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ポスト・コロナを見据えた欧州のフードビジネスに関するサステナビリティの動向(1/2)

  • *本稿は、『みずほグローバルニュース』 Vol.114 (みずほ銀行、2021年6月発行)に掲載されたものを、同社の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ グローバルイノベーション&エネルギー部
上席主任コンサルタント 熊久保 和宏、主任コンサルタント 山本 麻紗子
コンサルタント 大橋 柚香、コンサルタント 嶋田 耕太郎

概要

本稿では、欧州のフードビジネスがコロナ禍によって受けた影響を解説するとともに、フードビジネスが抱え る社会課題を表出させたこと、さらにはサステナビリティを重視した欧州の関連政策や企業の事業活動の方向 性について考察している。

欧州のフードビジネスは、コロナ禍によってどのような影響を受けたのか

サプライチェーンの短期的寸断

欧州では、2020年3月のイタリアでのクラスター発生を皮切りに、全域に感染が拡大して「第1波」と呼ばれる状況になった。これに対して各国は、EUの基本原則の一つである「人の移動の自由」を制限して加盟国間の国境を閉鎖した。欧州の農業は特に人手を要する収穫期において東欧や北アフリカ諸国からの季節労働者に依存していることから、春に収穫期を迎えるいちごやアスパラガス等の作物に影響があった。また、国境閉鎖よって輸送用トラックが国境で足止めされてしまったため、物流に混乱が発生したという。

このように新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染拡大初期において欧州の食のサプライチェーンに混乱が生じたものの、労働力不足に対しては、例えば英国による季節労働者向けのチャーター便手配、物流問題に対しては、医療従事者等のエッセンシャルワーカーや物流業者が滞りなく国境を横断できることを各国政府に要請する「Green lanes」をEUが3月中に開始したこと等、迅速に効果的な対策が功を奏したことにより、混乱は比較的早期に収束した。

長期的な雇用喪失

一方で、外食産業では雇用の喪失という事態が発生し、現在も継続している。COVID-19に起因する経済活動の縮小は、欧州において数百万人の労働者の雇用に影響を及ぼしている。ただし、加盟国の中には、雇用者を完全に解雇するのではなく、一時解雇(労働時間の短縮を含む)を選択する企業に対して、賃金の一部を支援する政策を採用している国もあることから、失業のリスクは限定的であることに留意する必要がある。COVID-19に起因する影響は労働者の属性により大きく異なっており、特に低所得層はリスクが高い。欧州連合統計局(EUROSTAT)によれば、2020年第2四半期において、EU全体の低賃金労働者の20%強が一時解雇(労働時間の短縮を含む)、約5%が失業しており、これは他の所得層と比較して高い値だった。外食産業では低所得層の割合が相対的に大きいことから、一時解雇や失業のリスクは高まっている。感染対策措置やロックダウンにより、テイクアウトのみの営業や座席数の制限が続く限り、外食産業における雇用の喪失は継続するだろう。

消費者の意識と行動の変化

上述の通り、食品産業全体では影響は小さいものの、都市部のロックダウンによりレストランやケータリング事業は売り上げが大幅に下落する一方、小売店は好調であり、その中でも豊富な品揃えにより買い物回数を減らせる総合スーパーは特に好調である。日本に進出済みの、高所得層向けに高級食材や調理済み食品を提供するドイツの事業者によれば、長期休暇で旅行に行けない代わりに食事への支出を増やす消費者が増加したため、小規模デリカテッセン店舗の売り上げが30~50%上昇しているとのことだ。また、日本以上にEコマースの浸透が進んでおり、レストラン等の調理済み食品の宅配サービスにとどまらず、有機野菜や地場の野菜を顧客の嗜好に合わせて、かつレシピとともに配達する、欧米を中心に事業展開している「HelloFresh」がコロナ禍において好調であり、共働きの多い若年層と高齢者の間で利用が広まっている。

このように、COVID-19やロックダウン等の影響を受けて、消費者の消費パターンは変化しており、あわせて食の供給構造も変化している。

表面化した食のサプライチェーンに係る社会課題

移民労働者問題の顕在化

2020年6月にドイツ西部のギュータースロー郡で発生した約1,500名ものクラスターをはじめ、ドイツの複数の食肉加工工場でのクラスターの発生をきっかけに、主に東欧諸国からの移民労働者が劣悪な環境で労働を強いられていることが明らかとなり、批判が集中した。

食の安全・安心志向と有機食品市場の拡大

ロックダウンにより自炊する人が増加し、また健康への関心が高まる中で、食品の原産地や食の安全に対する消費者意識が高まっている。

ドイツはもともと有機食品市場が欧州の中で最も大きい国の一つだが、コロナ禍においてさらに成長しており、2020年における販売額は約140億ユーロ(前年比+17%)に達した。フランスでは2000年頃から有機食品市場が継続して拡大しており、COVID-19発生前ではあるものの、2019年における売上高は119億ユーロ(前年比+13.5%)に達しており、パリ近郊の市場関係者によると、コロナ禍における食の安全への関心の高まりを受けてさらに加速しているという。

ショートバリューチェーンへの関心の高まり

EUでは、COVID-19感染拡大以降、消費者の間においてショートバリューチェーン(地産地消)への関心が高まっている。欧州各地で移動式食料販売、農場での直売、地域限定の食料品プロジェクト等、地域に根差したビジネスモデルが成長しており、特にフランスではその動きが顕著である。フランス政府はCOVID-19からの経済回復プランの一環として、ショートバリューチェーンに資するプロジェクトへの支援を表明している。

このような欧州でのショートバリューチェーンへの関心の高まりは、COVID-19による輸入・域内移動の制限によって食料安全保障を意識したことに加え、COVID-19以前より意識されていた環境に配慮した食品意識に起因するものと考えられる。

欧州ではCOVID-19感染拡大の以前から、多くの企業がエコロジカル・フットプリント*、温室効果ガス、食品ロスの削減、プラスチックの再利用等に取り組んでいた。特に、外国料理への関心が高い若年層は環境への意識も高く、食品の生産地や生産方法への関心も高い。欧州の食品関連団体によると、消費者の持続可能性への関心が高まっており、持続可能性への取り組みを評価基準として、商品を選ぶ傾向もみられる。

例えば、フランス農業・食料省関連団体FranceAgriMerのアンケート調査の結果によると、回答者のうち約40%が、COVID-19の流行によって気候変動への取り組みの必要性をより強く感じたと回答している。また、高品質な食品という定義では、健康にいい食品(55%)、環境に優しく、製造者等に適正賃金が支払われている食品(54%)という評価であった。

なお、欧州の飲料・食品の業界団体では、世界中でローカルな食品が選好され、それがサステナビリティに貢献すると考える潮流にあるが、必ずしもショートバリューチェーンが環境に優しいとは限らず、ロングバリューチェーンであっても規模の経済を追求すれば、カーボンフットプリントが小さくなる場合もあると述べている。

食品ロスに対する関心の高まりと企業の支援

食に関する社会課題として、食品ロス削減は外せない観点である。

新型コロナウイルスによるサプライチェーンへの影響としては、需給バランスの乱れがあげられる。供給への不安から通常にない需要が喚起され、それがさらに供給不足を引き起こしてしまうという現象は日本でもみられた。その後、需給バランスの乱れがある程度解消してきた中で生じたのが、経済的打撃による食料へのアクセス不安とそれに関連したフードバンクや炊き出しの利用者の増加傾向である。

例えば、新型コロナ感染が爆発的に拡大した英国では、フードバンクの利用者が著しく増加したという。英国のフードバンクFareShareでは、コロナの影響を受けた2020年4~7月の間に前年同期比で食品取扱量が急激に増加した。コロナ禍を受けて食料の提供を受けたいと申し込む団体の数は3倍に増え、行政や食品産業からも長期保存可能な食品の寄付を受け、平均して200万食/週の提供に至っている。4カ月間で提供した人数は推定約60万に上る。

このような状況下で、フードバンク運営にかかる資金として政府から補助金が出されているが、資金だけに寄らない支援方法が民間企業からも提供されている。

小売大手のAsdaからは、寄付された食品を再配布する際に一旦保管するための倉庫のスペースが提供され、物流大手のXPO Logisticsからは倉庫のオペレーションのための人手を、小売大手のSainsbury’sからは食品の輸送のための資金の提供が実施されるなど、民間企業が自社のビジネスをいかした支援を実施している。

このように、コロナ禍によって新たに生じた課題であっても対応方法によっては、企業価値の向上に寄与することができる。

今後のポスト・コロナ時代には、食のサプライチェーンの最川下では様々な課題が生じると考えられる。食品寄付需要の増加だけでなく、度重なる休業要請による飲食業からの不安定な需要とその影響への対策等も対応が求められる課題となるだろう。


  • *人間一人が持続可能な生活を送るのに必要な生産可能な土地面積

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