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地熱発電の非化石証書を活用した環境価値の訴求について(1/2)

  • *本稿は、『地熱技術』No.97(地熱技術開発株式会社、2020年11月27日発行)に掲載されたものを、同社の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 環境エネルギー第2部 杉村 麻衣子

1. 再エネ電気のニーズの拡大

近年企業が自社の事業活動で用いる電力を再生可能エネルギー(以下「再エネ」という)により発電されたものに切り替えようという動きが拡大している。2050年までに消費電力のすべてを再エネにすることを宣言する国際イニシアティブ「RE100」に参加する日本企業の数は、2017年4月に参加を決めたリコーを皮切りに、ソニー、富士通、積水ハウス、最近では楽天、味の素なども加わり、2020年8月末時点で38社に上る。この背景には、2015年12月に採択されたパリ協定により、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より低く保つ「2℃目標」が世界共通の目標と定められた動きに合わせて、この目標の達成を目指すESG投資が拡大していることがある。ESG投資とは、環境(Environment)・社会(Social)・企業統治(Governance)という要素を含めて投資先企業の長中期的な企業価値を考慮する投資手法のことであるが、このESG投資を効果的に促進するための企業の評価基準を提供する国際イニシアティブが続々と発足している。その一つが「RE100」である。現在「RE100」には欧米を中心に世界から約250社が参加しており、そのうちApple、マイクロソフトなど30社を超える企業がすでに消費電力の100%再エネ化を達成している。日本は参加企業数としては世界第3位であるが、再エネ調達比率は平均数%程度とまだまだ低いのが現状である。これは言い換えれば、こうした大口需要家である企業の再エネ電気に対するニーズの拡大余地は大きいということである。

一方、日本政府は、パリ協定の目標を達成するための中期目標として、2030年度の温室効果ガスの排出量を2013年度の水準から26%削減することを定め、その達成に向けて「エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用の促進に関する法律(以下「高度化法」という)」を制定した。高度化法は、前年度の電力販売量が5億kWh以上の小売電気事業者に対して、自ら調達する電気に占める非化石電源比率を2030年度に44%以上とすることを義務付けている。そしてこの主な達成手段として創設されたのが非化石証書取引市場である。非化石証書とは、石油や石炭などの化石燃料でない非化石電源で発電された電気が持つ「非化石価値」を電気から分離し、証書化したものである。小売電気事業者はこの証書を購入することにより、調達する電気の非化石電源比率を高めることができる。

ここで冒頭の話に戻ると、消費電力の再エネ化を進めたい需要家にとって、現状で有効な手段となるのが、小売電気事業者から非化石証書を用いて作られた「再エネ電気メニュー」を購入することである。つまり、非化石証書を通じた再エネ電気に対するニーズは、需要家と小売電気事業者の双方から高まっており、今後ますますこの傾向は拡大していくと考えられる。

本稿では、地熱発電事業者が、こうした社会のニーズに対して、地熱発電から生み出される非化石証書をどのように戦略的に活用していくべきかについて考えたい。

2. 具体的な事例

前項で再エネ電気に対する社会のニーズが高まっていることを述べたが、系統を経由して届けられる電気は、本来どこの発電所で発電された電気なのか物理的に切り分けられるものではない。それにも関わらず、発電事業者から調達した電気が「再エネ電気」であるということを小売電気事業者はどのように需要家に対して保証するのだろうか。

阪急阪神ホールディングスと東急グループは、「SDGs(持続可能な開発目標)」達成に向けた多様なメッセージを発信するラッピング列車「SDGsトレイン」を2020年9月から協働運行することを発表した。「SDGsトレイン」は阪急電鉄、阪神電気鉄道、東急電鉄に最新の省エネ車両を使用するとともに、走行にかかる電力をすべて再エネで賄うという(図1)。東急電鉄では、このうち世田谷線で、東北電力・東北自然エネルギーが保有する水力発電所及び地熱発電所の電気に、当該発電所由来の非化石価値を付加したCO2フリー電力を活用するという*1

九州電力は、2018年9月より、同社の保有する水力発電所及び地熱発電所で発電された再エネ電力から構成される電気料金メニュー「再エネECOプラン(水と地熱の電気特約)」を法人向けに提供している*2。需要家は、これらの発電所で発電された電気と非化石証書がセットになったメニューを購入することで、その電気による排出量をゼロとして算定できる。トヨタ自動車グループの豊田合成のグループ会社である豊田合成九州は、CO2排出削減の一環として、佐賀工場と本社工場の一部で「再エネECOプラン」を活用し、年間3,600トンの排出削減を目指すという*3

一方、発電する電気が固定価格買取制度(以下「FIT」という)の対象となっている場合、その電気の「再エネ価値」はFIT賦課金を負担する国民全体に帰属するものであるので、電気事業者が需要家に対してその価値を主張することはできないのではないかと考える地熱発電事業者もいるかもしれない。これも非化石証書の創設により状況は変わった。地熱発電の例ではないが、JR東日本は、2019年7月より、男鹿駅で使用する電気を「JR秋田下浜風力発電所を活用したCO2フリー電気」に切り替えている*4。この風力発電所はFITの対象であるが、「トラッキング付FIT非化石証書」を活用することで、男鹿駅で利用している電気が「CO2フリー電気」というだけでなく、その電気が「JR秋田下浜風力発電所由来の電気」であると主張することまで可能となっている(図2)。

この仕組みについては後述するが、本項のポイントは、非化石証書の利用により、小売電気事業者は、地熱発電所から調達した電力を「CO2フリー電気」「再エネ電気(または実質再エネ電気)」、さらにはトラッキング情報を取得することによって「〇〇地熱発電所由来の電気」として需要家である企業に販売することが可能であり、企業側はそれを購入することで自社の再エネ調達率を上げ、さらにはそれを国際イニシアティブや投資家といった広い世間に対してアピールできる、ということである。地熱発電事業者としては、これを発電所のイメージアップや収益の向上に利用しない手はないだろう。

図1 地熱発電の電力で運行する東急電鉄世田谷線SDGsトレイン
図表1

©2020 東急電鉄株式会社


図2 JR秋田下浜風力発電所を活用した「CO2フリー電気」の電気供給スキームのイメージ
図表2

出所:東日本旅客鉄道株式会社プレスリリース(2019年7月1日)

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