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カーボンプライシングに関する世界の潮流とビジネスへの影響(2/2)

  • *本稿は、『みずほグローバルニュース』 Vol.113 (みずほ銀行、2021年3月発行)に掲載されたものを、同社の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 環境エネルギー第1部
課長 元木 悠子、コンサルタント 津田 啓生

カーボンプライシング導入によるビジネスへの影響

(1)ビジネスにおけるリスクとチャンス

では、日本で本格的なカーボンプライシングが導入された場合、国内企業にどのような影響が及ぶだろうか。

産業部門では製品の製造コストが上昇する。特に鉄鋼やセメントなどのエネルギー多消費型の素材産業は、より大きな金銭的負担を課されることになる。もし、同一素材の生産で競合する国の炭素税率が低ければ、国内材が不利になってしまう。その場合には、適切な減免措置や海外材に対する国境調整などを通じて、影響を緩和する設計が政府に求められる。一方で、カーボンプライシングが世界中に広がっていく中、国内外の競合他社と比較して革新的に排出量が少ない製造方法を確立することができれば、国際競争力を高めてビジネスチャンスを拡大することもできる。

発電部門では火力発電の燃料費が増大し、再エネの経済性が相対的に高まるため、再エネの新規導入が進みやすくなる。また、火力発電の中でもCO2排出量の多い石炭火力の採算が悪化する。そのため、2030年に向けて段階的廃止が予定されている非効率石炭火力等の閉鎖時期が早まる可能性がある。

このように、政府の制度設計次第ではあるものの、カーボンプライシング導入は、多排出な事業形態からの移行を促し、競合他社に先んじて脱炭素化に取り組む企業のビジネスチャンスを拡大させる。

(2)投資家の動向

投資家からの圧力は、カーボンプライシングの導入を左右する重要な要因となる。既に世界の多くの投資家は、気候変動による経済的損失を重要なリスクと見なしており、脱炭素化に向けた投資を加速させるために各国政府に対してカーボンプライシングの強化を求めている。

2020年12月時点で、ポートフォリオの脱炭素化を誓約した投資家の運用資産総額は前年から倍増の約5兆米ドルとなり、脱炭素投資は急速に拡大している。投資先の評価基準も変化している。例えば、世界最大の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、自身のポートフォリオ全体の排出量を大幅に削減するために、炭素効率性が高い(売上高あたり炭素排出量が少ない)企業を高評価とするESG指数を採用している。

ダイベストメント(投資撤退)やエンゲージメント(対話や働きかけ)を通じて、投資家が企業に排出削減を促す動きも拡大している。例えば、ノルウェー政府年金基金は、50年の時間軸でのリターンを確保すべく、石炭採掘・石油由来のエネルギー生産からのダイベストメントを進めている。パリ協定採択を契機に発足した機関投資家のイニシアチブ「Climate Action 100+」*3は、世界の多排出企業に対してパリ協定の目標に一致した排出削減を要求するなど、企業への圧力を強めている。

(3)カーボンプライシング導入にどう備えるか

実際にカーボンプライシングに備えるうえで重要となるのは、リスクとチャンスを「見える化」し、対応戦略を策定したうえで、経営計画や事業活動に反映することである。まず着手すべきこととして、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)のシナリオ分析の実施やインターナルカーボンプライシングの導入が考えられる。

TCFDのシナリオ分析は、2016年12月に発表されたTCFD最終報告書で推奨されている分析手法である。この分析では、気候変動による物理的な影響や政策変化について複数のシナリオを仮定し、各シナリオで自社事業や経営にどのような影響が生じるのかを分析する。この分析において検討すべき代表的な政策変化の一つがカーボンプライシングである。カーボンプライシングについては、自社の操業コストがどの程度増加するのかといった基本的な分析に加え、競合他社との比較や製品需要への影響、あるいは国境調整措置が実施された場合の影響など、複数の側面からそのリスクやチャンスを検討する。

インターナルカーボンプライシングとは、企業内部で独自に炭素価格を設定することでその企業の低炭素投資・対策を推進する仕組みである。近年、このインターナルカーボンプライシングを導入する企業が増えてきている。具体的な活用方法として、将来想定され得るカーボンプライシング導入によるコストを見える化する(リスクの見える化)、設定した炭素価格を投資判断の指標として活用する(投資基準の参照値)、各部署で課金して集めた資金を温暖化対策に充当する(低炭素投資ファンド)などがある。

上述のように、シナリオ分析の実施やインターナルカーボンプライシングの導入は、カーボンプライシングの導入および段階的強化という現実味のある政策に対する対応力を高めるとともに、投資家の要請にも応える手法として、今後さらに拡大すると考えられる。

おわりに

冒頭で言及した通り、日本は脱炭素社会の実現に舵を切った。2021年、環境省のカーボンプライシング小委員会*4が再開し、経済産業省も新たに研究会を設置する。両省では制度設計を含む具体的な議論が行われ、年内に一定の結論が出るとされている。

なお、みずほ情報総研では2020年12月に「カーボンプライシング後の未来を展望する―2050年実質ゼロに備えよ」*5と題するフォーラムを開催している。同フォーラムでは本稿で紹介した諸外国の政策の最新動向の紹介やビジネス全般への影響分析に加えて、国内の主要産業・主要素材、再エネ電力市場にフォーカスした影響分析など、カーボンプライシング導入による影響を多面的に解説している。より深く動向を把握されたい場合には、こちらもご参考いただけると幸いである。


  1. *1World Bank and PMR(2017)「Carbon Tax Guide : A Handbook for Policy Makers」
  2. *2High-Level Commission on Carbon Prices(2017)「Report of the High-Level Commission on Carbon Prices」
  3. *3Climate Action 100+
  4. *4中央環境審議会地球環境部会カーボンプライシングの活用に関する小委員会
  5. *5みずほ情報総研「カーボンプライシング後の未来を展望する―2050年実質ゼロに備えよ」
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