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SBTがネットゼロ基準を開発 企業の50年ゼロ、ルール示す(2/2)

  • *本稿は、『日経ESG』 2021年6月号 (発行:日経BP社)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 環境エネルギー第2部 コンサルタント 森 史也

スコープ3にも野心的な要求

1つ目は対象範囲だ。SBTネットゼロはスコープ1と2だけでなく、スコープ3も対象になる。独自のネットゼロ宣言をした企業でスコープ3を明確に対象としている例は少ない。SBTネットゼロはより広い範囲で削減を要求している点に注意が必要だ。

2つ目は総量削減だ。目標年度における総量削減目標の設定が必須であることは既に述べたが、気になる具体的な削減水準は現在、示されていない。

これはガイダンス(21年7月頃に草案公表予定)に記載される見通しだ。ただし基準案のなかで、1.5℃目標において世界全体で90%削減が必要ならば、企業も90%削減する必要があると例示した。実際には必ずしも90%の総量削減が必要とは言えないが、1つの目安になる可能性がある。

3つ目は中間目標の設定を求めている点だ。これは通常の、5~15年先のSBT認定目標を設定すればよい。

ただし基準案は、通常のSBTより厳しい中間目標を求める案を示した。例えばスコープ3は、通常のSBTならば最低で2℃水準の総量削減(年率1.23%削減)が必要だが、基準案は、最低でも「2℃を十分に下回る(WB2D)」水準の総量削減(年率2.5%削減)の中間目標を求める内容が示された。

SBTは例年4月頃、基準を改定しているが、SBTネットゼロの中間目標案を踏まえると、これまでのSBT基準も、より厳しい削減を求めるように改定するかもしれない。

4つ目はニュートラル化だ。炭素除去によるニュートラル化もスコープ1、2、3の範囲で目標設定が必要になる。ただしSBTはスコープ 1、2、3における除去量の算定方法を定義しておらず、別のイニシアチブである「GHGプロトコル」に従うという。

GHGプロトコルは19年、「土地分野と除去イニシアチブ」というプロジェクトを立ち上げ、土地利用や炭素除去、バイオエネルギーといった既存の基準やガイダンスでカバーしきれていない要素の算定・報告方法の検討を進めている。この完成は22年を予定している。

さらにSBTイニシアチブは、炭素除去の品質条件を独自に定義しており、条件を満たすものだけがニュートラル化に利用できる。例えば、炭素除去の永続性の確保や、除去の価値をクレジット取得者とプロジェクト実施者が主張する「二重主張」の排除、社会や環境への悪影響を及ぼさないなどの条件である。

企業が独自に品質条件を担保することは難しいと考えられるため、品質条件を満たしたクレジットを利用することが現実的だろう。ただしSBTは具体的に適格なクレジット制度や方法論を指定していない。炭素除去はまだ不確定要素が多く、SBTやGHGプロトコルが今後どのように整理するのか、注目したい。

5つ目は補償である。先述したように、補償はマイナスの排出量としては扱うことができない。あくまで、ネットゼロへの移行における削減戦略の幅と効果を高めることが目的だ。具体的手段には質の高い炭素クレジットの購入、プロジェクトへの直接的な資金援助などの緩和措置を挙げている。

なお、クレジットと並んで削減貢献量も削減を定量化する概念だが、基準案では削減貢献量を補償の具体例に挙げていない。補償にも品質条件が定められたが、企業が自己宣言する削減貢献量の利用で、例えば削減量の二重主張の排除などを担保することは難しいだろう。


SBTネットゼロ基準案
図2

出所:SBTイニシアチブ「Net-Zero Criteria Draft for Public Consultation」に基づきみずほリサーチ&テクノロジーズ作成

問われる「SBTかどうか」

SBTネットゼロの要求は、企業独自の宣言と比べて野心的で、一線を画す内容だ。独自のネットゼロ目標が乱立するなか、SBTの要求に合う目標なのか、要求を満たせない目標なのかという「序列」が付けられ、企業の気候変動対策に関する評価にも影響しそうだ。

近ごろは投資家などから企業に対し、ネットゼロ目標の設定が要請されている。例えば、世界の有力アセットオーナーが参加する「ネットゼロ・アセットオーナー・アライアンス」や、有力アセットマネジャーが参加する「ネットゼロ・アセットマネジャーズ・イニシアチブ」など、投融資先にネットゼロを促す団体が登場している。

企業は他社と差別化をするためにも、SBTに適合しない独自目標にとどめておくよりも、SBTの「お墨付き」を得たいと考えるだろう。

しかし、SBTネットゼロの要求水準は野心的であり、実際に企業が付いていけるかどうかは未知数だ。SBTの要求が、基準案が示す通り野心的なものになるか、企業の実現可能性を踏まえた水準に落ち着くかは、最終的な基準やガイダンスを待つ必要がある。特に、スコープ3の削減に対する要求水準や、除去クレジットの品質をどこまで求めるかについては注視したい。

いずれにしても、ネットゼロを既に宣言した企業も、現在検討中の企業も、SBTネットゼロ基準は無視できない影響力を持つことは間違いないだろう。


SBTネットゼロの要求水準はどこに落ち着くか
図3

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

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