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労働安全衛生法に基づくリスクアセスメントと今後の動向

  • *本稿は、『安全工学』Vol.60 No.4(特定非営利活動法人安全工学会、2021年8月発行)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 環境エネルギー第2部 貴志 孝洋

平成28年6月から、労働安全衛生法に基づき、一定の危険有害性を有する化学物質(令和3年6月現在674物質)を製造あるいは取扱う「すべての」事業者は、化学物質のリスクアセスメントを実施することが義務化された。また、有害性のリスクだけではなく、危険性のリスクについてアセスメントを行う必要がある。しかしながら、特に危険性のリスクアセスメントは一定の専門知識を要するとともに、第三次産業を中心に、自身がリスクアセスメント実施義務を負っている自覚がない事業者も多くいる状況にある。一方、厚生労働省では「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会」において、さらなるリスクアセスメント対象物質の増加を示唆しており、事業者の対応が急務になっている。ここでは、事業者の対応の一助となるよう、労働安全衛生法に基づくリスクアセスメントの概要について、リスクアセスメントを支援するツールなどを紹介するとともに、今後の動向についても解説する。

1.はじめに

労働安全衛生法の改正に伴い、平成28年6月1日から一定の危険有害性を有する化学物質(労働安全衛生法施行令別表第9に掲げる674物質、以降「674物質」という)を製造あるいは取扱う「すべての」事業者は、化学物質のリスクアセスメントを実施することが義務付けられた。対象となる事業者は、化学物質を製造するいわゆる化学メーカーだけではなく、674物質に該当する化学物質を取扱う「すべての」事業者である。つまり、第一次産業や第三次産業など所謂「製造業に属さない事業者」であっても、674物質に該当する化学物質を事業において取り扱っている場合、リスクアセスメントを実施する義務を負っていることを指している。例えば、一般的に第三次産業に該当するネイルサロンであっても、使用する除光液にアセトン(674物質に該当)が含まれていることから、リスクアセスメントを実施する義務が生じている。

一言で「化学物質のリスク」といっても、事業場周辺の動植物などに対する「環境リスク」など様々なリスクが知られているところであるが、労働安全衛生法に基づく「化学物質のリスク」とは、化学物質が爆発するあるいは引火するおそれ、事業場における労働者の健康に悪影響を与えるおそれ、つまり「危険性」と「有害性」の両方が対象となっている(以降併せて「危険有害性」という)。一方で、厚生労働省が公表した「化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針*1」において、「又は」という表現が用いられているが、この「又は」は、「どちらか一方だけでよい」ということを意味しているのではないことに留意されたい。

化学物質のリスクアセスメントの実施が義務化されたものの、現時点では未実施であっても明確な罰則は定められていない。しかしながら、化学物質による中毒などの労働災害が発生した場合などは、労働契約法における「安全配慮義務違反」などに問われるおそれがある。さらに、「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会*2」において、化学物質管理のあり方について議論されているところであるが、これまでの化学物質管理の体系が見直され、事業者による「自律的な管理」にシフトすることが検討されており、事業者のリスクアセスメントに係る負荷が大きくなるおそれがある。そのため、可能な限り早い段階で「自律的な管理」に向けた準備をする必要があると考えられる。ここでは、労働安全衛生法に基づくリスクアセスメントの概要について、リスクアセスメントを支援するツールなどを紹介するとともに、今後の動向についても解説する。

2.リスクアセスメントの概要・進め方

労働安全衛生法では、事業者に対して(1)取扱っている化学物質にはどのような危険性(爆発性や引火性など)や有害性(急性毒性、発がん性など)を有するかの把握、(2)その危険有害性がどの程度のリスクを有しているのかの見積もり、(3)見積もったリスクの結果を踏まえてリスク低減のための措置の内容を検討することを求めている。この3つのステップを実施しない限り、リスクアセスメントを実施したとは見なされないことに留意されたい。つまり、リスクが大きいか、小さいかなどリスクの程度を見積もっただけではリスクアセスメントは実施したことにならず、その結果を踏まえ、リスクを低減するための措置(換気設備の強化や教育訓練の強化など)を検討して初めてリスクアセスメントを実施したことになる。リスクアセスメントを実施した後、そのリスクアセスメント結果を踏まえ(4)リスク低減措置を速やかに導入し、(5)リスクアセスメントの結果等を労働者に伝達することが求められている。

しかしながら、特に第三次産業に属する中小規模事業者などの場合、特に危険性などに関する専門的な知識や、専門知識を有する人材が不足している傾向にあり、実際にはリスクアセスメントの適切な実施が困難な状況にある。そこで、厚生労働省ではリスクアセスメントの実施を支援するため、様々な情報配信やリスクアセスメント支援ツールの公開などを実施している。

(1)危険有害性の把握

674物質の場合、事業者は譲渡提供時にSDS(安全データシート、化学物質の危険有害性や安全な取扱い方などの情報を記したドキュメント)を交付することが労働安全衛生法において義務となっている。そのため、手元にあるSDSを用いることで、危険有害性に関する情報を収集することが可能となっている。SDSを未入手の場合や古いと考えられる場合(MSDSなどと記載されている場合など)などは、購入元に問い合わせて最新のSDSを入手することが原則であるが、厚生労働省「職場のあんぜんサイト」にて公開されているデータベース「GHS対応モデルラベル・モデルSDS情報*3」や製品評価技術基盤機構「化学物質総合情報提供システム(NITE CHRIP)*4」、一般社団法人日本化学工業協会「JCIA BIGDr*5」の「有害性情報DBポータル」などを活用し、危険有害性に関する情報を収集することも可能である。なお、有害性のリスクアセスメントを実施する際によく用いられる指標値「ばく露限界値」は、公益社団法人日本産業衛生学会Webページの「許容濃度等の勧告*6」ページにおいて最新の許容濃度等が公開されている。

SDSの記載項目は表1のとおり。下線箇所はリスクアセスメントの適切な実施において特に重要な情報が記載されている項目であることから、十分に確認すること。


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表1 SDSの記載項目
1 化学品および会社情報
2 危険有害性の要約(GHS分類)
3 組成および成分情報(CAS番号、化学名、含有量など)
4 応急措置
5 火災時の措置
6 漏出時の措置
7 取扱いおよび保管上の注意
8 ばく露防止および保護措置(ばく露限界値、保護具など)
9 物理的および化学的性質(引火点、蒸気圧など)
10 安定性および反応性
11 有害性情報(LD50値、IARC区分など)
12 環境影響情報
13 廃棄上の注意
14 輸送上の注意
15 適用法令(安衛法、化管法、消防法など)
16 その他の情報

(2)危険有害性のリスクの見積もり

化学物質は様々な製品で使用されており、我々の日常生活を豊かにするなどのベネフィットをもたらしている。一方で、すべての化学物質には、程度の差はあるものの有害性を有しており、取り扱いを誤ると中毒などのハザードをもたらすことがある。また、化学物質によっては爆発や引火を引き起こし、同様に取り扱いを誤ると工場の爆発や火災を引き起こすなどのハザードをもたらすことがある。化学物質のリスクとは、取扱っている化学物質が望ましくないハザード(中毒や爆発など)を引き起こすおそれの大きさを指している。

有害性のリスクを見積もる場合、通常、化学物質が体内に入る(ばく露する)ことによって健康上の悪影響が生じるおそれがリスクであることから、有害性の程度(毒性の強さ)と摂取量(ばく露量)を比較することでリスクを見積もることができる。つまり、有害性の程度に対し、摂取量が十分に小さい場合は「リスクが小さい」、摂取量が極めて大きい場合は「リスクが大きい」と判断することが(見積もることが)できる。一方で、危険性のリスクを見積もる場合も基本的な考え方は同様で、危険性が顕在化することによる重篤度(災害の程度)と顕在化する可能性(発生確率・頻度)を比較することでリスクを見積もることができる。

厚生労働省では、リスクアセスメントの実施を推進するため、表2のようなリスクアセスメント支援ツールなどを開発のうえ公開している。また、他に(独)労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所(以降「安衛研」という)や欧州化学物質生態毒性および毒性センター(以降「ECETOC」という)などもリスクアセスメントの実施を支援するツールを公表している。次報で、危険性を対象としたリスクの見積もりを支援するツールを中心にその詳細を紹介する予定である。


左右スクロールで表全体を閲覧できます

表2 主なリスクアセスメント支援ツール
名称 対象 特徴
厚生労働省版コントロールバンディング【厚生労働省】 有害性 GHS分類情報、沸点・取扱量からリスクを見積もる簡易ツール
作業別モデル対策シート【厚生労働省】 危険性
有害性
化学物質の代表的な取扱作業を対象に、中小企業向けの対策を整理したシート
爆発・火災等のリスクアセスメントのためのスクリーニング支援ツール【厚生労働省】 危険性 チェックフロー形式の危険性リスクアセスメント支援ツール(WEBシステムあり)及びその解説資料
CREATE-SIMPLE【厚生労働省】 危険性
有害性
エクセルを活用した、吸入・経皮・危険性(爆発・火災)に対応した半定量的なリスクアセスメントツール
検知菅を用いた化学物質のリスクアセスメントガイドブック・支援ツール 有害性 リスクアセスメントにおける検知菅の使い方を解説した資料及び数値の取り扱いを支援するエクセルツール
リアルタイムモニターを用いた化学物質のリスクアセスメントガイドブック・支援ツール 有害性 リスクアセスメントにおけるリアルタイムモニターの使い方を解説した資料及び数値の取り扱いを支援するエクセルツール
プロセスプラントのプロセス災害防止のためのリスクアセスメント等の進め方【安衛研】 危険性 主にプロセス災害(火災・爆発等)の防止を目的に、リスクアセスメント等を実施する上でのポイント(事前準備、進め方路検討方法、記録シートへの記載内容、情報の活用方法など)についてまとめた資料・ツール
TRA tool【ECETOC】 有害性 ECETOCが開発した、REACH登録時のリスクアセスメントの標準ツール(英語)

(3)リスク低減措置の内容の検討

リスクを見積もった後、そのリスクを低減するための対策(リスク低減措置)を検討することが求められている。たとえリスクが低いと見積もられた場合であっても、さらにリスクを下げる対策を講じることができないかという観点から検討する必要がある。検討することでリスクを見積もった時点では気が付いていなかったリスク要因などが見いだせることもあるため、リスクは低い場合であっても、確実にリスク低減措置について検討されたい。

リスク低減措置を検討するにあたり、まずは労働安全衛生規則や化学物質障害予防規則などの特別則などで規定されている事項がある場合は、必要な措置を実施することが求められている。そのうえで、使用物質の見直しや運転条件の見直しなどを検討する。なお、使用物質を見直した結果、有害性の程度が低い物質に代替する場合、沸点や蒸気圧には十分留意すること。有害性が低くても、沸点が低い/蒸気圧が高い場合は、揮発しやすくなることから摂取量が増えることでリスクが逆に大きくなることもある。

次に、装置の密閉化や換気設備の導入・強化などの拡散防止対策やアース設置、帯電防止服/帯電防止靴の着用などの静電気防止対策など、設備面(ハード面)での対策を検討する。その際には、ヒューマンエラーは常に起こることを前提として検討することが重要である。さらに、教育や訓練、4Sの徹底など、管理面(ソフト面)での対策を検討する。それでも、リスクを下げることが出来ない場合は、防毒マスクや化学防護手袋の見直し、適切な着用を検討する。しかしながら、例えば化学防護手袋の場合、素材によってはすぐに化学物質が浸透し、十分な効果が期待できない場合などがあるため、取扱っている化学物質と作業時間に応じた適切な化学防護手袋を選定のうえ正しく着用されたい。

(4)リスク低減措置の導入

特に死亡するおそれや後遺症障害または重篤な疾病のおそれがある場合などは、いったん作業を中断するなどの対応が望ましいが、難しい場合などは暫定的措置を含め速やかに措置を実施する必要がある。

(5)リスクアセスメントの結果の周知

これまで発生した化学物質に起因する労働災害の中には、労働者自身が取り扱っている化学物質の危険有害性や作業そのもののリスクについて十分に理解しておらず、本来の使用方法を逸脱した、あるいは個人用保護具を適切に着用せずに作業を行ったことが原因となった事例が散見されている。そのため、リスクアセスメントの結果は、確実に労働者に伝達し、どこに(どのような行動に)危険が潜んでいて、その結果どのようなことが起こるのかを十分に理解させることがポイントとなる。つまり、リスクアセスメントの結果を踏まえ、作業方法やルールなどを教えるのではなく、その理由なども含めて教えることが労働災害の防止の観点から極めて重要である(know-how教育から、know-why、know-what教育への移行)。

3.今後の労働安全衛生法の動向

前述したとおり、「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会」において、化学物質管理のあり方について議論されており、これまでの化学物質管理の体系が見直され、事業者による「自律的な管理」にシフトすることが検討されている。具体的には、国によるGHS分類で危険性・有害性の区分がある化学物質を順次ラベル表示・SDS交付の義務対象物質とし、危険有害性情報に基づくリスクアセスメント及びその結果に基づく措置を義務付けることなどが挙げられている。これは、リスクアセスメント実施義務対象物質が現在の674物質から大幅に増加することを意味しており、近い将来おおよそ3000物質が、リスクアセスメント実施義務対象物質となる可能性がある。そのため、事業者はリスクアセスメント実施のための体制作りや知見の収集などが一層求められている状況にある。

さらに、化学物質が体内に入る経路として、呼吸による吸引だけではなく、手などの皮膚を通じて体内に入る「経皮吸収」が近年注目されており、当該検討会でも化学物質への直接接触の防止に向けた検討が進められている。具体的には、保護具(防毒マスクや化学防護手袋など)について、現行の労働安全衛生規則第594条において定められていた保護具の備え付け義務が、使用義務に見直される見通しである。保護具は、前述のとおり、取扱う化学物質や作業時間などを踏まえ、適切に保護具を選択のうえ、適切に着用しないと十分な効果が得られないため、現在使用している保護具の運用管理方法について確認されたい。

4.おわりに

平成28年6月1日から、労働安全衛生法に基づいて業種や事業規模を問わず674物質を製造あるいは使用するすべての事業者はリスクアセスメントを実施することが義務化されている。さらに、有害性だけではなく一定の専門性が求められる危険性もリスクアセスメントの対象となっている。

現在、更なる「自律的な管理」を推進するため、リスクアセスメント対象物質が見直され、今後大幅に増加する可能性があることから、早い段階での対応が必須になると考えている。そのため、いま一度事業場における化学物質の取扱い状況を含めた化学物質管理体制などについて確認のうえ、リスクアセスメントの進め方について十分な情報収集を進めることが重要である。

また、労働安全衛生法のリスクアセスメントは義務化されたものの、一部の事業者において「リスクアセスメントを実施すること」が目的となってしまっているが、本来の目的は、「労働者の健康と安全を確保すること」にあり、リスクアセスメントはその目的を達成するための手段に過ぎない。そのような観点から、積極的なリスクアセスメントの実施とリスク低減措置の導入を通じた自律的な管理推進を期待したい。

次報で、危険性を中心に現在公開されているリスクアセスメント支援ツールについて使い方等を解説する予定である。

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