ページの先頭です

カーボンプライシング最前線(中):排出減に世界で導入進む 欧州は輸入品に新規制案

  • *本稿は、2021年10月17日付の日経ヴェリタスに掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 環境エネルギー第1部 課長 元木 悠子

世界で64の炭素税・排出量取引制度 CO2排出1トンで100ユーロの税率も

世界銀行の「Carbon pricing Dashboard」によれば、2021年4月時点で世界全体で64のカーボンプライシング(炭素税と排出量取引制度)の取り組みが稼働しています。このうち炭素税(Carbon Tax)は欧米や日本など27カ国・8地域で導入され、世界全体で排出される温室効果ガスの5.5%をカバーしています。排出量取引制度(Emission Trading System)は、欧州連合(EU)と米国、中国、韓国など38カ国・29地域で導入され、世界の温室効果ガスの16.1%をカバーしています。

欧州では北欧諸国が1990年代に相次いで導入し、スイスやアイルランド、フランス、ポルトガルなど多くの国で炭素税の導入が進んでいます。図表のように税率は着実に引き上げられ、スウェーデンのように既に税率が二酸化炭素(CO2)排出1トンにつき100ユーロを超えている国もあります。フランスやアイルランドも30年にCO2排出1トン当たり100ユーロに税率を高めることを表明しています。

また、EUは05年から域内の一定規模以上の産業施設や域内航空便を対象に排出量取引制度(EU ETS)を導入しています。CO2換算で1トンの排出枠の取引価格は19年には20ユーロ台でしたが、直近では60ユーロを超える水準となっています。EU非加盟の英国やスイスでもEU ETSに準拠した独自の国内排出量取引制度が導入されています。また、ドイツは21年からEU ETSでカバーされていない燃料の供給事業者を対象とする独自の排出量取引制度を稼働させています。

北米では州レベルでの取り組みが進んでいます。カナダのブリティッシュ・コロンビア州の炭素税のほか、米国の11州が参加する発電部門を対象としたRGGI(米国北東部州地域GHGイニシアチブ)があります。米カリフォルニア州やカナダのケベック州なども排出量取引制度を導入しています。

カナダでは連邦政府が炭素価格の下限値を定めており、この水準(19年にCO2換算で1トンの排出枠が20カナダドル→22年50カナダドル→30年170カナダドル)に満たない州や準州に対して、連邦政府の定めるカーボンプライシングを強制的に適用しています。

アジアでは15年から韓国が排出量取引制度を導入し、60年のカーボンニュートラルを宣言した中国は、北京市や広東省などの排出量取引のパイロット事業も踏まえて、21年2月に全国排出量取引制度を導入しました。7月に排出枠の取引が始まり、9月時点の取引価格はCO2換算で1トン当たり45元でした。当面は発電部門が対象ですが、徐々に拡大する見通しです。

このほか、シンガポールでは大規模排出事業者に炭素税を課しています。インドネシアでは21年6月に政府の歳入拡大を目的に、炭素税の導入を含む税制改革関連法案が提出されました。また、ベトナムやタイ、ブルネイ、台湾でも、削減目標を達成するための手段として、カーボンプライシングの導入が検討されています。


主要国の炭素税の推移(炭素税率)
図1

(出所)各種資料より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

EU、輸入鉄鋼などに域内同等の炭素価格適用へ 米国の動向も焦点

欧州連合(EU)は気候変動対策に率先して取り組み、いち早く野心的な目標を打ち出しています。欧州委員会は2019年12月に欧州グリーンディールを発表し、50年の気候中立(排出実質ゼロ)を法定化した欧州気候法(European Climate Law)の制定や30年の削減目標の引き上げ、気候目標を実現するための立法措置改正を進めていくことを宣言しました。

20年に入り、世界中が新型コロナウイルスによる未曽有の危機に直面する中でも、EUは総額1.8兆ユーロ(約230兆円)の中期予算(21~27年)の3割を気候変動対策に充てることを打ち出すなど、「グリーンリカバリーによる経済再建」の旗印を鮮明にしています。

このうち7500億ユーロの復興基金(Next Generation EU)は、EUが債券を発行して市場から調達します。21年6月の初回の発行では、200億ユーロの募集枠に対し、7倍以上の応募が集まりました。EUは使途を環境対策に特定した環境債(グリーンボンド)も発行する予定です。集めた資金は58年までに償還予定で、EU ETSの収入増などを充てるとしています。

30年の温室効果ガス削減目標については、20年12月の欧州議会・EU理事会の決定により、1990年比で少なくとも55%削減することで決着し、これらを定めた欧州気候法が21年7月に発効しました。そして気候目標を達成するための政策パッケージ「Fit for 55」も7月に発表されました。カーボンプライシングが一つの柱です。

「炭素国境調整措置(CBAM)」と呼ばれる輸入に関わる新たな規則も提案されています。鉄鋼やセメント、アルミニウム、肥料、電力の5品目を対象に、原産国で生産時に排出した温室効果ガスに相当する証書を、EU ETS排出枠の取引価格相当で購入することを義務付ける制度です。23年1月からの移行期間を経て、26年1月から輸入品にEU域内と同等の炭素価格を課す内容です。原産国の炭素税や排出量取引制度で支払ったことを証明できれば、その分は減免されます。排出枠を適切に購入していない場合はCO2換算で排出量1トン当たり100ユーロの罰金が科されます。欧州委員会は対象になる製品分野の拡大を検討するとしています。

こうしたEUの動きに対する米国のスタンスは明らかではありません。21年7月にクーンズ民主党上院議員からEUのCBAMに類似した国境調整に関する議員立法が提案されましたが、全米レベルのカーボンプライシング制度が存在しないため、すぐに導入することは難しい状況です。バイデン米大統領は就任以前には気候・環境対策が不十分な国からの炭素集約型製品に対する国境調整措置の適用を示唆したこともあり、今後の米国の動向が注目されます。

EUのCBAMの日本への影響については、対象5品目のEUへの輸出量が少ないこともあり、限定的と見られます。ただ、EUが対象の拡大を検討していることや、米国の動向によっては、対応を迫られる可能性もあります。工業製品ごとの温室効果ガスの排出量の測定方法の国際的なルールの整備や、国内のカーボンプライシングの強化について、速やかに検討を進めていく必要もあります。


左右スクロールで表全体を閲覧できます

EUの「Fit for 55」の全体像
プライシング 目標 規則
  • EU ETSの強化、海運・道路輸送・建物部門への拡大
  • エネルギー税制指令
  • 炭素国境調整措置(新規)
  • 努力分担規則
  • 農業、土地利用変化、林業規則
  • 再生可能エネルギー指令
  • エネルギー効率指令
  • 乗用車・小型商用車CO2排出規則
  • 代替燃料インフラ指令
  • 航空燃料規則(新規)
  • 船舶燃料規則(新規)
支援措置
  • 社会気候基金(Social Climate Fund)の新設、近代化基金・イノベーション基金の強化

(出所)欧州委員会資料より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

関連情報

この執筆者はこちらも執筆しています

2021年11月
カーボンプライシング最前線(上):CO2排出の負担可視化 企業・個人に変化を促す
『日経ヴェリタス』(2021年10月10日発行)
2021年7月
導入が検討されている「カーボンプライシング」とは何か?
『企業実務』2021年7月号
2021年5月
カーボンプライシングに関する世界の潮流とビジネスへの影響
『みずほグローバルニュース』 Vol.113 (2021年3月発行)
ページの先頭へ