ページの先頭です

SBTがネットゼロ基準を開発 企業の50年ゼロ、ルール示す(1/2)

  • *本稿は、『日経ESG』 2021年6月号 (発行:日経BP社)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 環境エネルギー第2部 コンサルタント 森 史也

多くの企業が2050年に「ネットゼロ」や「カーボンニュートラル」といった温室効果ガス排出量の実質ゼロを宣言するようになった。しかしどの企業も「ゼロ」を目指すことは共通しているものの、対象範囲や達成手段などは、各社が独自の考えで設定しているのが実情だ。

そんななか、パリ協定の目標に整合する「科学に基づく削減目標(SBT)」を企業に求めるSBTイニシアチブが、ネットゼロ目標を設定する際のルール開発を進めている。SBTは、企業による中長期の目標設定に関して、世界でも強い影響力を持つ。その新ルールは、乱立するネットゼロ目標にどのような影響を及ぼすだろうか。

企業の「ネットゼロ」乱立

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、ネットゼロを「人為起源の排出量と、人為的な除去量のつり合いが取れた状態」と定義した。カーボンニュートラルはネットゼロに近い言葉だ。これらの違いを定義する動きはあるものの、この記事ではネットゼロという表記で統一する。

企業のネットゼロ目標を構成する要素は大きく5つある。(1)目標の対象年と(2)対象範囲、(3)削減水準、(4)削減経路、(5)排出量を実質ゼロにする手段─である。

例えば(2)は、削減の対象を「スコープ1」と「スコープ2」という自社の活動からの温室効果ガス排出量にとどめるか、「スコープ3」と呼ぶサプライチェーン全体からの排出まで含めるかといったことだ。

スコープ1は自社施設での燃料消費による温室効果ガスの排出、スコープ2は購入した電力や熱の利用による排出を指す。スコープ3は、調達した製品が製造された時や、販売した製品が使用される時の排出などを含む。

また(5)については、後述する「カーボンオフセット」と呼ぶ手法を使うか、「除去量」を用いるか、「削減貢献量」を用いるかなど、様々な手段が考えられる。

ネットゼロはゴールが分かりやすく、国の目標とも整合した野心的な目標であることから、企業による気候変動対策の強力なアピール手段になり得る。一方、目標を構成する(1)~(5)の要素について、企業間で統一されたルールがなく、多種多様なネットゼロ目標が併存するのが実情だ。

現状では、企業間の差異は大きな問題となっていない。だが今後、ネットゼロ宣言企業が増えるにしたがい、他社の宣言と差別化したい企業や、企業の気候変動対策を評価する投資家などから、企業間の差異に注目が集まるだろう。

ネットゼロ乱立に歯止め

21年4月中旬までに世界で1300社以上、日本でも100社以上が、従来のSBT認定目標を設定している。中長期目標を設定する企業にとって、SBTは無視できない「世界標準」とも呼べる影響力を持つ。そのSBTイニシアチブが開発を進めるネットゼロ目標(SBTネットゼロと呼ぶ)は、企業によるネットゼロ目標を大きく変革するものになりそうだ。

これまでのSBTは、5~15年先を目標年とするものだった。50年という「超長期」の目標設定は、推奨はしていたものの、具体的な設定方法までは定められていなかった。

そんななかIPCCが18年に発表した「1.5℃特別報告書」において、1.5℃目標の達成には50年のネットゼロが必要であるという科学的な指標が示された。これが契機となって、SBTイニシアチブによる、科学と整合するネットゼロ目標の検討につながった。

SBTイニシアチブは19年9月からSBTネットゼロの開発を始め、20年9月にその「基礎的な考え方」を示すリポートを発表した。そして21年1月、SBTネットゼロの基準案を示した。基準案はパブリックコメントを経て4月にも公表される予定である。その後、目標設定のガイダンスや検証プロトコルの開発を経て、年内の運用開始を予定している。

この記事は基準案を基に執筆する。今後、確定される基準と異なる可能性がある点に注意してほしい。


SBTネットゼロ達成の経路
図

出所:SBTイニシアチブ「Foundations for Science-Based Net-Zero Target Setting in the Corporate Sector」

SBT案との大きな違い

SBTイニシアチブは、企業がネットゼロを実現し、かつ科学と整合させるために次の2つの条件を満たす必要があるとしている。

  1. バリューチェーン全体でオーバーシュート(一時的な排出増)しない、または、限定的なオーバーシュートにとどめ、温暖化を1.5℃以内に抑える排出経路での削減の深さと整合した排出削減の規模を達成し、
  2. 削減できずに残る「残余排出量」の影響は、同等量の大気中のCO2を永続的に除去することで、「ニュートラル化(Neutralization)」する。

「温暖化を1.5℃以内に抑える排出経路での削減の深さと整合する」とは、1.5℃目標を世界全体で達成する場合に求められる削減と同様のペースで、企業も削減することだ。

2つの条件で注目すべきは、まずグロスの排出量削減(総量削減)の目標を求める点だ。

多くの企業のネットゼロ目標は、企業の削減努力に加えてオフセットを行うことを想定している内容だが、50年までに何%、自社の努力で総量削減するかは示していない。だがSBTネットゼロは、オフセットに過度に依存せず、最大限、企業が削減に努力することが必要になる。具体的にどの程度減らすのか、総量による削減目標の設定を求められる。

また、SBTネットゼロは、企業が最大限、削減に努力した後で、どうしても残ってしまう排出量(残余排出量)に対処し、実質的に排出量をゼロにする手段として「炭素除去(Carbon Removals)」を用いることを求めている。

炭素除去と、カーボンオフセットはどう違うのかという疑問が生じるだろう。SBTイニシアチブはオフセットを2種類に分類しており、除去はその1つという位置づけだ。

1つは、企業がバリューチェーンの外で排出を回避することで、これを「Compensation(補償)」と呼ぶ。もう1つはバリューチェーン内外で大気中から炭素を除去することで、これを「Neutralization(ニュートラル化)」と呼ぶ。

補償は、「排出回避クレジット」を使うオフセットなどを指している。排出回避とは、例えば石炭火力発電からガス火力発電に代替することだ。石炭火力の場合に想定される排出量と、実際に導入されたガス火力の排出量の「差分」である「仮想の削減量」に基づくクレジットを使う。日本企業になじみがあるのは、この排出回避クレジットだろう。

一方、ニュートラル化は「除去クレジット」を使うオフセットである。除去とは、植林やBECCS(バイオマス発電のCO2回収・貯留)、バイオ炭の利用などで、大気中からCO2を吸収・固定・隔離することだ。この、大気から実際に除去された「現実の除去量」に基づくクレジットを使う。

補償は、仮想の削減量によるオフセットであるのに対し、ニュートラル化は現実の除去量によるものだ。SBTでは、ニュートラル化は「マイナスの排出量」として利用できる(排出量の引き算に利用できる)が、補償は利用できないと整理した。補償は、ネットゼロ実現に向かう移行期における追加的な取り組みであると位置づけた。

さらに基準案から、企業が留意したいポイントを5つ挙げる。

ページの先頭へ