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コロナ禍と社会保障のデジタル化

  • *本稿は、『週刊東洋経済』 2021年9月25日号(発行:東洋経済新報社)の「経済を見る眼」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 主席研究員 藤森 克彦

7月に公表となった2021年版『厚生労働白書』では、「新型コロナウイルス感染症と社会保障」をテーマに、感染症が国民生活に与えた影響や、各種対策の国際比較などが示された。その中で、課題の1つとして挙げられたのが「社会保障におけるデジタル技術の実装化」だ。

折しも、デジタル政策の司令塔となるデジタル庁が9月に発足した。以下では、白書などを参考にしながら、コロナ禍での経済対策を振り返り、社会保障分野におけるデジタル化の必要性と課題を考えていく。

まず、感染拡大時から20年12月までの1年間に実施された日本の主な経済対策は事業規模で約191兆円に上り、リーマンショック時の1.5倍になった。また、20年12月末のIMF(国際通貨基金)の推計によれば、「政府支出」と「融資等」による日本の経済対策支出(GDP〈国内総生産〉比)は44%に上り、ドイツ(39%)、英国(32%)、フランス(24%)、米国(19%)、カナダ(19%)に比べて、最も高い水準であった。

行政のデジタル化との関連では、経済対策の中でも給付や貸し付けといった生活支援策が注目される。右の6カ国は、いずれも低所得世帯に対する支援を行っているが、日本と米国は「国民全般」を対象にした支援も実施した。

日本では、行政のデジタル化の遅れから迅速な給付ができず、結局、1人当たり10万円の特別定額給付金が全国民に支給された。この事業規模は、1回限りの給付であるのに約12.9兆円。ちなみに、生活保護費の負担額は、年間で約3.8兆円である。生活保護は、所得や資産などの資力調査を実施したうえで「真の困窮者」に支給される。資力調査にはスティグマ(恥辱)を伴うという欠点があるが、真の困窮者の見極めをしなければ、支給額は膨大になる。

一方、米国では、国民一般を対象に支給したが、支給には所得制限があった。また、所得が一定以上であれば徐々に給付を減額する仕組みも取り入れた。これを可能にしたのは、政府による社会保障番号と税務データなどのひもづけである。また、政府は給付金を税の還付金口座などに振り込むので、国民からの申請を待たずに支給できる。

このように、デジタル化は給付の必要性の見極めや支給を容易にして、スティグマの軽減にもつながりうる。また、北欧諸国を見ても、行政のデジタル化や個人番号制度は、うまく使えば、公平で公正な社会保障に寄与できる。

ところで日本では、マイナンバーの利用を、税、社会保障、災害対策に限定している。利用範囲の限定は、情報漏洩リスクの軽減には有効である。一方で「真の困窮者」の見極めという点では、金融資産とのひもづけは課題になる。困窮の判断には、所得だけではなく、金融資産も見る必要があるからだ。

問題は、国民がそれを許容できるかという点だ。何より、国民の見えないところで情報のひもづけが広がることに懸念を持つ人は多い。デジタル化の推進には、第三者によるチェック機能の強化や、行政の透明性の向上など、政府の信頼性を高める取り組みが不可欠だ。

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