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地熱発電の非化石証書を活用した環境価値の訴求について(2/2)

  • *本稿は、『地熱技術』No.97(地熱技術開発株式会社、2020年11月27日発行)に掲載されたものを、同社の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 環境エネルギー第2部 杉村 麻衣子

3. 2種類の非化石証書(FIT非化石証書と非FIT非化石証書)

「非化石証書」とは、発電の際にCO2を排出しない非化石電源により発電された電気から「非化石価値」を分離し証書化したものであり、「非化石価値取引市場」とは、その証書が取引される市場を指す。図3は、非化石価値取引市場の創設により、電気と証書が別々の市場で取引されることを示したものである。小売電気事業者は需要家に対して、電気のみを届ける場合はその電気の「非化石価値」を訴求できないが、電気とは別に証書を調達し、電気と組み合わせて届けることで「非化石価値」を訴求することができる。

それでは非化石証書の有する「環境価値(非化石電源としての価値)」とは何だろうか。資源エネルギー庁の整理によれば、電気に付随する価値には、「環境価値」「産地価値」「特定電源価値」という3つの価値がある。さらに、その電気が非化石エネルギー源に由来する電気の場合には、その「環境価値(非化石電源としての価値)」には、「非化石価値」「ゼロエミ価値」「環境表示価値」の3つの価値があるとされており、非化石証書はこれら3つの価値を顕在化したものである(図4)。

よって、小売電気事業者は、非化石証書を取得することによって、高度化法で求められる非化石電源比率を上げることができるし、国に報告する自社のCO2排出係数の算出においては、取得した非化石証書の分、係数を低減することができる。そして需要家に対しては、販売する電気に非化石証書を使用することで「CO2フリーの電気である」「再エネ電気である(あるいは「実質再エネ電気である」)*5 」といった付加価値を主張することが可能である。

ここで非化石証書には、その元となる非化石電源がFITの対象であるかないかによって、「FIT非化石証書」と「非FIT非化石証書」の2種類が存在する。さらに「非FIT非化石証書」には水力・地熱などの再エネ電源から生み出される「再エネ指定あり非FIT非化石証書」と、原子力など非化石電源であるが再エネではない電源から生み出される「再エネ指定なし非FIT非化石証書」の2種類がある。本稿においては、これ以降の考察の対象として、地熱発電から生み出される非化石証書である「FIT非化石証書」と「再エネ指定あり非FIT非化石証書(以下「非FIT非化石証書」という)」を扱う。

図3 新市場のイメージ
図表3

出所:経済産業省 総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 再生可能エネルギー主力電源化制度改革小委員会第2回配布資料

図4 非化石証書が持つ環境価値の整理
図表4

出所:経済産業省 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会 制度検討作業部会第30回配布資料

4. 地熱発電事業者として「非化石証書」をどう活用するか

それでは、地熱発電事業者として「非化石証書」をどのように活用していけばよいだろうか。系統接続している地熱発電所には、固定価格買取制度の対象となるFIT発電所と、そうではない非FIT発電所があり、それぞれから生み出される「FIT非化石証書」と「非FIT非化石証書」は同じ非化石証書であっても使い勝手が異なる。それぞれの立場から考えたい。

FIT発電所の場合、非FIT発電所に比べて非化石証書の活用の仕方は限定的である。何故ならFIT非化石証書は、すべてのFIT電気に対して国が言わば自動的に発行し、入札を通じて小売電気事業者に販売するものであり、証書の売上は国民のFIT賦課金の低減に利用されるからである。つまり発電事業者にとっては、電気がこれまでと同じFIT価格で買取られるだけであり、収入面で従来以上のメリットがあるわけではない。しかし、FIT非化石証書には、非FIT非化石証書にはない「トラッキング情報の取得が可能」という制度上のメリットがあり、これをうまく活用することで、発電事業者は自らの発電所を社会に対してアピールすることができる。「トラッキング情報」とは、証書発行の元となる電気がどこの発電所でいつ発電されたものなのかという情報であるが、非化石証書には本来、非化石電源から発行された証書であるという以上の情報はないため、「トラッキング情報」はない。ところが冒頭紹介した国際イニシアティブ「RE100」においては、企業が調達する再エネ電気はトラッキングできることが条件となっており、逆に言えばトラッキングできない再エネ電気は再エネ電気とは認められない。日本政府は、「RE100」に参加する日本企業のニーズに答えるため、FIT非化石証書についてのみ、申請があればトラッキング情報を付与することを実証ベースで開始した。これにより小売電気事業者は、FIT非化石証書を購入後、そのトラッキング情報を国から付与してもらい、電気と組み合わせて需要家に販売することが可能となり、その電気を買った需要家は、再エネ電気を使っているということを「RE100」に報告できるようになった。本稿「2.具体的な事例」で紹介したJR東日本の例は、まさにこの仕組みを利用している。FIT地熱発電所はこの仕組みを用いて、電気を使う側に「〇〇地熱発電所由来のCO2フリー電気・実質再エネ電気」を利用しているといったことを広く世間にアピールしてもらえれば、発電所にとって、社会的な宣伝効果が得られるし、投資家などに対するイメージアップにもつながるだろう。

一方、非FIT発電所の場合はどうだろうか。こちらは発電事業者としてFIT発電所以上に、自ら戦略的に非化石証書を活用することが可能である。何故なら非FIT非化石証書をどう用いるかを決めるのは一義的には発電事業者であるからだ。発電事業者は小売電気事業者に対して、相対取引により、非FIT非化石証書を電気とセットで、または電気とは別に証書のみを売ることもできるし、あるいは入札を通じた販売も可能である。そしてその売上は、FIT非化石証書とは異なり、発電事業者のものとなることから*6、発電事業者は、これらの取引パターンの中から最も高く売ることのできるオプションを選択すればよい*7。当面は、相対取引により非FIT非化石証書を元の電気とセットで買いたいという小売電気事業者に売るのが、その他のオプションに比べて高く売れる可能性がある。何故なら電気と証書が組み合わせて販売された場合に限り、FIT非化石証書のような「トラッキング情報」なしでも、需要家は「電源の特定された再エネ電気」として「RE100」に報告ができるからだ。しかもこの場合、小売電気事業者は、需要家の求めに応じて電気と証書をセットで販売するのであるから、発電事業者からの非化石証書の購入価格を需要家にある程度転嫁することも可能だろう。それでいて自らの非化石電源比率を上げることができるため、高度化法への対応にもなる。そしてこの場合にも、発電事業者は、電気を使う側に、地熱発電由来の「再エネ電気」であることを積極的にアピールしてもらえれば、世間一般に対して、発電所のクリーンでエコなイメージを醸成することに資するだろう。

あるいは、地熱発電所はこの仕組みを通じて、立地する地域社会に対して、発電所由来の電気を届けることもできる。地熱発電所の立地に関しては、地域社会には、首都圏で消費される電気のために何故自分たちの地域に発電所が建設されなければならないのかという思いを抱く人もあると聞く。地熱発電のような安定したベースロード電源であれば、発電所の立地地域の電力消費量を全時間帯において賄うことも可能なはずである。発電所は小売電気事業者と組んで、非化石証書の仕組みを利用することで、地域社会の必要とする電気の100%を地熱発電所由来の電気として、しかも通常の電気よりも安い価格で提供するようなことができれば、地域社会に対する立派な貢献になるのではないか。

5. おわりに

国際イニシアティブ「RE100」の広がりや、国内の高度化法のもと、「再エネ電気」に対する社会の需要は今後ますます高まってゆくものと考えらえる。こうした中、非化石証書取引制度を地熱発電事業者が戦略的に活用していくことで、地熱発電に対する社会の認知度や評価が高まることにつながればよい。その上で、地熱発電事業者は、時代はすでにポストFITの時代に入っていることを考える必要があるだろう。2022年からFIP制度が導入されることも然ることながら、太陽光や風力の発電コストが下がり続ける中、企業による「再エネ電気」の調達は当たり前となり、今後は地熱や水力などの既存電源から生み出される再エネ電気メニューを買うだけでは満足しない需要家も出てくるだろう。「RE100」で最近高く評価されているのは、コーポレートPPA*8による再エネ電源の「追加性*9」の追求だ。企業は、自ら支払う資金が、新しい再エネ電源を増やすことに貢献するのか、再エネ電源が立地する地域や発電を手掛ける人々に貢献するのか、といった点を基準に、どの再エネ電源から電気を買うか、あるいはどの再エネ電源に投資するかを選択するようになるだろう。そのときに地熱発電は、こうした企業から選択される電源になっているのだろうか。これからの地熱発電は電気だけを売るのではない。その環境価値を誰にどう売っていくのか、新たなビジネスモデルを模索する時期に来ている。

  1. *1 https://tokyugroup.jp/sdgs/train/
  2. *2 http://www.kyuden.co.jp/agreement_rate_saiene-eco.html
  3. *3 https://www.toyoda-gosei.co.jp/news/detail/?id=872
  4. *4 https://www.jreast.co.jp/press/2019/20190607_ho01_1.pdf(PDF/245KB)
  5. *5「再エネ電気」であるという主張ができるのは、後述する非FIT非化石電源に「再エネ指定あり非FIT非化石証書」を組み合わせる場合であり、「再エネ指定なし非FIT非化石証書」を用いる場合は「CO2フリーの電気」であるという主張のみ可能となる。また、FIT電気や化石燃料で発電した電気や日本卸電力取引所で調達した電気など非化石電源でない電気に「FIT非化石証書」や「再エネ指定あり非FIT非化石証書」を組み合わせる場合は、「実質再エネ電気」であるという表現となる。
  6. *6ただし、非FIT非化石証書による収入の使途は、非化石電源の利用促進に限定される。
  7. *7非FIT非化石証書の価格は、相対取引の場合、事業者同士の交渉により決まるが、入札の場合、上限価格が4.0円/ kWhに設定されており、下限価格は設定されていない。一方、FIT非化石証書は、入札による取引のみであり、その上限価格(4.0円/ kWh)と下限価格(1.3円/ kWh)が設定されている。FIT非化石証書は、供給が需要を大きく上回っているのが現状であり、過去に行われた入札ではいずれも落札価格は1.3円/ kWhに貼りついている。当面はFIT非化石証書の価格の動向が、非FIT非化石証書の取引価格の指標になると考えられる。何故なら高度化法への対応のため非化石証書を購入する小売電気事業者は、FIT非化石証書を入札で1.3円/ kWhで購入できる状況にあっては、非FIT非化石証書に対してそれ以上の値段を支払うことは想定されないからである。
  8. *8電力会社ではない、一般の事業会社が発電事業者との間で直接締結する電力購入契約のこと。FIT制度のない米国や、FIP制度へ移行している欧州で増えてきている再エネ調達手法。
  9. *9企業による再エネ調達手法が、新たな再エネ設備に対する投資を促し、化石燃料の代替につながっている場合に「追加性」があると評価される。例えば、建設時の環境負荷の高い水力や運転開始から15年以上を経過した古い発電設備からの調達には「追加性」があるとはみなされない。これまでのところ「追加性」は「RE100」における再エネの要件とはなっていないが、気候変動対策に先進的に取組む欧米企業は、自ら「追加性」を重視した再エネ調達を行うようになってきている。
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