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拡充すべき「居住の安定」政策

  • *本稿は、『週刊東洋経済』 2020年4月4日号(発行:東洋経済新報社)の「経済を見る眼」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 主席研究員 藤森 克彦

新型コロナウイルスの感染拡大は、経済に深刻な影響を与え始めている。感染拡大が長引けば、リーマンショック以上の実体経済の悪化も懸念される。

リーマンショックで思い出されるのは、2008年の「年越し派遣村」だ。会社の宿舎に住み込んで働く非正規労働者は、仕事を失うと同時に住まいも失った。これは、日本の低所得者向け住宅政策がいかに脆弱であるかを露呈した。

言うまでもなく、住宅は生活の基盤である。経済危機の中でも、居住が安定していれば、何とかやり繰りできる人は多い。また、失職した人が就職活動を始めるにも、住所が必要になる。つまり、居住の安定は、市場経済の中で自立した生活を送るために不可欠だ。

これまでの日本の住宅政策は、住宅ローン減税など持ち家取得を支援する政策が中心だった。しかし、持ち家取得に比重を置いた政策は、住宅を購入できるだけの資力を持った家族世帯を主な対象としており、借家に住み続ける人々への支援にはならない。

一方、1990年代以降、非正規労働者や一人暮らしの人が増加している。これらの人々は、正規労働者や2人以上世帯に比べて、借家住まいの比率が高い。例えば、世帯主が40代前半の世帯の持ち家率(18年)を見ると、夫婦と子のみ世帯では74%なのに対して、単身世帯では16%である。しかも、この10年間で、夫婦と子のみ世帯の持ち家率は3ポイント上昇したのに、単身世帯は7ポイント低下した。

また、低所得者、単身高齢者、障害者などは、家賃滞納や孤独死、事故の不安があるとして、大家から入居を拒まれる傾向にある。住宅確保が困難な人は、「住宅確保要配慮者」(以下、要配慮者)と呼ばれ、近年増加している。

こうした中、17年から新たな住宅セーフティネット制度が始まった。これは、民間の賃貸住宅や空き家を活用して、要配慮者の住宅の確保を図ろうというものだ。

この制度で注目すべきは、要配慮者への見守りや家賃債務保証などの「居住支援」を組み入れた点である。居住支援は、孤独死や家賃滞納などのリスクを低下させる効果があり、要配慮者への住宅供給の増加を期待できる。

居住支援を担うのは、NPO法人や株式会社などの法人であり、都道府県から指定を受け、国から活動費が補助される。また、要配慮者の入居を拒まない賃貸住宅は、都道府県などに登録されて、改修費や家賃低廉化の費用について行政から補助金が支給される。

しかし、これまで登録された住宅戸数は、想定よりも少ない。この制度を育てるには、要配慮者と大家のニーズや、補助の十分性などを吟味する必要があろう。

今後求められるのは、要配慮者のカテゴリーには入らないが、比較的低賃金で借家暮らしをする人々への支援である。欧州では、生活保護制度とは別に、公的な家賃補助を持つ国が少なくない。また、自治体や非営利組織などが、公的助成を組み入れた手頃な家賃の借家を幅広く提供する国もある。深刻な不況が来ても、居住が安定していれば生活再建は行いやすい。居住安定の強化が求められている。

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