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「年金不安」と公的年金保険の未来

  • *本稿は、『週刊東洋経済』 2019年10月12日号(発行:東洋経済新報社)の「経済を見る眼」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 主席研究員 藤森 克彦

大学の講義で驚くのは、「公的年金保険は破綻する」と考える学生が想像以上に多いことだ。「現行制度には、少子高齢化の進展に合わせて給付水準の伸びを抑える仕組みなどがあるので、破綻はしない」と説明しても、「給付水準が低下して、自分たちはまっとうな額を受給できない」と不安を持つ学生は依然として多い。

ところで厚生労働省は、本年8月に公的年金保険の財政検証を発表した。財政検証は公的年金保険の「定期健診」とも呼ばれ、5年に1度行われている。ここでは、年金不安との関係から、財政検証を読み解くうえでの留意点と注目点を指摘していこう。

まず留意点は、財政検証で給付水準を測る物差しは所得代替率なので、「給付水準の低下」を「年金額の低下」と混同してはいけないことだ。所得代替率とは、現役男性の手取り収入に対する年金額の割合をいう。2019年度のモデル世帯(40年間厚生年金に加入した夫と専業主婦の世帯)の所得代替率は61.7%である。

今回の財政検証では、経済成長と労働参加から6つのケースを置く。この中で経済成長と労働参加が進むケースI~IIIでは、40年代後半の所得代替率が50.8~51.9%になることが示された。

この結果を受けて、財政検証の発表翌日の朝刊では、「30年後に2割減」(朝日新聞)、「高成長でも給付水準16%低下」(日本経済新聞)などの見出しが躍った。

一方、年金額を見ると、19年度のモデル世帯の年金額(月額)が22万円なのに対して、ケースI~IIIの40年代後半の物価調整済み実質年金額は24.0万~26.3万円に上昇する。年金額を購買力と捉えると、購買力は今よりも向上するのだ。なお実質年金額が上昇するのに所得代替率が低下するのは、現役男性の手取り収入の上昇が、年金額の上昇を上回るためである。

さて、所得代替率はどのケースでも低下していく。この点、財政検証では、所得代替率を改善する「処方箋」が示されている。注目すべきは、この処方箋である。

具体的な処方内容は「短時間労働者への厚生年金の適用拡大」と「保険料拠出期間の延長と受給開始年齢の選択」である。とくに適用拡大は、基礎年金の給付水準を大幅に改善する効果のあることが示された。これまで公的年金保険の大きな課題として、基礎年金の給付水準の低下が指摘されてきたが、適用拡大が有効な対策になろう。

そして、1050万人規模の適用拡大と拠出期間延長などの改正をセットで行った場合の効果は大きく、中間的なケースIIIでは、所得代替率は62.4%(39年度以降)となり、現在の水準を上回る。

さらに今回の財政検証では、現行制度のままでも、現在20歳の世代が66歳9カ月まで就労し、そのときから年金受給を始めれば、今の65歳の世代と同じ所得代替率となる見通しも示された(ケースIII)。

公的年金の給付水準が低下するといっても、それを改善する処方箋があり、また、今の学生たちが長く働ける環境を整備していく時間も十分にある。いたずらに年金不安に陥ることはなく、別の未来を選択することができるのだ。

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