ページの先頭です

フードテック実現のための技術課題と今後の展望(1/2)

  • *本稿は、『食品と開発』2021年10月号(発行:インフォーママーケッツジャパン)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 経営・ITコンサルティング部 主任コンサルタント 伊藤 慎一郎

はじめに

革新的な金融サービスを生み出すフィンテック(FinTech)から始まり、各業界でAIやIoTなどに代表されるようなデジタル技術と融合し商品やサービスを生み出す「クロステック(X-Tech)」という取り組みが活発になっている。その中でも、フードチェーン全体を変えていくフードテック(FoodTech)は世界的にも注目を浴びており、2018年頃から日本でも関心が高まっている。

その注目度はフードテックへの投資額からもうかがえる(図1)。2014年から急激に投資額が増え、2018年には3倍近くの2兆3,177億円まで増加している。急激な増加の裏には、アマゾンやアップルなどの大手IT企業の積極的な投資もあるが、三大欲求や衣食住など、「食」が人間にとって欠かせないものであり、フードテックの成長力への期待があると考えられる。また、国連サミットで採択された「Sustainable Developments Goals(持続可能な開発目標)」(SDGs)がフードテックを後押ししている影響も大きい。SDGsの17個の目標には、「2.飢餓をゼロに」などフードテックと関わりが強いものがあり、食品メーカーなどを中心に経営戦略への取り込み、研究開発や投資などが増えていることが推測される。さらに、新型コロナウィルスの拡散により人と人が接触しない新たな生活様式を余儀なくされ、外食業界を中心に「食」の在り方を見直すきっかけとなり、それを実現させるフードテックへの取り組みに対する投資を加速させている。

フードテックは「Food(食品)」と「Technology(技術)」を掛け合わせた造語であるが、「食品」を対象とした狭義的な定義と「食品」に係るフードチェーン全体(生産から廃棄・再加工まで)を対象とした広義的な定義がある。本稿では、後者の広義的な定義(図2)として捉え、現状や技術課題、今後の展望を述べていく。


図1 FoodTech領域への世界の投資額推移
図1

(資料)農林水産省及びAgFunderのレポートより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成


図2 フードテックの広義的な定義
図2

(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

1.フードテックの現状

(1)フードテックが求められる背景

フードテックが世界的に注目を浴びることにはいくつかの背景*1,*2があり、その一つとして、「食料不足と飢餓の問題」がある。日本の人口は減少しているが、世界では未だに人口は増加しており、国連の発表によれば2020年時点で78億人に到達し、2050年には97億人に達することが予想されている。このように人口増加が続くと、食料不足が深刻となり特にタンパク源の不足が懸念されている。また、8億2,000万人を超える飢餓に苦しむ人々が増えることにつながり、このような課題を解決していくため、生産が容易な新たな食品や省力での大量生産が検討されている。

次に挙げられるのは、「廃棄物(フードロス)の増加」である。フードロスとは、まだ食べられるのに廃棄されてしまう食品を指す。食料不足や飢餓という問題を抱える一方で、世界の食料廃棄は1年間あたり13億トンを超え、全体生産量の三分の一にもなる。現状廃棄してしまっている食料をいかに有効活用できるかは「食料不足と飢餓の問題」とともに解決しなければいけない社会課題である。

他にも、「菜食主義者の増加」や従来から問われている「食の安全性」などがあるが、日本では「人材不足」の問題が深刻化していくであろう。少子高齢化が進み労働者人口が減少しており、どの業界でも人材不足が問題視されている。外国人労働者などで対策を講じているが、日本の人口が毎年40万人程度減少しているのに対し、外国人労働者は20万人程度の増加で全てを補えず、新型コロナウィルスの影響で2020年の増加率は大幅に減少した。ロボットやICT技術などを活用した自動化を行うことでの省人化や無人化が求められている。

(2)諸外国でのフードテックの取り組み

このような背景の中で、諸外国の中で最も活発になっているフードテック分野は、食品分野における「代替タンパク質」であろう。野菜や果物、豆などの植物性原料から植物肉を生み出す「植物性タンパク質」が最も有名であるが、牛や豚、鶏などの細胞を培養して肉を作り出す「培養肉」や昆虫から代替タンパク質を作り出す「昆虫食」などもある。近年、市場に出回り始めているのが「植物性タンパク質」であり、この領域を世界的に牽引しているのがインポッシブル・フーズとビヨンド・ミートである。インポッシブル・フーズは本物の肉の見た目や味、香りなどのデータを分子レベルで取得・解析して、大豆から抽出したレグヘモグロビン「ヘム(ヘムタンパク質)」を活用して再現している。一方、ビヨンド・ミートはデータの取得・解析までは同じであるが、遺伝子の組み換えなどは行わず、エンドウ豆と米を主原料とし、ココナッツオイルやビーツも用いて再現している。再現方法は異なるものの、本物の肉をあらゆる角度からデータを取得し分析を実施することで、その再現性を高めている。

また、消費者である我々に最も近い小売分野においても多く取り組みが行われている。その中で最も有名なものはアマゾンが提供し、新たな購買体験が行える「Amazon go(アマゾン・ゴー)」という店舗(サービス)である。この店舗は、スマートフォンにアプリケーションをインストールしクレジットカード情報を登録すれば、欲しい商品を手に持ち店舗を出ると決済が完了する。この仕組みは、天井や棚に設置された大量のカメラから送られる映像データを解析して、購入者の動きや棚の商品の位置などを把握し、購入者が手に持つ、または、バックに入れることを認識して店舗外へ出る際にゲートを通過することで決済処理が行われるというものである。これまではリアルタイムな解析が難しいとされていた映像データを解析することで、会計という煩わしさをなくし利便性を向上させている。


(3)我が国でのフードテックの取り組み

先端的な技術やそこから生まれるデータを活用してフードテックを実現しようということで言えば、日本も同様な取り組みが行われている。ただ、前述したように日本では働き手が減少しており、顕著に現れているのが農業などの生産分野である。人口が減っているため、各食品の消費量の合計も緩やかに下降線をたどっている(図3)が、農業や漁業の経営体数の落ち込みの方が著しい(図4)。つまり、一つの生産業者にかかる負担が大きくなることを示しており、生産分野に携わる人々にとっては現状の深刻な課題となっている。

このような課題に対し、国としてもスマート農業などでロボットやAI、IoTを含む先端的な技術の活用を推進しており様々な取り組みが行われている。農業では、自動運転を行う農作機械の開発が、各農作業機械メーカーによって進められている。人間が運転席に座り自動運転するオート式とタブレットで経路を登録することで自動運転するロボット式があり、田を耕すトラクターが最初に販売され、現在では田植機やコンバインにも広がっている。水産業では、これまで海面養殖が一般的であったが、AIやIoTなどを活用して陸上で養殖を行う「陸上養殖」という取り組みが行われている。陸上養殖が進めば、都市近郊で養殖が行えるようになり、輸送費などの改善から販売価格低下という消費者のメリットが得られる。畜産業でもIoTセンサーから得られたデータをクラウドで管理することにより家畜の状態をどこでも確認して管理できるサービスなどが急速に普及している。

生産分野はこれまでデータを取得することが難しく、生産業者の感覚で栽培や飼育などが行われてきたが、IoTを駆使することで育成する生物の状態や環境のデータを取得し、AIで最適化することが当たり前になろうという時代が来ている。


図3 主要食品の消費量(kg)
図3

(資料)農林水産省の統計情報より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成


図4 各経営体の推移
図4

(資料)農林水産省の統計情報より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

関連情報

この執筆者はこちらも執筆しています

2019年10月28日
FoodTech ―技術との融合がもたらす新たな食文化
フードテックで変わる未来(1)
ページの先頭へ