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ICMAガイダンス解説

移行ファイナンス元年始まる(2/2)

  • *本稿は、『日経ESG』 2021年2月号 (発行:日経BP社)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほ情報総研 環境エネルギー第2部 シニアコンサルタント 永井 祐介
みずほ情報総研 環境エネルギー第2部 チーフコンサルタント 大山 祥平
みずほ証券 サステナブル・ファイナンス室 室長 伊井 幸恵

ICMAがガイダンスを公表

トランジションファイナンスは新しい考え方であることから、国際資本市場協会(ICMA) の「グリーンボンド原則」のように国際的に参照されるルールがなかった。そのような中、20年12月9日にICMAが「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック 発行体向けガイダンス」を公表したことで、いよいよトランジションファイナンス拡大の土壌が整った。

経産省が20年度内に策定する日本版のトランジションファイナンス基本方針や、21年度に計画している実証事業、業種別ロードマップ策定などは、ICMAハンドブックを踏まえて進められるという。ルールの明確化を契機に、日本でもトランジションファイナンスが急拡大しそうだ。

ハンドブックは、トランジションファイナンスの考え方や、ハンドブック作成の趣旨などを記載した「導入」と、トランジションファイナンスにおける開示推奨事項で構成される。開示推奨事項は、企業の気候移行戦略とガバナンス、ビジネスモデルの環境重要性、「科学に基づく」目標と道筋を含む気候移行戦略、実施の透明性──の4つが柱になっている。トランジションファイナンスの検討時に参考になるだろう(下表参照)。

最大の特徴は、(1)長期目標としてパリ協定の2℃目標に沿うことを求める一方、そこへ到達するまでの移行経路(温室効果ガスの削減経路)は、業界や地域による違いを認めている、(2)トランジションファイナンス実施時に開示すべき情報を解説しており、その対象事業の定義や基準を作る意図はないと明示している──の2点である。これらにより、様々な企業にトランジションファイナンス活用の道が開かれた。

ICMAハンドブックが示す開示推奨事項は、企業が自社の移行戦略の妥当性を説明するためのものであり、トランジションファイナンスをすぐに行う予定がない企業にとっても参考になるだろう。

自社の移行戦略を検討しておくことは、自社の長期的な有望性・レジリエンスを示して投資家の評価を高めるとともに、現在の排出量が多いことを理由に資金調達が不利になるという事態を防ぐためにも、有用と考えられる。


ICMAハンドブックが示した開示推奨事項
図

出所:ICMA「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」に基づきみずほ情報総研作成

企業はまず戦略策定を

21年はトランジションファイナンス元年となるかもしれない。ICMAハンドブックにより、CO2の削減ペースが異なる様々な企業が活用できることが明確となった。

それでは、企業が移行戦略の策定とトランジションファイナンスの活用を検討する際の論点を考えよう。

まず検討すべきは50年などの長期目標である。トランジションファイナンスを行うに当たっては、パリ協定の「2℃を十分に下回る目標」と整合する長期目標の設定が必要だ。

社内対策を積み上げた、達成の実効性が見込める目標よりは、50年に達成すべき排出削減量を実現するためにバックキャスティングの考えに基づき「ビジョン」として示すことが考えられる。菅首相によるカーボンニュートラル宣言後、企業による同様のビジョン発表も相次いでおり、現在、検討中の企業も多いだろう。

次に検討すべき、そして最も重要な点は、中期目標を含む脱炭素化への移行経路と、その実施計画である。移行経路とは、中長期で排出量をどのようなペースで減らすか、見通しを示すものだ。毎年、ほぼ一定のペースで削減できる企業もあれば、将来のイノベーションで大幅削減を目指すケースもあるだろう。

50年目標をビジョンとして掲げることと、移行経路や実施計画を描くことには、検討すべきことに大きな差がある。特に移行経路は、社会から求められる水準も踏まえつつ、自社事業に合った形で描くことが求められる。ICMAハンドブックも、第三者が策定した定評のある削減経路がある場合にはそれに沿うことや、比較することなどを求めている。

そのため、移行経路の策定時には自社の直近の事業計画を前提としつつも、政府の長期戦略や経産省が策定予定の業種別ロードマップ、国際エネルギー機関(IEA)といった国際機関や業界団体、NGOが公開している削減経路、国内外の先行事例、投資家の考えなども参考にすることが重要になる。

一方で、政府の戦略や国際機関の文書を鵜呑みにするだけでなく、その企業独自の将来の見通しを整理しておくことも必要だ。

例えば再エネの普及や、水素供給網、CO2回収・利用・貯留(CCUS)技術などは脱炭素に欠かせない。このような技術やシステムが社会実装される速度などを見極めておき、仮に実装が遅れて条件が整わない場合に自社の移行経路をどうするか考えておくことも、戦略のレジリエンスを高めるうえで必要だろう。

なお、移行戦略の実施の本気度を示すため、企業としての脱炭素に向けた投資計画などを公表することも有益だ。ICMAハンドブックも、設備投資計画を可能な範囲で開示することを求めている。機微な情報を公表する必要はないが、例えば「今後10年で脱炭素分野にX億円投資し、温室効果ガスを現状比Y%削減するとともに、脱炭素に向けて必要なZ技術を確立することで、自社の描いた移行経路を実現する」などと開示できると、自社の移行戦略に対する投資家や金融機関などのステークホルダーからの信頼が高まるだろう。

菅首相によるカーボンニュートラル宣言を経て、企業は「脱炭素社会に向けて自社の事業をどのように変えるか」という移行戦略の策定がますます求められるだろう。ICMAハンドブックの公表により、移行戦略やトランジションファイナンスに求められる要件の共通認識が整った。今こそリスク低減と機会獲得に向けた移行戦略の策定と、トランジションファイナンスという資金調達の新たな選択肢の検討が重要である。

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