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フードテック実現のための技術課題と今後の展望(2/2)

  • *本稿は、『食品と開発』2021年10月号(発行:インフォーママーケッツジャパン)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 経営・ITコンサルティング部 主任コンサルタント 伊藤 慎一郎

2.フードテックでの課題

前項のようにフードテックでは様々な取り組みが行われているが、実現や普及が進まず、足踏みしているケースもある。大きく分けると二つの壁(課題)が存在している。

(1)製造コストの壁

生産分野における「陸上養殖」や食品分野における「培養肉」など社会課題を解決し、大きなイノベーションを起こしそうな取組はフードテックの中でいくつも行われている。しかし、私たちがよく目にするスーパーマーケットなどの小売店でこれらの商品を見かけることは少ない。それは、これらの商品を生成するためのコストが大きく掛かり、既存の商品と比べると非常に高額となってしまうからである。

例えば、「陸上養殖」は環境を維持するための初期コストや運用コストが高く、コストの課題を解決する見通しは立っていない。一方、同じ生産分野で閉塞的な施設で栽培する「植物工場」は大型化を図ることで大量生産を可能とし、初期コストや運用コストの課題を解消しつつある。「植物工場」には、人工光型と太陽光型があるが、閉塞的な空間で環境を制御し安定した供給が可能な人工光型に多くの投資が行われている。全てを制御しようとするとその分コストが掛かってしまうが、近年では大型化に加え、栽培用パレットを多段層にして水を節約する方式やポールを用いた垂直農業を採用して、収穫量、廃棄量などを改善することで運用コストを下げ、市場への供給が始まっている。「陸上養殖」も大型化や育成方法の改善などでコストの課題が克服される可能性がある。

「培養肉」は、2013年にハンバーガー1つを作るコストが3,000万円以上と非常に高額であった。これは、肉を培養する液体(培養液)が非常に高額であることに起因している。現在では、技術発展により1キログラム当たり60万円ほどにまで低下したものの、1キログラム当たり1,000円~2,000円程度の既存商品と比べると高額であることは変わっていない。今後の技術発展により、1キログラム当たり3,000円までコストダウンが可能な見通しは立っており、この壁を乗り越えて我々の手に届くまでもう一歩である。

(2)データ活用の壁

フードテックを実現するにあたり、データを活用することは必要不可欠である。IoTなどを活用してこれまで入手できなかったデータを取得できるようになり、技術発展に伴ってそのデータの解析が可能となったことが、フードテックなどのクロステックの取り組み活発化につながっている。例えば、前述した植物工場では、気温や湿度などの環境に関するデータに加え、水の利用状況や植物の成長状況などのデータをAIで最適化することでコストダウンを実現している。他方、フードテックに有用と考えられるデータは、必ずしもオープン化が進んでいるわけではない。多くのデータは業種や会社、部署など限られた範囲に閉じてしまっており、外部との連携は限定的である。こうした状況が今後の目覚ましい発展にブレーキをかけることが懸念されている。

一例としては、流通分野が挙げられる。我々の手に食品が届くまでには生産業者から始まり、卸業者などの市場関係者や小売業者と様々な事業者が関わっている。商品自体は移転していくが、データは各事業者に留まっているのが現状である(図5)。データを連携している事業者もいるが、伝票などの紙媒体や電話でのやり取りなどで情報が交換されている場合も多く、それらのデータは再入力作業が各事業者で行われている。もし、データがスムーズに連携されるようになれば、各事業者でのデータ入力作業はなくなり、必要な情報の取得も容易となる。データ連携が改善されることで流通分野でのフードテックはより実現が早まるであろう。

また、データをスムーズに連携する為には標準化が必要であるが、あまり進んでおらず、データ活用の大きな壁となっている。現状、データ連携を行っている会社もその中身は会社毎に異なっており、卸御者や仲卸業者、小売業者などの間でもバラバラで統一されていない。基本となるような商品名やサイズや等級についても統一されていない場合もある。標準化の動きは過去にも見られたが、標準化したものよりもこれまでに利用してきたものを使い続ける傾向があり、普及には至っていない。いかに標準化を進めていくが、データ活用の壁を乗り越えるキーポイントになるであろう。農林水産省、経済産業省、国土交通省を中心に検討や実証実験が行われている「食品流通合理化」*3では、生産者から消費者まで全て同じプラットフォーム上でデータ交換させる取り組みが行われており、一つの解決策になるかもしれない。

流通領域だけでも上述のような課題を抱えているが、フードテックに係る分野は更に広く、その分野ごとに同様な障壁が存在している。互いの分野における領域の壁を取り除き、データ活用を進ませることがこれから課題となるだろう。


図5 現状の青果物における流通
図5

(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

3.これからのフードテック

これまで、消費者は商品の情報(収穫日など)が分かりにくく、生産業者も商品がどのように利用されているかが把握しにくかった。前項で述べた課題を解決できれば、フードテックは今以上に加速してそれらの情報が共有されようになり、これらの情報がお互いに分かるようになる。消費者は取得した情報から自身の好みに合わせ商品を選び、それに合わせるように生産業者も商品を作るため、「食のパーソナライゼーション」が進んでいくことが考えられる。「食のパーソナライゼーション」を支えるのは、データやそれを活用するデジタル技術を活用したプラットフォームやシステムであり、これをいかに実現してくかが今後のフードテックとして議論されていくであろう。

「食料不足と飢餓の問題」や「廃棄物(フードロス)の増加」などのフードテックが解決すべき課題は変わらないが、新型コロナウィルスによる影響の拡大によって新たな課題も発生している。例えば、新型コロナウィルスにより人と人との接触を避ける新たな生活様式が一般的になりつつあり、「食」についてもこれに合わせた変化が求められている。また、輸出入が滞ってしまったことにより店頭に並ばない商品が発生するなど、現状のサプライチェーンの弱さも浮き彫りになり、再編成の必要性が増している。これらの日々変わっていく社会課題の真因がフードテックの実現とともに解決され、より良い「食」になることに期待したい。

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