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今年公表予定のトランジション・ブラウン基準に要注意

EUタクソノミーの最新動向と日本企業への影響(2/2)

  • *本稿は、『GPNコラム』 VOL.14(グリーン購入ネットワーク、2021年6月9日発行)に掲載されたものを、同会の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 環境エネルギー第2部 上席主任コンサルタント 永井 祐介

EUタクソノミーによる影響

EUタクソノミーの適用対象は3つである(表2参照)。

1つ目の適用先は、EUや各国政府の政策である。今後、EUや各国政府がグリーンボンド等のサステナブル・ファイナンス商品を推進する際の対象は、EUタクソノミー基準を満たすもの、に限定される。つまり、企業が「EUグリーンボンド」等の公的な認証を受けたり、サステナブル・ファイナンス関連の公的支援を受けたりするためには、その資金使途がEUタクソノミー基準を満たす必要がある。EUタクソノミー基準を満たさなくてもグリーンボンドの発行は可能だが、今後投資家も投資先のEUタクソノミー準拠率向上を求められる可能性が高く、そうするとEUタクソノミー基準を満たすか否かで当該グリーンボンドに対する投資家の評価も変わるだろう。

2つ目の適用先は、金融市場参加者(資産運用会社、投資商品提供者等)である。今後、例えば金融市場参加者がグリーンボンド等のサステナビリティをテーマにした金融商品を販売する際には、投資先のEUタクソノミー準拠率の開示が必要となる。これにより今後、投資家がサステナビリティをテーマにした投資信託等を購入する際には、各商品のEUタクソノミー準拠率も見ながら投資判断を行うことが可能になる。企業から見ると、自社のEUタクソノミー準拠を高めることで、自身の投資先のEUタクソノミー準拠率向上を目指す投資家の資金を呼び込むことが可能となる。とはいえ、そもそも金融商品のEUタクソノミー準拠率を計算するには、投資先企業のEUタクソノミー準拠率のデータが必要である。

そこで、3つ目の適用先が、金融機関および事業会社である。今後、EU内の金融機関や事業会社は、EUタクソノミー基準を満たす製品・サービスからの売上が総売上高に占める比率や、EUタクソノミー準拠活動への投資や出費が総額に占める比率の開示が必要となる*3。この開示情報は、タクソノミーの2番目の適用先である金融市場参加者がサステナビリティをテーマとする金融商品を組成する際等に参照されるほか、広くNGO等にも活用されることが想定されている。実際に、CDPやClimate Action 100+のようなNGOや投資家が、企業評価の指標の一つとして活用し始めており、今後もそうした流れは拡大するだろう。

これらに加えて、今後カーボンニュートラルに向けてグリーンリカバリーの名の下でさまざまな公的支援策が拡大する際に、EUタクソノミー基準を満たす活動か否かで事業活動への支援に差も出てくる可能性も高い。


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表2 EUタクソノミーの適用先
対象者 タクソノミーの適用
EU加盟国政府およびEU
  • 政府やEUが「環境的に持続可能な」金融商品や社債に関する施策を実施する際に、それが「環境的な持続可能な」経済活動向けの資金かどうかは、EUタクソノミーを基に決定(例:EUタクソノミーの基準を満たすものが「EUグリーンボンド」としての認証を得られる)。
金融市場参加者(資産運用会社、投資商品提供者等)
  • 持続可能な投資を目的とした金融商品や環境社会面の改善に資する金融商品は投資先のEUタクソノミー準拠率(グリーンな活動に加え、「移行」活動や「貢献」活動の割合も含む)の情報開示が必要。等
金融機関および事業会社
  • 総売上高に占めるEUタクソノミー準拠活動に関する製品・サービスからの売上の比率や、総投資額や総出費額に占めるEUタクソノミー準拠活動への投資(CapEx)や出費(OpEx)の比率に関する情報開示が必要。

出典:EU公表資料を基にみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

日本企業への影響と必要な対応策

先述したとおり、EUタクソノミーはEUの2050年カーボンニュートラルに貢献する事業のリストであり、世界共通で使うべきものではない。しかし、他にそうした基準がない現状では、EUタクソノミーは事業や企業の環境性を評価する新たな物差しの一つになりうる。

実際、NGOやESG評価機関はEUタクソノミーを活用し始めている。今後、日本企業も、NGOやESG評価機関、そして投資家から来るEUタクソノミー準拠率に関する質問への対応が必要になるだろう。短期的には、EUタクソノミー準拠率が低い事による企業活動への大きな影響は無いかもしれない。しかし、今後も各国の脱炭素政策やNGO・投資家の取り組みの強化が予見されること、そして何よりも「トランジション」や「ブラウン」に関する基準が策定されることを踏まえると、EUタクソノミーの影響力が非常に大きくなる可能性がある(EUタクソノミー準拠率が低いためにESGファンドから外される、「ブラウン」事業と認識されることで資金調達が困難になる等)。日本企業も、脱炭素戦略の策定や、投資家・金融機関との対話の際にEUタクソノミー基準と自社事業との比較をしておくことが益々重要になるだろう。

EUタクソノミー準拠率という新たな情報開示が求められるようになると聞くと、企業にとっては負担が増える印象だが、チャンスでもある。いち早く自社の脱炭素化を進め、EUタクソノミー基準を満たすような事業の比率を高めた企業にとっては、EUの投資家等の資金呼び込みや、EUの公的支援活用において有利になりうる。先述のとおり、EUタクソノミーでは、脱炭素活動やトランジション活動を支える活動として、製造業も適格対象となっている。例えば、再生可能エネルギーや蓄電池、水素、ゼロエミッション車等に関する製品や主要な部品の製造を行う企業であれば、そうした事業のEUタクソノミーを確認し、自社の準拠率を公表することで、EUタクソノミー準拠率の高い企業として、投資を呼び込むことも可能になりうる。

2050年カーボンニュートラルに向けて、今後も官民の資金の流れは大きくなるだろう。その時に事業や企業の基準として使われるタクソノミー*4について、正しく理解し自社を適切に見せていくことが、日本企業にも求められるだろう。


  1. *1(1)気候変動緩和、(2)気候変動適応、(3)水と海洋資源の持続可能な利用と保護、(4)循環経済への移行、(5)汚染の防止と制御、(6)生物多様性と生態系の保護と回復
  2. *2Platform on sustainable finance。EUタクソノミー基準等について欧州委員会に助言するために、EUタクソノミー規則20条に基づき2020年に組成された組織。事業会社、金融機関、NGO、学者、公的機関、国際機関等の幅広いステークホルダーが参加。合計50名。
  3. *3なお、2021年4月に欧州委員会が提案したCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)が成立すると、開示が求められる企業の範囲は大企業や上場企業合計5万社以上に拡大する。
  4. *4なお、G20等では、EUだけでなく米国や中国も関与してタクソノミーの議論が行われている。また、2021年5月にマレーシアで原則主義タクソノミーが制定され、ASEAN版タクソノミーも正式に検討中である。今後こうした日本企業のビジネス先で各国版タクソノミーが制定されると、ESG機関からの質問が増えるだけでなく、ビジネスへの公的支援獲得等でも日本企業にも大きな影響があるだろう。

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