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ポスト・コロナを見据えた欧州のフードビジネスに関するサステナビリティの動向(2/2)

  • *本稿は、『みずほグローバルニュース』 Vol.114 (みずほ銀行、2021年6月発行)に掲載されたものを、同社の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ グローバルイノベーション&エネルギー部
上席主任コンサルタント 熊久保 和宏、主任コンサルタント 山本 麻紗子
コンサルタント 大橋 柚香、コンサルタント 嶋田 耕太郎

ポスト・コロナ時代のフードビジネス関連政策の動向

欧州はグリーン・リカバリーをめざす

2020年以降、COVID-19で大きな痛手を負った欧州を中心に「グリーン・リカバリー」という言葉が頻繁に登場するようになっている。コロナ禍からの経済復興策に気候政策を融合させようという考えで、もともとはEUの欧州議会議員グループの非公式な呼びかけであった。その後、2020年4月末の非公式国際会合「第11回ペータースベルク気候対話」において、日本を含む27カ国の環境大臣や国際通貨基金(IMF)がグリーン・リカバリーの重要性を認識し、経済回復のための計画は、パリ協定および持続可能な開発目標(SDGs)の理念に沿うものでなければならないという意見で一致した。

欧州では、グリーン・リカバリーが登場する以前から経済活動と気候対策の両立をめざす動きは活発化しており、2019年12月には「欧州グリーン・ディール」が発表されている。欧州グリーン・ディールとは、2019年12月に就任したフォン・デア・ ライエン新欧州委員会委員長(任期5年)が公約の一番目に掲げた目玉政策であり、EUとして2050年までに温室効果ガス排出が実質ゼロとなる「気候中立」を達成するという目標を掲げている。

今後、農業部門を含め、EUの政策およびインフラ・技術に対する投資プログラムは欧州グリーン・ディールを中心に展開すると考えられる。また、ポスト・コロナはサステナビリティ重視という認識が世界中で高まりつつあることから、その重要性が注目される。

「農場から食卓まで(Farm to Fork)戦略」

欧州グリーン・ディールは、気候中立と経済成長の両方を達成し、EU経済を持続可能なものにするという多岐にわたる包括的な政策である。農業・食産業に関する分野であれば、「公平で健康的な環境に優しい食品システム」と「生態系および生物多様性の保護と再生」との関連性が高い。特に「農場から食卓まで(Farm to Fork)戦略」は、今後の欧州農業政策において重要なコンセプトになると見込まれている。

農業が生産活動に付随して様々な影響を環境に与えることを考えると、農業政策と気候対策は切り離せない関係にある。また、近年、農業政策は環境への配慮を盛り込んだものでなくては予算確保が困難な状況にあり、その要求水準は年々上がっている。

EU市民の環境意識の高まりやEU財政における厳しい予算競争、貿易摩擦やCOVID-19のような市場の不安定要素から農業と食を守るためにも、持続可能な農業という視点はますます重要になる。

コロナ禍は、最大限効率性を重視して構築してきた経済・社会システムの脆弱性を露呈し、ポスト・コロナでは、効率性重視によって生じた格差や偏在を解消し、サステナビリティを重視した経済・社会システムへの移行が必要という意識を消費者に促しつつある。その意味において、欧州グリーン・ディールやFarm to Fork戦略が、今後の欧州政策の要となるのはほぼ確実だろう。

日本もまた欧州の農業と同様に高齢化、小規模農家の生き残り、海外市場における競争力強化等の課題を抱えている。また、日本においても近年、極端な気温上昇や豪雨の増加など、気候変動が要因の一つとして考えられている現象が増加し、農業部門においてもその対策は必須である。EUの気候対策重視の農業政策は、日本の農業政策の立案に当たって比較対象とされており、その動向を追っていくことが、類似制度のあり方を検討していくうえで参考となるはずである。

フードビジネス関連企業がめざすべき方向性

サステナビリティ基準を意識したマネジメント

欧州では、投資家・金融機関の立場でサステナビリティを判断し、企業価値を評価することが主流化している。とりわけ注目を集めているEUタクソノミーとは、サステナブルファイナンスの対象となる経済活動について、持続可能であるかを特定するための基準である。欧州委員会が設置したサステナブルファイナンスのためのテクニカル・エキスパート・グループ(TEG)で内容検討が行われ、2020年3月に最終報告書が発表された。同報告書において、気候変動の緩和、気候変動への適応、水・海洋資源の持続可能な利用と保全、循環型経済への移行、汚染の防止と管理、生物多様性と生態系の保全・回復といった、6つの環境目的について、対象となる企業の経済活動がもたらす貢献と影響を特定している。

予定では、2020年末までに気候変動(緩和、適応)に関するタクソノミーを定め、2021年末には他の環境目標(水資源、循環経済、汚染防止、生態系システム)に関するタクソノミーを作成する予定だったが、コロナ禍で検討作業が遅れており、その進捗に関する情報は公表されていない。

なお、EUタクソノミーはEU域内でのルールであるが、将来、対象とする経済活動分野やEU域外での基準化をめざす可能性も指摘されている。今後、EU域内の食品メーカーにおける温室効果ガスの排出抑制やサステナブルな原料調達といった観点が重視されることになるであろう。また、民間金融のみならず、公的金融にもタクソノミーが適用された場合には、農業部門への助成の適否判断に影響を及ぼす可能性がある。

共創・共感を重視する経営へのシフト

2008年、欧州最大の食品・飲料メーカーのネスレは、持続的な事業の成功のためには株主のみならず同時に社会のための共通価値を創造しなければならないという観点から「CSV(共通価値の創造)」を掲げた経営を表明していた。

ところが、2010年に国際NGOグリーンピースは、ネスレに対してチョコレートの原料であるパーム油をインドネシアのジャングルの違法伐採に関与していた企業から調達しないように訴えるキャンペーンを展開した。ネスレのチョコレートを食べることが、インドネシアに生息するオランウータンの生命を脅かすことと同じであると伝え、消費者の選択的な行動を促したのである。これが、食のバリューチェーンの末端に大きなレピュテーション・リスクが存在することを知らしめる結果となった。

その他、日用品・食品のブランドを世界中で展開する欧州の消費財メーカーのユニリーバでも、「サステナブル・リビング・プラン」を発表するなど、グローバル企業を中心として持続可能な経済成長においてサプライチェーン全体での共創・共感を意識した経営に注力している。

食のイノベーションを追求する

企業の持続可能な成長において、イノベーションは不可欠な要素である。欧州のポスト・コロナの成長戦略がグリーン・リカバリーとして描かれる中で、フードビジネスでは、脱炭素化以外にも食品の安全性、栄養改善、健康機能性、省力化など、複合的なイノベーションを追求していく必要がある。

こういった社会要請に対して、大企業は自社で研究開発を進めるとともに、スタートアップ企業のM&A等を通じて貪欲にイノベーションのシーズを吸収している。

一方、フードビジネスの90%以上を占める中小企業は、限られた資源の中でイノベーションを起こしていかなければならない。1986年設立の欧州のフードテクノロジーに関する非営利組織EFFoSTによると、中小企業の場合、どうしても生産・収益化に注力しすぎてしまい、会社の将来像に目を向ける機会がないという。そこで、EFFoSTでは欧州委員会の支援を受けて、コラボレーション、起業家精神、知識、技術移転などの分野で9つのイベントと野心的な研修プログラムを通じ、中小企業自身がイノベーションの動向や技術的課題について考えられるようなサポートを行った。

ポスト・コロナ時代のフードビジネスは、サステナブルな手法で食品を作り、そして未来にかけて栄養価が高く、安全・安心な食品を消費者に提供していかなければならない使命を担っている。その実現に向けて、欧州では産学パートナーシップの重要性が叫ばれており、その関係は堅固なものになりつつある。

日本のフードビジネス関連企業も、日本の特徴をいかしたサステナビリティ戦略を描いていかなければならない時期を迎えている。

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