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重要性・有効性の「腹落ち」理解と具体的な実務イメージを得るために

TCFDシナリオ分析の実務の第一歩(1/3)

  • *本稿は、『環境管理』 2019年3月号 Vol.55 No.4(発行:一般社団法人産業環境管理協会)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 環境エネルギー第2部 柴田 昌彦

G20財務大臣・中央銀行総裁会合の要請を受け、FSB(金融安定理事会)がTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)を設立したのは2015年12月である。このTCFDが、企業が気候変動に関わるリスク・機会や戦略のレジリエンス等を開示する枠組みを示した『最終報告書:気候関連財務情報開示タスクフォースの勧告』*1、いわゆる『TCFD提言』を公表したのが2017年6月であり、早いものでそれからもう1年9か月が経とうとしている。

この間、全世界で500を越える企業・機関がこの提言への賛同を表明し、そこには我が国からも30以上の企業・機関が名を連ねたことは、既に旧聞に属する。メガバンク、メガ損保に加え、金融庁や経済産業省、環境省そしてGPIF(年金積立管理運用独立行政法人)が賛同を表明したことで、『TCFD提言』の意義や重要性は、日本国内にも相当程度浸透した。企業の検討も、「『TCFD提言』とは何か」あるいは「我が社もこれに賛同し、取組みに着手すべきか」という方針検討の段階から、『TCFD提言』への対応を前提とした上で「どのように対応すればよいのか」という実務検討の段階に移っている。このとき、企業を大いに悩ませているのがシナリオ分析であろう。

本稿では、『TCFD提言』対応の実務において、企業が最も頭を悩ませる課題である「シナリオ分析」について、その実務移行の一助として、重要性・有効性をどう理解し、具体的な実務イメージをどのように描いていくかについて解説したい。

1. TCFDによる解説とその課題

1.1 TCFDによるシナリオ分析解説の概要

『TCFD提言』は、シナリオ分析を「不確実な条件の下、一連の可能性のある将来の状態の潜在的な影響を特定し、評価するプロセス」であると紹介する。そして、このシナリオ分析が気候関連リスクを踏まえた戦略のレジリエンス検討において有用であるのは、「気候変動の最も重要な影響は、中長期的に現れ、時期と規模は不確実」であり、「様々な状況下での潜在的な影響を考慮する必要がある」ためであると解説する。

またTCFDは、『技術的補足:気候関連のリスクと機会の開示におけるシナリオ分析の使用』(以下、『技術的補足』という)*2を併せて公表し、シナリオ分析の使用に関する解説を加えている。

その主な内容は、

  • シナリオがあくまでも「仮説的な構造」であり、「予想でも予測でも、ましてや感度分析でもない」ことの解説
  • シナリオ分析が備えるべき特性としての「妥当性」、「独自性」、「一貫性」、「関連性」、「チャレンジング」の解説
  • 企業によるシナリオ分析の先行事例の概説
  • シナリオ分析の実施ステップ例の提示(図1)
  • 重要な考慮事項(パラメータ、前提条件、分析上の選択肢)の例
  • 参考となる「移行シナリオ」(気候政策や脱炭素技術の展開に関するシナリオ)や「物理的気候シナリオ」(気候変動に起因する物理的影響に関するシナリオ)の紹介

等である。

1.2 TCFD文書と企業人の理解のギャップ

ただし、こうした『TCFD提言』や『技術的補足』におけるシナリオ分析の解説は、企業のシナリオ分析実務を支援するものであるが、十分なガイダンスが提供されているとはいいがたい。その理由の一つは、TCFDによるシナリオ分析解説が抽象的でありすぎることであろう。

例えばTCFDは、シナリオ分析の重要性・有効性について以下のような解説を提供する。「気候変動の最も重要な影響は、中長期的に現れ、その時期と規模は不確実であり、企業は様々な状況下での潜在的な影響を考慮する必要がある。だからこそ、シナリオ分析は気候関連のリスクと機会の戦略的意味合いを理解するための重要かつ有効なツールなのである」と説明する。こうした説明は論理的には完璧かもしれないが、しかし抽象的でありすぎる。この説明を読んで「腹落ち」する企業人がどれだけいるだろうか。

普段から気候変動関連の情報開示に接しているサステナビリティ部門の担当者や担当役員であれば、TCFDの抽象的な解説を、具体的なイメージを添えて理解することも可能かもしれない。しかし、事業部門の担当者・担当役員の場合はそうはいかない。抽象的な語句は抽象的な語句のまま残る。そして「腹落ち」感のないまま、サステナビリティ部門や経営企画部が主導する「TCFDシナリオ分析ワーキンググループ」に巻き込まれ、当事者意識の薄い作業協力を行うことになる。

シナリオ分析の実施ステップの説明も、非常に一般的である。

『技術的補足』によれば、[1]ガバナンスがなされていることを確認し、[2]組織にとっての気候関連リスクの重要性を評価し、[3]組織に関連する一連の移行リスクと物理リスクを含むシナリオを特定し、[4]事業への影響を評価した上で、[5]潜在的な反応を特定し、[6]文書化と開示を行えば、シナリオ分析は完成することになる。確かにその通りであるが、実務としてこれらのステップを辿る際には多くの注意すべき点が存在し、それは国や所属セクター、あるいは各企業特有の事情によって異なる。どこにどのような課題が潜んでいるかを認識しておかねば、社内他部門を巻き込んでシナリオ分析の実務はスタートできない。

TCFDの解説の抽象性・一般性の高さは、国・地域を越え、全セクターに適用できる汎用性の高い説明を志向した結果であり、むしろ必然といえる。そもそも国際的なガイダンスとはそうしたものである。国・地域特有の事情やセクター固有の背景を踏まえ、また現時点で入手可能なシナリオ関連情報を踏まえて、TCFDが提唱した気候リスク分野のシナリオ分析に具体的な肉付けをしていくのは、実務に取組む企業側の課題といえよう。

以下、TCFDシナリオ分析のご支援を通じて、日本企業がこの手法を導入し成果を得るために必要だと筆者自身が痛感した二つの要素についてご紹介したい。その一つは、シナリオ分析の重要性・有効性の「腹落ち」理解である。もう一つは、企業固有の事情を踏まえたシナリオ分析の具体的な実務イメージの形成である。

図1 TCFDによるシナリオ分析の実施ステップ例
図1

TCFD『技術的補足:気候関連のリスクと機会の開示におけるシナリオ分析の使用』に基づき、みずほ情報総研作成

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