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今年公表予定のトランジション・ブラウン基準に要注意

EUタクソノミーの最新動向と日本企業への影響(1/2)

  • *本稿は、『GPNコラム』 VOL.14(グリーン購入ネットワーク、2021年6月9日発行)に掲載されたものを、同会の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 環境エネルギー第2部 上席主任コンサルタント 永井 祐介

2021年4月、「EUタクソノミー」という、環境に良い事業リスト・閾値の一部が公表された。概ね元案のとおり、その水準は企業にとって達成が非常に厳しいものとなった。さらに今後は、環境に悪影響を与える事業(ブラウン事業)のリスト・閾値も公表予定であり、こうした動きは日本企業の資金調達や企業評価にも影響を与える。そこで本稿では、EUタクソノミーの動向と日本企業への影響について紹介したい。

EUタクソノミーの概要と検討状況

EUタクソノミーとは、「EUの2050年カーボンニュートラル目標に貢献する事業」のリスト・閾値である。その策定目的は、EUの2050年カーボンニュートラルおよび関連する6つの環境分野*1に貢献する事業を明確にすることで、そうした事業への官民の資金を動員することである。

2021年4月には、6つの環境分野のうち気候変動緩和(温室効果ガスの排出削減・吸収)と気候変動適応(気候変動による悪影響への対処)の基準案が公表された(ただし、大きな議論を呼んだ天然ガス火力発電等のエネルギー移行部門と、EU内で農業政策が議論中である農業部門の最終版公表は、2021年12月に延期された)。

気候変動緩和分野の基準には、(1)既に脱炭素な活動、(2)トランジション活動、(3)これら2つを支える活動(Enabling Activities)、の3つの活動が含まれている。このうち、特に企業への影響が大きく警戒すべきものが、低炭素発電や鉄鋼、セメント等の温室効果ガス排出の多い業種が含まれる「(2)トランジション活動」の基準である。また、脱炭素に貢献する活動として自社を訴求する際に重要となるのが、自動車や水素、蓄電池等の製造が含まれる「(3)これら2つを支える活動」の基準である。


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表1 気候変動緩和分野EUタクソノミー3つの考え方と基準例
活動の種類 概要 基準例
  • (1)既に脱炭素な活動
  • 既にカーボンニュートラル
  • 基準値は固定
  • 再生可能エネルギー発電(太陽光、風力、海洋、水力、地熱、バイオ等)
  • ゼロ排出自動車(EV等)による輸送活動
  • 水素製造(ライフサイクル排出量が3tCO2e/tH2以下)
  • (2)トランジション(移行)活動
  • 今カーボンニュートラルではないが2050年カーボンニュートラルに移行する活動。
  • 基準値は少なくとも3年毎に見直し
  • 低炭素発電(詳細検討中)
  • 低炭素な鉄鋼製造(例:溶銑1t製造に伴う排出が1.331tCO2e/t以下)
  • 低炭素自動車による輸送活動(50gCO2e/km ※認められるのは2025年まで)
  • 建物改修(「大規模改修」の要件を満たす又は一次エネ消費30%以上削減)
  • 低炭素データ処理等(「EUデータセンター省エネ行動規範」準拠等」)
  • (3)(1)や(2)を支える活動
  • 基準値見直しは(1)や(2)に準拠
  • 再生可能エネルギー技術の製造(例:風車タービンの製造等)
  • ゼロ排出自動車や低炭素自動車(50gCO2e/km ※認められるのは2025年まで)の製造
  • 水素製造・利用機器の製造(ライフサイクル排出量が3tCO2e/tH2以下の水素製造機器、利用機器)
  • 蓄電池や部品の製造・リサイクル
  • 建物用省エネ機器や部品の製造(ヒートポンプ、制御機器の製造等)
  • その他低炭素技術の製造(市場に存在する最良性能の代替品と比べて、ライフサイクル排出量が大幅に少ないもの)

出典:EU公表資料を基にみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

EUタクソノミーにおけるトランジションの扱い

トランジション基準の詳細は、2021年12月の欧州理事会における政治交渉も踏まえ発表されることとなっている。しかし、その影響力の大きさにかんがみると、現時点で見えている情報を基に方向性を理解しておくことが重要である。そこで、既に決定済みの事項等を紹介する。

まず決定事項としては、2020年にEUタクソノミーの創設を合意した通称「タクソノミー規則」に規定されたトランジション活動の要件が挙げられる。具体的には、[1] 技術的・経済的に実行可能な低炭素策が他にない活動であり、[2] 世界の平均気温上昇を1.5℃未満に抑える経路にそったカーボンニュートラル経済への移行に貢献するものであり、[3] その活動の温室効果ガス排出水準が当該部門のベストパフォーマンスであり、[4] 他の低炭素策の開発・実現を阻害せず、[5] 炭素排出の多い資産のロックイン(長期固定化)にならないもの、と位置付けられている。また、トランジション活動の基準値は、カーボンニュートラルに向けて少なくとも3年毎に厳格化することとなっている。

つまり、トランジション活動として認められるのは、代替策がない場合かつ最終的にカーボンニュートラルに移行できるものだけ、ということである。この要件から考えると、ガス火力発電は再生可能エネルギーのポテンシャルが低い地域に導入され、かつCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)設置計画があるもののみが対象と読める。また、4月に公開された基準を踏まえると、産業部門もまずはEUのトップ10%水準を満たし、いずれは電化や水素への燃料転換やCCUS設置を前提とするものが対象、と読める。

また同規則では、現在EUタクソノミーが対象としているカーボンニュートラルに貢献するいわば「グリーン」事業の基準に加えて、環境に悪影響を及ぼす「ブラウン」事業の基準や、環境改善効果はあるもののカーボンニュートラルに貢献する水準ではない「顕著な貢献無し」事業の基準も、2021年内に策定することとしている。今後、タクソノミー基準についての諮問機関PSF*2が2021年5月に初期提言、同年9月に最終報告を公表予定である。

PSF提言はそのままEUの決定になるわけではないが、大きな影響力を持つ。これまで、タクソノミーにおいてトランジション活動の定義を検討してきた意図は、数あるトランジション活動の中でもカーボンニュートラルに貢献する“優れたトランジション活動”を定義することで、そこへの資金動員を目指すためであった。しかしPSFが検討するブラウン基準とは、「企業や投資家が撤退すべき事業の基準を示すもの」と位置付けられており、全く性質が異なる。ブラウン基準の必要性は以前から指摘され、将来の検討課題となっていたが、PSFが検討を加速した。この動きは、タクソノミーをめぐる動向の中で最も注意すべき点である。

なお、ICMA(International Capital Market Association)や日本のトランジション・ファイナンスの考え方は企業単位での移行戦略(カーボンニュートラルへの整合)を重視するのに対し、EUタクソノミーは活動単位での移行戦略の水準を問う点に注意が必要である。とはいえEUが企業単位での移行戦略を問わないのかというと、そういうわけではない。活動単位の基準を積み上げて「企業のEUタクソノミー準拠率」という形で、企業を評価する形になっている(次項参照)。

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