる化学物質の数は多くはない。また、国際条約ではないが、UN environment のCiP(Chemicals in Products)プロジェクトなど、製品含有化学物質に関わる国際的な活動には留意しておくことが望ましい。

国際条約以外のルールは基本的に、各国・地域の法規制となる。法規制は、EU REACH規則のように化学物質そのものに関するものか、EU RoHS指令のような製品環境規制、いわゆる製品を環境にやさしいものに変えていこうとする製品分野ごとの法規制に分けて考えると整理しやすい(図表6参照)。

またEU RoHS指令のように、世界各国・地域に影響を与え類似の法規制の導入につながっているような例がある(図表7参照)。現在のところ、含有制限の対象物質は、6物質または10物質(EU RoHS指令では2019年7月より10物質を制限)で、EU RoHS指令と同じだが、対象製品や適用除外、情報開示ラベリングなどのルールは異なるため、製品含有化学物質管理に基づいて、個別に対応する必要がある。

図表6 製品含有化学物質に関わる法規制等の俯瞰
図表6

図表7 EU RoHS指令に類似する法規制等の拡がり(情報開示や工業規格、検討中のものも含む)
図表7

6. 製品含有化学物質管理におけるリスク

製品含有化学物質の管理においては、不確実な要素として、製品含有化学物質管理上のリスクを考慮する必要がある。

この製品含有化学物質管理におけるリスクは、化学物質の有害性とその化学物質にさらされる量(ばく露量)とを考慮した、いわゆる「化学物質リスク」とは異なる。しかし、5. でも触れたように、化学物質管理が化学物質のライフサイクル全体を通して適用されるようになり、また成形品に含有される化学物質に関する法規制が世界の国・地域で導入・検討される中で製品含有化学物質管理を適切に管理し、有害性の高い物質の含有量を減らしたり、より安全な化学物質に転換することは化学物質リスクの低減にもつながる。製品含有化学物質管理で得られた化学物質の種類、含有位置、含有量などの情報は、化学物質リスクにおけるばく露量を評価する場合の基礎情報ともなり得る。

製品含有化学物質管理を進めるには、リスクとなる管理上の不確かさの影響を考慮して、科学的・合理的に対応することが重要となる。以下、製品含有化学物質管理におけるリスクをふまえた管理のために考慮するべき事項をあげる。実際には、業種・業態に合わせてリスクの大きさや発生の可能性、その他の事項を考える必要がある。

製品含有化学物質の把握の難しさ

言うまでもないが、表面処理の方法が色の違いで判断可能な場合でもない限り、通常は製品含有化学物質は外見からはわからない。製品を構成する部品やその材料の製造者でないと、容易には製品含有化学物質を把握できない場合が多いため、製品含有化学物質情報には、強い非対称性がある。サプライチェーンを通じたものづくりに関わる全ての組織にとって、製品含有化学物質を明らかにする信頼できる製品含有化学物質情報を川上側から適時に入手し、製品含有化学物質を把握することが重要な課題となっている。

サプライチェーンに関わる商社も、製品含有化学物質情報の授受においてその役割を果たすことが重要である4)

成形品への変換工程

サプライチェーンを通じて最終的に製造される製品が成形品の場合には、川上で製造された化学品がどこかで成形品に変化することになる。この工程は「変換工程」と呼ばれ、製品含有化学物質管理の重要な工程となる。この変換行程では、塗料・めっき用薬剤・接着剤・樹脂ペレットなどの化学品が、塗膜・めっき膜・接着層・樹脂部品などの成形品に変わる。その容態が変わるだけでなく、いったん成形品となれば、通常、それに含有される化学物質は、種類も量も変化しないと考えられるため、変換工程を経て化学品から最初に生み出される成形品の製品含有化学物質の情報は、極めて重要となる。この変換工程を担う組織の多くは、川中と呼ばれるサプライチェーンの半ばに位置する事業者となる。変換工程を含む製造工程では、化学品を調達して製造工程に投入し、できあがった成形品を供給することになる。

この変換工程は、「化学的なプロセス」であるにも関わらず、この工程を担う事業者は、化学品の「ユーザー」として、プロセスに関する知見や同工程の重要性に関する認識が十分でないケースが残存していることが指摘されることがある(図表8参照)。

変換工程の管理については、JIS Z 7201や管理ガイドラインでも重要性が指摘されており、管理ガイドラインの補足文書である各種ガイダンス5-7)では、個別の製品工程について具体的に解説されている。

誤使用・汚染

従来から製品含有化学物質管理上のリスクの要因として、誤使用や汚染があげられ、汚染の考慮すべき具体的な原因として、混入が指摘されてきた。

製品含有化学物質規制の対象物質の拡大により、移行による汚染にも配慮すべきという指摘もある。実際の汚染の程度については具体的な事例の検証の積み重ねが必要と考えられるが、論理的、合理的な管理・対応が望まれる8)

製品含有化学物質の特性やサプライチェーンでの分業によるものづくりのため、製品含有化学物質管理上のリスクをなくすことは難しい。過剰な手間をかけても、リスクの要因がどこかに潜んでいることを前提に、製造工程やサプライチェーンを科学的に見直し、リスクを抽出して十分に検討し、合理的な製品含有化学物質管理を継続的に改善しながら進める姿勢が重要となる。

図表8 変換工程におけるリスクの可能性
図表8

7. 経営戦略としての製品含有化学物質管理

製品含有化学物質規制の対象となる化学物質には、分析でも簡単には確認できないものも加わってきている。今まで以上に、製品含有化学物質情報に基づいて製品含有化学物質を管理する仕組みの実践が重要となる。

EUが推進するサーキュラー・エコノミーでは、廃棄物を削減するだけでなく、資源循環を推進し、製品と資源の価値を維持・向上させ、廃棄物の発生を最小化し、低炭素で資源効率的な経済社会の構築することが目標とされている。その中で、人健康などへの影響が懸念される化学物質の含有情報を、廃棄物を処理・再利用する事業者が容易に入手できないことや、廃棄物には、現在は製品への含有が認められない化学物質の含有の可能性があることなどが指摘され、廃棄物、製品、化学物質に関する法規制を見直し、整合化を図ることなどが検討されている。

改正廃棄物枠組指令(WFD)では、成形品中の高懸念物質(EU REACH規則の認可対象候補物質)のデータベースを構築するなど、サーキュラー・エコノミーやリサイクルの観点でも製品含有化学物質管理が必要となる可能性がある。

製品含有化学物質の様々な課題に対し、組織として、何にどのように取り組むかを考え、なすべきことを順序も含めて定め、確実に実施していくことが重要となる。製品含有化学物質管理の実践には、経営者の認識と対応方針によるところが大きい。

図表9 製品含有化学物質管理の必要性
図表9

参考文献

  1. 1)JIS Z 7201:2017 製品含有化学物質管理-原則及び指針, 2017.12
     *化学、鉄鋼、非鉄金属、自動車、建設機械、船舶、電気電子機器、電線、粘着テープなど、様々な製品分野の工業会が原案検討に参加
  2. 2)製品含有化学物質管理ガイドライン(第4版), 製品含有化学物質管理ガイドライン協働検討会, 2018.3
     *アーティクルマネジメント推進協議会JAMPのウェブサイトからダウンロード可能。日本語版のほか、英語版、中国語(簡体字)版、ハングル版(参考資料)が用意されている。
  3. 3)Guidance on requirements for substances inarticles(Version 4.0), 欧州化学品庁ECHA, 2017.6
  4. 4)製品含有化学物質の管理および情報伝達・開示に関するガイダンス 商社(第3版), アーティクルマネジメント推進協議会, 2018.10
     *各ガイダンス文書は、JAMPのウェブサイトからダウンロード可能
  5. 5)製品含有化学物質の管理および情報伝達・開示に関するガイダンス 輸送包装ガイダンス(第3版), アーティクルマネジメント推進協議会・公益社団法人日本包装技術協会・全国段ボール組合連合会, 2018.11
  6. 6)製品含有化学物質の管理および情報伝達・開示に関するガイダンス 実装(プリント配線板等の電子部品実装工程)ガイダンス(第3版), アーティクルマネジメント推進協議会, 2018.12
  7. 7)製品含有化学物質の管理および情報伝達・開示に関するガイダンス 塗装・印刷ガイダンス(第2版), アーティクルマネジメント推進協議会, 2019.1
  8. 8)接触による移行汚染管理ガイダンス-RoHS指令対象フタル酸エステル4物質への対応の着眼点(第1版), 接触による移行汚染管理ガイダンス作成協働検討会, 2018.10
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