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気候リーダーズサミットと米国の取り組みからみる気候変動政策を巡る世界の動向(1/2)

  • *本稿は、『みずほグローバルニュース』 Vol.114 (みずほ銀行、2021年6月発行)に掲載されたものを、同社の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 環境エネルギー第1部 コンサルタント 金池 綾夏

はじめに

気候変動分野でのリーダーシップ発揮をめざす米国は、2021年11月に英国グラスゴーで開催される第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)で意義のある成果を残すためのマイルストーンとして、世界の気候変動対策を拡大・加速させるための気候リーダーズサミット(Leaders Summit on Climate)を2021年4月22日および23日に開催した。菅総理をはじめとする世界40カ国・地域の首脳らが参加し、自国の温室効果ガス排出削減目標の引き上げを宣言する等、各国・地域から気候変動対策に対する意気込みが示された。

本稿では、世界の排出削減目標の現状と気候リーダーズサミットにおける主な成果を概観するとともに、気候変動政策に注力するバイデン米政権のこれまでの動向を整理することで、世界の気候変動政策の最新動向をみていきたい。

世界の排出削減目標

(1)パリ協定やCOP21における世界全体での排出削減目標に関する決定事項

2015年のCOP21で採択されたパリ協定では、気候変動によるリスク・影響を大幅に低減するために、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃未満に抑える努力を追求することが目標として掲げられた。また、COP21では、2020年までに、中期的な排出削減目標や対策を記したNDC(Nationally Determined Contribution:国が決定する貢献)の提出を各国に求めるとともに、長期戦略(長期的な排出削減目標を定めた低排出開発のための戦略)の提出を推奨することを決定した。これを受けて、2021年5月31日時点において192カ国およびEUがNDCを、28カ国およびEUが長期戦略を提出済みである。

(2)主要国における排出削減目標の設定状況

1.5℃目標を達成するには排出量をどの程度削減する必要があるのだろうか。2018年10月にIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)が発表した1.5℃特別報告書では、1.5℃目標の達成には世界全体の排出量を2030年までに2010年比で45%削減し、2050年までに実質ゼロにする必要があるとしている。図表1に記載の通り、既に多くの主要国がそれに準じた長期の削減目標を定めている。また、国連のClimate Ambition Allianceによれば、世界全体で既に120カ国以上が2050年までの排出実質ゼロ達成を宣言している。

EUおよびG7各国の中長期目標を目標の効力や削減水準の観点から詳細にみていく。まず、排出削減目標に法的拘束力を持たせる動きが強まっている。英国やフランスは既に法律で2050年実質ゼロ目標を定めている。EUは欧州気候法(European Climate Law)の制定による2030年および2050年の目標の法定化をめざしている。また、日本では2021年6月2日に2050年実質ゼロを定めた「地球温暖化対策の推進に関する法律の一部を改正する法律」が公布された。米国は2021年1月にバイデン大統領が署名した大統領令(Tackling the Climate Crisis at Home and Abroad)において2050年目標を定めている。大統領令は、議会の承認なしに大統領が独断で連邦政府機関に対して発出するもので法律と同様の法的拘束力を発揮する。ただし、議会で命令発効を禁じる法律が制定された場合や連邦最高裁で違憲判決が下された場合は原則として無効となる。

削減水準は図表1の通りである。長期目標については、各国いずれも2050年、あるいはそれ以前の実質ゼロを掲げている。2030年目標については、カナダの40~45%削減から英国の68%削減までばらつきがあるが、欧州は1990年、北米は2005年、日本は2013年と、それぞれ排出量の多い年を基準年としており、単純な目標の比較は難しい。なお、仮に各国の目標値をIPCCが提示する45%削減の基準年である2010年で換算すると、日本は削減目標が45%未満となる等、1.5℃特別報告書で記載された水準を満たさない国も出てくる。


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図表1. EUおよびG7各国の排出削減目標(2021年5月31日時点)
  中期目標 長期目標
日本 2030年▲46%(2013年比) 2050年実質ゼロ
EU(フランス・イタリア) 2030年EU全体で▲55%以上(1990年比) 2050年実質ゼロ
ドイツ 2030年▲65%以上(1990年比)
2040年▲88%以上(1990年比)
2045年実質ゼロ
英国 2030年▲68%以上(1990年比)
2035年▲78%(1990年比)
2050年実質ゼロ
米国 2030年▲50~52%(2005年比) 2050年実質ゼロ
カナダ 2030年▲40~45%(2005年比) 2050年実質ゼロ

(出所)各国政府の資料等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

気候リーダーズサミットの成果

排出削減目標の達成に向けた世界の気候変動対策に対する姿勢を把握するために、気候リーダーズサミットにおける目標引き上げや、今後の気候変動対策のあり方に関する各国首脳の発言をみていく。気候リーダーズサミットとは、バイデン大統領が上記の大統領令で定めた気候変動対策の取り組みの一つであり、排出削減、資金調達、雇用創出、適応等の多様な面で世界の気候変動対策を成功に導くことを目的とし、2021年4月22日および23日にオンライン形式で開催された会合で、米国の招待を受けて参加した40カ国・地域の首脳や国際機関のトップ達が排出削減目標の引き上げ、気候変動対策へのファイナンス、対策による経済成長や雇用創出等のテーマについて議論した。具体的な成果は以下の通りである。

(1)排出削減目標の引き上げ

気候リーダーズサミットでは、図表1にも示した通り、米国の2030年50~52%削減(2005年比)、カナダの2030年40~45%削減(2005年比)、日本の46%削減(2013年比)に加え、英国の2035年78%削減(1990年比)等、先進国から削減目標引き上げの表明があった。先進国以外でも、ブラジルが2050年、インドネシアが2070年の排出実質ゼロ目標を表明し、この他複数の国が目標の引き上げを宣言した。しかし、ドイツのシンクタンクClimate Action Trackerは、本サミットで宣言された新たな排出削減目標を加味しても今世紀末までの気温上昇は産業革命以前に比べて2.4℃に達することとなり、1.5℃目標を達成するためには削減目標の引き上げが必要と分析している。

(2)気候変動対策へのファイナンス

本サミットでは、発展途上国の首脳から、気候変動緩和や影響に適応するための先進国からの支援、そして対策を強化するための先進国と発展途上国間の公平な負担の分担を求める声が上がった。これについて米国からは、途上国に対する気候変動対策への拠出額を2024年までに2倍(2013~2016年度の平均値と比較)にするとの表明があり、日本からは緑の気候基金(開発途上国の排出抑制や気候変動への適応を支援する国際基金)に30億米ドルを拠出するとの言及があった。これに対してグテーレス国連事務総長は、途上国に対する公的ファイナンスの拡大を2021年6月のG7サミットで表明することを先進国に促す等、支援の更なる拡大を求めた。

(3)気候変動対策による経済成長や雇用創出

上記に加えて、日本、EU、英国等の主要国を中心に、気候変動対策を通した経済成長や雇用創出をめざすとの発言があった。例えば、EUからは新型コロナ対策の復興予算の30%を気候変動関連に充当するとの言及があった。バイデン大統領も、再エネや電気自動車(EV)等の気候変動対策を優先することにより雇用拡大と経済成長がもたらされると言及し、各国に対し気候変動対策の推進を促した。各国がコロナ禍からのグリーンリカバリーを提示していることからも、気候変動対策はもはや経済活動を阻害するものではなく、経済や雇用にプラスに寄与するものとの認識が広まりつつあることがうかがえる。今後、各国が気候変動対策における成長分野を特定し、経済・雇用との好循環が一層加速されることが望まれる。

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