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「こども庁」創設、問われる重要課題

  • *本稿は、『週刊東洋経済』 2021年5月29日号(発行:東洋経済新報社)の「経済を見る眼」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 主席研究員 藤森 克彦

菅義偉首相は、4月の国会で「こども庁」の創設を検討する考えを示した。子ども・子育て分野は、仕事と育児の両立の難しさ、子どもの貧困や教育格差、少子化の進展などさまざまな課題がある。その対策は内閣府、厚生労働省、文部科学省など複数の省庁にまたがってきたが、「縦割り行政」の弊害を克服して、一元的な組織を創設するという。

こども庁の青写真は明らかになっていないが、この分野の重要課題の解決に向かうのであれば、歓迎したい。筆者は、とくに以下の2つの課題が重要だと考えている。

第1の課題は、子育てや教育分野の財源確保である。OECD(経済協力開発機構)によれば、子育て関連の社会支出(対GDP〈国内総生産〉比、2017年度)は英国3.19%、ドイツ2.40%、スウェーデン3.42%に対し、日本は1.58%と低い。また、16年の小学校から大学までの教育機関に対する公的支出も、日本はOECD35カ国の中で最も低い。

こうした中、高齢者に偏った社会保障給付を削減し、それを子ども・子育て分野の財源に充当すべきだという意見がある。しかし、日本の社会保障給付の規模は、高齢化率を勘案すれば低水準である。高齢者1人当たりの給付水準が高いわけではない。それもあって日本の高齢者の貧困率は20%と、OECD諸国平均の13%よりも高い。

また、介護保険などの高齢者向け給付を削れば、最終的には家族への負担となって現役世代が抱えることになる。子育て負担は軽減されたが介護負担は重くなった、というのでは意味がない。

この点、慶応大学の権丈善一教授は、年金、医療、介護といった社会保険が「子育て支援連帯基金」に拠出して子育てを支える仕組みを提案している。将来の担い手の育成は各制度の持続可能性を高め、将来の給付水準の上昇につながると指摘する。こうした提案について議論を深めていくべきだろう。

第2の課題は「子どもの貧困」の克服だ。厚労省によれば、現役の1人親世帯の貧困率(18年)は48%に上っている。OECDのデータ(15年)を見ても、日本の1人親世帯の貧困率は、34カ国中、韓国に次いで高い水準だ。

では、なぜ日本の1人親世帯の貧困率は高いのか。同世帯の就労率は8割強なので、働いていないことが要因ではない。問われるのは、雇用の質だ。女性が出産後に退職すると、その後の再就職では正規雇用の機会が乏しいという実態がある。その結果、離婚などによって1人親になれば、貧困に陥るリスクが高まる。実際、就業するシングルマザーの4割強が非正規労働に従事し、就労による平均年収は200万円ほどしかない。

出産・育児期に女性の労働力率が低下する「M字カーブ」は解消してきたが、非正規雇用が多い。1人親世帯に対する保育サービスや生活支援を拡充するとともに、再就職に際しては、短時間正社員という選択肢を含め、正規雇用を拡大する必要がある。

政府がこども庁を検討する際には、組織論に加えて、根源的な課題の解決に向けた議論も深めるべきである。

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