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マニフェスト選挙はどこに行った?

  • *本稿は、『週刊東洋経済』 2021年11月20日号(発行:東洋経済新報社)の「経済を見る眼」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 主席研究員 藤森 克彦

10月の衆議院選挙では、多くの政党の公約に、現金給付や減税策などが新型コロナ禍対策として掲げられていた。しかし、財源に関する説明が乏しく、かつてない「ばらまき合戦」になったとの批判がある。

財源に関する説明が乏しいのは、社会保障分野の公約も同様だ。例えば、自民党の公約には、「介護の受け皿50万人分を整備し、質の高い介護人材を確保するため、更なる処遇改善を進め、『介護離職ゼロ』を目指します」とある。2022年以降、「団塊の世代」が75歳以上になっていくので、介護人材の確保は喫緊の課題である。

しかし、筆者が公約を読む限り、財源が不明である。ちなみに、「介護離職ゼロ」は17年衆院選の自民党の公約にも掲げられていた。前回の公約が未達成となった要因の分析や、今回の改善点についての説明も欲しかった。

一方、立憲民主党の公約でも、介護サービスの質・量を充実させるために職員の待遇改善を図ることが記されている。しかし、財源が明らかではない。また、「5%への時限的な消費税減税」も掲げられていた。消費税は社会保障制度の財源でもあるので、その減税は社会保障への影響も大きい。国債で賄うのならば、財政健全化の道筋について説明が必要だ。

言うまでもないが、政策を実現するには財源が必要となる。巨額な財政赤字を抱える中で、財源を示さないのは無責任のそしりを免れない。公約は「願望」ではない。実現可能性がわからなければ、有権者は十分な判断材料を得たうえで一票を投じることができない。

ところで、曖昧な公約を改善するために、2000年代中頃から各党が、政策の数値目標、達成手段、財源などを記した「マニフェスト」を掲げて選挙に臨み始めた。これにより、有権者は、前回選挙のマニフェストの達成状況や、新たなマニフェストの実現可能性を踏まえて投票できると期待された。

しかし、10年代に入ると、マニフェスト選挙は影を潜めていった。この背景としては、09年に政権交代を果たした民主党が、総選挙で掲げたマニフェストに違反したことが大きいといわれている。マニフェストは人々の信頼を失った。

筆者は、曖昧な公約に戻ったことを残念に思う。改善のためには、実現可能性のあるマニフェストを作成できるように、政党の政策立案能力を高めるべきであろう。とくに、2大政党制を考えるのであれば、野党の政策立案を強化する仕組みが必要だ。ちなみに、政権交代が珍しくない英国では、政府は、政策立案に要する費用を野党にのみ援助する。与党は官僚機構から情報を得られるのに対して、野党は不利な立場にあるためだ。

国政選挙で消えつつあるマニフェストだが、地方では生き続けている。この背景には、05年から民間団体が、地方選挙の優れたマニフェストを「大賞」として表彰してきた影響もあろう。筆者はこの取り組みに関与してきた。驚くのは、市民がマニフェストの事後検証や政策提言に参画する事例が増えている点だ。こうした動きは、地方政治の質を高める。国政選挙の改善にも、地道な取り組みが必要だ。

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