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科学と政治のギャップのはざまで産業界はいかに動くか

マイクロプラスチック問題を俯瞰する(1/2)

  • *本稿は、『産業洗浄』 No.24(日本産業洗浄協議会、2019年10月1日発行)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 環境エネルギー第1部 鍋谷 佳希

1. はじめに

近年、海洋プラスチックごみ、とりわけマイクロプラスチックについて、環境や生態系への影響が懸念されている。最新の研究では、プラスチックごみの海洋流出がこのまま増え続けた場合、2060年までに日本近海におけるマイクロプラスチックの存在量が現在の約4倍になると推計されて*1おり、気候変動問題とともに、国際的に取組むべき喫緊の課題となっている。

しかし、その科学的根拠に目を向けてみると、生態系への影響等、まだまだ不明確な点が非常に多い。一方、政治的な側面では、先日我が国で行われたG20で新たな国際枠組が策定されるなど、科学的根拠の解明を待たずして先進国が一斉に走り出している。このような科学と政治のギャップのはざまで、産業界はどのように動くべきなのか。本稿では、科学と政治の両視点からマイクロプラスチック問題の最新動向を解説し、その上で産業界の取るべき行動を示す。

2. マイクロプラスチックの発生源

マイクロプラスチックとは、一般的に粒径5mm以下の微細なプラスチック片のことを指し、発生源としては、(1)環境中に投棄されたプラスチックごみが紫外線や波力によって微細化したもの、(2)日用品中のプラスチック粒子が洗い流され下水処理場等で完全に除去されずに環境中へ流出したもの、などが考えられる(図1)。産業洗浄分野においては、部品の整形や洗浄等に用いる工業用研磨剤にマイクロプラスチックが使われている。現在、世界の水環境中でその存在が確認されており、日本近海でも、マイクロプラスチックによる汚染がいくつか報告されている。2016年に環境省が行った海ごみ調査*2では、日本近海でマイクロプラスチック(2.1個/m3)、発泡スチロール片(0.32個/m3)、糸くず(0.09個/m3)等が検出されている。

図1 マイクロプラスチックの発生源と環境中での挙動
図1


3.科学的視点

―マイクロプラスチックを通じた有害化学物質による生態系への影響―

マイクロプラスチックで問題視されているのは、とりわけ含有されている有害化学物質による生態系への悪影響である(図2)。プラスチックは、炭化水素の骨格から構成されたポリマーであるため疎水性が高く、疎水性の有害化学物質を環境中から吸着する。魚がマイクロプラスチックを摂取すると、有害化学物質も同時に摂取することになる。しかし、近年の盛り上がりとは裏腹に、実環境中マイクロプラスチックを通じた化学物質による生態系への直接的な影響は現時点で報告されていない。化学物質による生態系への影響は、以下3つの観点が実環境中で立証されて初めて顕在化する。最新の研究に基づき、順に解説していく。

1 化学物質を本当に吸着しているのか?

これについては概ね「YES」と言えるだろう。マイクロプラスチックに吸着している化学物質については、比較的研究が進んでおり、世界の海洋中のマイクロプラスチックから多環芳香族炭化水素類(PAHs)、ポリ塩化ビフェニル(PCBs)、ジクロロジフェニルトリクロロエタン(DDTs)、ポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)等の有害な化学物質が検出されている。加えて、プラスチックは製造時に酸化防止剤、難燃剤、紫外線吸収剤など、用途に応じてさまざまな添加剤が加えられる。このように、マイクロプラスチックに含まれる化学物質については、海水中から吸着した物質、製造時に加えられている添加剤の2種類が考えられる。

2 化学物質は生体内へ移行しているのか?

化学物質の吸着が明らかになると、次に、それら化学物質の生体内への移行の可否がポイントとなる(化学物質を吸着したまま排泄されるのであれば問題はない)。これについては、現時点では「YES」・「NO」のどちらとも言えない。室内実験レベルでは、PCBsを吸着させたプラスチック片を海鳥に摂食させるなど、いくつか報告はあるが、実環境中での調査例は非常に限られており、移行に関する決定的な証拠は得られていない。

3 マイクロプラスチックの寄与率は高いのか?

これについても、現時点では「YES」・「NO」のどちらとも言えない。生物は通常、餌や水などからも化学物質を摂取するため、マイクロプラスチックの影響を評価する際は、餌や水など他の経路からの化学物質の摂取量とマイクロプラスチック由来の化学物質の摂取量を比較する必要がある。すなわち、「マイクロプラスチックの寄与率」が重要である。しかし、寄与率に関しては、複数の摂取経路が影響し合うため非常に複雑である。現在、モデル化のアプローチが進んでいるが、実環境中での調査にはまだ至っていない。

以上のように、現時点ではマイクロプラスチックを通じた有害化学物質の生態系への悪影響は立証されていない。近年のストロー禁止等の潮流とは裏腹に、科学的には不明確な点が非常に多いのである。


図2 マイクロプラスチックを通じた有害化学物質による生態系への影響の概念図
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表1. 有害化学物質による生態系への影響に関する3つの観点
[1] 化学物質を本当に吸着しているのか?
[2] 化学物質は生体内へ移行しているのか?
[3] マイクロプラスチックの寄与率は高いのか?

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