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導入が検討されている「カーボンプライシング」とは何か?(2/2)

  • *本稿は、『企業実務』2021年7月号(発行:日本実業出版社)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 環境エネルギー第1部 課長 元木 悠子

世界に広がるカーボンプライシング

世界銀行の「Carbon Pricing Dashboard」によれば、2021年5月時点で、世界の45か国・35地域で炭素税または排出量取引制度が導入され、これらは世界全体の排出量の120億t-CO2e(22%)程度をカバーしています。

欧米の先進国にとどまらず、アジアやその他の国々(チリ、メキシコ、ニュージーランド、南アフリカ共和国等)でもカーボンプライシングの導入が進んでいます。

(1)欧州の動向

多くの国で炭素税の導入が進んでいます(図表3)。税率は国によって様々ですが、スウェーデンのようにすでに100ユーロ/t-CO2を超えた国、フランスやアイルランドのように将来の炭素税の引上げ目標(2030年に100ユーロ/t-CO2)を定めている国もあります。

加えて一定規模以上の産業施設、燃焼施設、域内航空便に対し、EU-ETS(欧州連合域内排出量取引制度)が導入されています。

昨年末のEUの2030年削減目標の引上げ(2030年に1990年比で55%以上削減)に伴い、2021年6月までに欧州委員会からEU-ETS強化に関する提案が行われる予定です。

また、炭素規制が緩い域外からの輸入品に新たな関税等を課す炭素国境調整措置についても、遅くとも2023年1月までの導入を視野に入れ、2021年7月に欧州委員会から制度提案が行われる予定です。

こうした動きも受けて、EU-ETS排出枠の取引価格は大幅に上昇しています(2021年5月時点で55ユーロ/t-CO2e程度)(図表4)。


図表3 欧州の炭素税導入国の税率
図

出典:各国政府機関、Emission Spot Primary Market Auction Reportより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成


図表4 EU-ETS排出枠の取引価格の推移
図

出典:各国政府機関、Emission Spot Primary Market Auction Reportより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

(2)北米の動向

北米では、州レベルで活発な取組みが行われています。

カナダのブリティッシュ・コロンビア州の炭素税のほかに、米国11州が参加する発電部門を対象としたRGGI(米国北東部州地域温室効果ガスイニシアチブ)、米国カリフォルニア州やカナダのケベック州等で排出量取引制度が導入されています。

加えてカナダでは、連邦政府の定める水準(2022年50カナダドル/t-CO2eに引上げ決定、2030年170カナダドル/t-CO2eに引上げ予定)に達しない全ての州・準州に、連邦政府の定めるカーボンプライシングを適用しています。

2021年1月に発足したバイデン政権は、トランプ政権で後退した気候変動政策を軌道修正し、2035年に発電部門CO2排出量実質ゼロ、2050年に温室効果ガス排出実質ゼロの削減目標を定めました。また、2021年4月の気候サミットで、温室効果ガスを2030年に2005年比で50%~52%削減する中期目標を定めました。カーボンプライシングへの対応については現時点では明らかではありませんが、今後の動きに注目したいところです。

(3)アジアの動向

韓国は、2015年から排出量取引制度を導入しています。

また、2060年カーボンニュートラルを宣言した中国では、北京市など2省・5市で実施中の排出量取引制度のパイロット事業の経験も踏まえ、2021年2月に全国排出量取引制度を開始しました。当面は発電部門を対象とし、徐々に対象業種を拡大していく予定です。

このほか、シンガポールでは大規模排出事業者に炭素税を課しており、ベトナム、タイ、インドネシア、ブルネイ、台湾でも、自国の削減目標を達成するための手段として、カーボンプライシング導入を検討しています。

(4)日本の動向

日本では、地球温暖化対策のための税と呼ばれる炭素税に相当する税制が、2012年10月に石油石炭税に上乗せする形で導入されました。ただし、その税率は289円/t-CO2と炭素税を導入している諸外国と比べてかなり低い水準です(図表5)。

菅総理が新たなカーボンプライシング導入を示唆したことを受けて、環境省は中央環境審議会カーボンプライシングの活用に関する小委員会を再開し、経済産業省も新たに研究会を設置しました。いずれも2021年夏頃に中間整理を行い、年内に一定の結論を出す予定とされています。

さらに自民党もカーボンプライシングを検討するための作業部会を設置し、検討を始めています。今夏の税制改正要望、そして与党の税制調査会で、カーボンプライシングに関してどのような整理が行われるのかに注目したいところです。


図表5 日本の地球温暖化対策のための税
図

出典:環境省「地球温暖化対策のための税の導入」


  • t-CO2e = 温室効果ガス排出量(単位:トン)
  • t-CO2 = 二酸化炭素排出量(単位:トン)

カーボンプライシングのリスクとチャンス

カーボンプライシングが導入されると、鉄鋼やセメントなどエネルギー多消費型産業では、製品の製造コストが上昇し、金銭的負担に直面します。また、国際競争に晒される企業の場合、他国の炭素税率が低いと国内材が不利になる可能性もあります。

そのため、政府には、税率の段階的引上げや減免・還付措置の適用、炭素国境調整措置など、国内企業に過度な負担が生じないような制度検討が求められます。

その一方、カーボンプライシングによって脱炭素技術の経済性が高まり、従来型技術からの代替が進み、脱炭素な事業形態への移行が促されます。また、競合他社に先んじて革新的な製造方法を確立することができれば、新たなマーケット獲得などのビジネスチャンスの拡大につながります。

カーボンプライシングにどう備えるか

まずは、自社の炭素排出を「見える化」し、自社における再エネ調達や新技術導入による削減ポテンシャルを推計することが必要になると考えられます。そのうえで、カーボンプライシング導入による財務への影響を分析し、事業活動や中期経営計画に炭素価格を反映していくことが考えられます。

これを行う上での1つの方策として、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)によるシナリオ分析があります。これは気候変動による物理的な影響や政策変化について複数のシナリオを仮定し、各シナリオで自社事業や経営にどのような影響が生じるのかを分析するものです。カーボンプライシングについては、自社の操業コストがどの程度増加するのかといった基本的な分析に加え、競合他社との比較や炭素国境調整措置が実施された場合の影響など、複数の側面からそのリスクやチャンスを検討することが推奨されています。

また、インターナルカーボンプライシングを導入し、将来想定され得るカーボンプライシングに伴う費用負担をあらかじめ想定し、さらに、これを投資判断指標として活用することにより低炭素投資を促すことも有効です。

こうした取組みに対してハードルの高さを感じる中小企業は少なくないでしょう。しかし、原材料・部品調達や製品の使用段階も含めたサプライチェーン全体の排出量(Scope3)の削減を目指す大企業を中心に、サプライヤーに対して再エネ電力使用等による排出削減を求める動きが強まってきていることもまた事実です。

カーボンプライシングによるコスト負担をあらかじめ想定し、脱炭素化の動きにいち早く対応することが、燃料費の削減による経営指標の改善や新たな事業機会の獲得につながり得るでしょう。

日本は、脱炭素社会の実現に舵を切りました。実質ゼロに向けて、カーボンプライシングをはじめとする様々な環境規制の導入が現実味を帯びつつあります。

本稿で示したシナリオ分析やインターナルカーボンプライシングの検討を通じて、環境規制の強化への対応力を高めるとともに、脱炭素に向けた自社の取組みを広くアピールし、社会的支持の獲得につなげる「攻めの姿勢」が、今後さらに重要になってきます。

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2021年5月
カーボンプライシングに関する世界の潮流とビジネスへの影響
『みずほグローバルニュース』 Vol.113 (2021年3月発行)
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