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身寄り問題と包括的支援

巻頭インタビュー:「おひとり様」が安心して老後や死を迎えられる社会に

  • *本稿は、『月刊J-LIS』 2020年10月号(発行:地方公共団体情報システム機構)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 主席研究員 藤森 克彦

身寄り問題」とは何か

──ここ5年ほどで高齢者の身寄り問題が注目され、社会問題化してきました。そもそも身寄り問題とはどういった問題なのでしょうか。

身寄り問題とは、単身高齢者などが人生の最終段階で頼れる人がいないことから生じる諸々の困難や弊害を言います。例えば、入院時の身元保証の問題があります。病院に入院する際、日本では病院が身元保証人を求めることが行われています。本人に家族や親族、親しい友人などがいれば身元保証人になってくれますが、身寄りがない人の場合、そのような人がいません。厚生労働省から、「身元保証人がいないことを理由に入院を断ることはできない」との通知が出されていますが、病院は身元保証人を求めるという実態があります。病院が身元保証人を求める背景には、緊急連絡先やトラブル対応などこれまで家族が担ってきた役割を、身寄りのない人にも求めているという側面があるのだと思います。後ほど詳しくお話ししますが、身元保証以外にもいろいろな問題があります。

それから「身寄りがない」とは、単に家族・親族がいないことだけを指すのではありません。家族や親族がいても、遠方に住んでいたり関係が断絶したりして支援が受けられない人で、頼れる友人や知人がいなければ「身寄りがない人」となります。いわば、「身寄りがない人」とは、社会的に孤立している人です。若い人でも、未婚で無職の単身者などは、会話が少なく、いざというときに頼れる人がいないといった状態が起こりがちです。社会的孤立は若い人でも生じる問題だと思います。

──どうして今、身寄り問題が目立ってきたのでしょうか。

家族形態の変化によって、日本の社会保障が前提としてきた家族の支え合いが、難しくなってきたためです。日本は様々な生活上のリスクに対して家族の果たす役割が大きく、老後の生活支援や看護・介護、看取りなどは、家族を中心に行ってきました。かつては三世代同居が当たり前で、親族も近くに住んでいることが多かったため、身内で高齢者を世話することが可能でした。しかし、今は核家族化が進み、単身世帯も増えて、従来のように家族の中で看護や介護を担うことが難しくなってきました。

これまでも身寄りのない人はいましたが、少数派だったため、さほど大きな社会問題になっていませんでした。しかし、単身高齢者は増加しており、平成27年には65歳以上人口に占める一人暮らしの割合は18%にのぼっています。そして、単身高齢男性の6割弱が、自分が介護や看病を必要になった時に「頼れる人がいない」と回答しています(表)。

今後を考えると、男性を中心に未婚の高齢者が増えていくので、それに伴い身寄りのない人は増えていくでしょう。総務省『平成27年国勢調査』をもとにした国立社会保障・人口問題研究所の将来推計では、平成27年に5.9%だった65歳以上男性の未婚率が、令和12年には11%になるとみられています。


左右スクロールで表全体を閲覧できます

表 65歳以上の単身男女の社会的孤立の状況(平成29年)
  会話頻度 頼れる人がいない
2週間に
1回以下
介護や看病 日常生活の
ちょっとした
手助け
単身高齢男性 15.0% 58.2% 30.3%
単身高齢女性 5.2% 44.9% 9.1%
調査総数 2.2% 27.6% 7.4%
  1. (注) 調査総数は、対象世帯となった18歳以上の世帯員。有効票数は19,800票、有効回収率は75.0%。
  2. (資料)国立社会保障・人口問題研究所(2018)「2017年社会保障・人口問題基本調査 生活と支え合いに関する調査結果の概要」より、藤森氏作成。

身寄りがないことで生じる様々な問題

──身寄りのないことで起きてくる問題を具体的に教えてください。

主な「身寄り問題」として、(1)身元保証、(2)生活支援、(3)死後事務の3つが考えられます。

(1)の身元保証は、入院時だけでなく、介護施設に入所するときや新しく住居を借りるときなどに求められることが多いです。身寄りのない人は、身元保証人になってくれる人がいないという問題が生じます。

(2)の生活支援は、生活全般に関わってくる問題です。例えば、入院後の生活支援があります。本人が急に倒れて救急車で病院に運ばれ、そのまま入院することになったとします。自宅に入れ歯を忘れてきても、病院まで届けてくれる人がいない。たかが入れ歯ですが、入れ歯がないと食事ができません。病気の回復にも影響してくるでしょう。他にも着替えがない、パジャマや下着が汚れても洗濯してくれる人がいない、身の回りの必要なものを買いに行ってくれる人がいないなど、あらゆる場面で不便が生じます。一つひとつは小さな不便だったとしても、積み重なると生活に苦痛を感じたり、強い孤独感を味わったりすることにもなり得ます。

(3)の死後事務は、本人が亡くなった場合に誰が遺体を引き取るのか、葬儀や埋葬は誰がするのか、その費用は誰が負担するのか、家財道具の処分はどうするのかなど、死後に生じる一連の問題です。単身高齢者の中には、自分が死んだ後、他の人に迷惑を掛けないようにしたいと考える人が結構います。あるアンケート調査では、身寄りのない高齢者が抱える不安のトップが、自分の死後の心配でした。

今の仕組みでできること・できないこと

──身寄りのない人では、家族が担ってきた役割を社会で担うことになりますが、今の日本の仕組みはどのようになっていて、海外はどのような対応をしているのでしょうか。

まず、政府の役割が大きな国としては、スウェーデンが有名です。スウェーデンでは「コンタクト・パーソン」という制度があり、一定の機能障害をもつ人々に対する援助が、法律で規定されています。コンタクト・パーソンは、機能障害をもつ人の自宅などを訪問し、日常生活の助言を行ったり、孤独にならないために社会生活に参加したりすることを援助したり、買い物などの日常生活の支援を行っています。身寄りがなくても、家族の代わりにサポートをする人が公的サービスとして提供されるので、安心して人生の最終段階を迎えることができます。

一方、日本は家族の役割が大きい「家族依存型福祉国家」です。平成12年に介護保険制度がスタートして20年が経ち、「介護の社会化」が進められました。しかし、要介護者を抱える世帯に「主たる介護者は誰か」を尋ねると、7割が「家族」と回答しています。依然として、家族の役割は大きい社会です。しかし、家族が変容していますので、家族は従来のような役割を担うことが難しくなっています。特に、身寄りのない単身高齢者には頼れる家族がいません。

もっとも、身寄りがなくても、判断能力が低下した場合や、要介護や貧困の状態になった場合には、公的なサービスを受けることができます。具体的には、認知症などで判断能力が低下した場合には、成年後見制度があります。後見人は、本人の代理人として、財産の管理や身上監護などを行います。介護が必要になった場合には、介護保険制度を活用でき、要介護度に応じて料理や買い物などの生活支援を受けることができます。また、貧困に陥り、最低限度の生活を送ることができない場合には、生活保護制度を申請することができます。福祉事務所において給付や就労支援などについて相談にのってもらえます。

しかし、公的な制度は、家族のように必要な支援を、人生の最期までワンストップで提供してもらえるわけではありません。また、多くの公的サービスには対象者やサービスに制限があります。例えば、成年後見制度は判断能力の低下した人が対象であり、当然のことながら、判断能力があれば後見人をつけることができません。また、後見人は、買い物などの生活支援を行うわけではありません。介護保険制度は要介護者のための制度のため、介護を必要としない人は対象外ですし、本人が亡くなった後のことは対応できません。生活保護制度は、収入が最低生活費を割り込まないと受給できません。

こうした中、身寄りのない高齢者において、民間の身元保証団体と契約をする人が増えています。身元保証団体は、身元保証を有償で行い基本的に対象者を限定しません。

身元保証団体は、現在、全国に100 団体程度あると言われています。小規模な身元保証団体は、平成22 年以降、増えています。身寄りのない単身高齢者が、自分で情報を調べて、何かあったときのために事前に契約を交わしておくなどのケースも増えています。

──これらのサービスで身寄り問題はどの程度まで解決できていますか。

民間の身元保証団体のサービスは、追加料金を支払えば、身元保証、生活支援、死後事務といったサービスをワンストップで受けることができます。また、民間サービスなので、公的な支援よりも柔軟な対応ができます。このため、身元保証団体のサービスは公的支援よりも使い勝手がよく、身元保証団体への需要が伸びる一因になっていると思います。

しかし、身元保証団体の提供するサービスには、課題が指摘されています。まず、信頼性の担保です。身寄りのない単身高齢者の場合、本人死亡後の死後事務の契約履行について、チェックする第三者がいません。また、料金体系が曖昧な場合が多い点も指摘されています。さらに、そもそもお金のない人は利用できないという課題があります。また、民間企業のため倒産のリスクがあります。契約期間中に倒産した場合、どこが受け皿になるのか、前納した費用は返ってくるのかなどの課題もあります。

包括的支援に取り組み始めた自治体も

──これら課題に対して、今後はどのようにしていけばよいでしょうか。

民間団体には世の中のニーズに応じて柔軟にサービスを提供できるという強みがあります。公的支援には、信頼性や公平性、費用面での安心などがあります。そこで、公的機関の信頼性や公平性、民間サービスの柔軟性を上手く組み合わせて、人生の最終段階で必要となる生活支援、身元保証、死後事務といったサービスをワンストップで提供する仕組みを作れないかなと考えているところです。そうなれば、多くの身寄りのない人が安心して老後や死を迎えることができるのではないかと考えています。

──新たな仕組みは、どのような機関が担っていくのが相応しいですか。

地域ごとに経緯や社会資源が異なりますので、それぞれの実情に合わせて構築していくということになるでしょう。全国一律の仕組みを作るというのではなくて、地域ごとに工夫していくということではないかと思います。

例えば、勤務先の日本福祉大学がニッセイ財団から受託したプロジェクトで、私がプロジェクトリーダーとして関わったのは、愛知県の知多半島におけるライフエンディング支援機関の構想です。ライフエンディング支援機関とは、人生の最終段階で必要となる日常生活支援、身元保証、死後事務を包括的に支援する機関のことで、こうした機関を知多半島で構築しようという提言を本年3月に行いました。

知多半島では平成20年にNPO法人や社会福祉協議会などが協力して「NPO法人知多地域成年後見センター」を設立しました。後見センターは知多半島の5市5町からの委託料を受けて、広域的に成年後見事業を行っています。その中で、権利擁護事業の一環として身寄りのない高齢者などの生活支援も担ってきた経緯があります。そこで、サービスの対象を判断能力のある人にも拡大し、身寄り問題への解決策として活用できないかと考えています。判断能力の有無にかかわらず支援ができることや、公的機関の関与による信頼性が担保されること、低所得者であっても利用が可能なことなどのメリットがあると見込んでいます。

また、滋賀県野洲市では、平成30年度に身寄りのない高齢者等を対象とした「生活安心サポート仕組みづくり」を検討しました。具体的には、入居中の見守りや相談、死亡後の事務処理などについては、市内の不動産業者や見守り活動等を行う事業者などと連携を図っていきます。一方、死後事務に関して、預託金の取扱いや倒産リスクなどについては、滋賀県司法書士会が母体となって設立された一般社団法人滋賀県財産管理承継センターが中心になって安全性を担保する仕組みです。

身寄り問題は誰にとっても他人ごとではない

──社会全体で身寄り問題を考えていくとき、「本人の責任」とする意見もあるかと思います。

公的サービスを拡充していく議論の際には、自己責任論はよく出てきます。例えば、未婚の単身高齢者で「頼れる人がいない」とすれば、結婚しなかったのは本人の責任という考え方です。

しかし、それは一面的な見方だと思います。身寄りのない方や社会的に孤立する人が増えていくのは、社会構造の変化と無縁ではありません。血縁、地縁、社縁といったつながりは、従来よりも弱くなっています。この背景には、少子化によって兄弟姉妹数が減っていることや、都市化の進展に伴って、若者が都市部で働き、老親と子が同居しなくなっていることなどが挙げられます。こうした社会構造の変化を自己責任というわけにはいきません。

また、社会が成熟して、様々な生き方ができるようになったことは歓迎すべきことです。このように社会が変わる中で、身寄り問題は起こっています。誰にでも起こり得る問題ですから、社会として備えていくべきなのだと思います。

マイナンバーカードの身寄り問題への活用の可能性

──来年3月から、マイナンバーカードが健康保険証として利用できるようになりますが、身寄り問題にどのように活用していったらよいでしょうか。

マイナンバーカードが健康保険証の機能を持つことで、身寄りのない人が救急医療にかかった際の情報アクセスが良くなるのではないかと考えています。

例えば、身寄りのない人が病院に運ばれて、本人と意思疎通ができず、本人の病歴や投薬の有無などが分からないと、適切な治療を施すことも難しくなってしまいます。マイナンバーカードを活用することで、これら情報をスムーズに入手できるようになると、治療がスムーズにできるようになるのではないでしょうか。入院や退院後の生活支援にも上手くつなげていくことができるかもしれません。一方で、人々が安心して活用できるように、個人情報が外部に漏えいするのではないかといった国民の懸念に対しても、丁寧に説明をしていくことが必要だと思います。

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