人生100年時代と在職老齢年金の課題(1/2)
1. はじめに
人生100年時代を迎えて、高齢者の就労意識も大きく変わってきている。また、日本老年学会・日本老年医学会によれば、現在の高齢者は10~20年前の高齢者に比べ、身体機能が5~10年若返っているという。実際、就業や地域活動など何らかの形で社会との関わりを持つ高齢者が増えている。
このような状況を受けて、政府の「高齢社会対策大綱」(2018年)では、「年齢による画一化を見直し、全ての年代の人々が希望に応じて意欲・能力をいかして活躍できるエイジレス社会を目指す」ことが示されている。そして、「エイジレスに働ける社会」が優先度の高い政策目標となっている。
公的年金制度も、こうした社会経済状況の変化に合わせて変わっていく必要がある。一方、現行の公的年金制度には、就労する60歳以上の厚生年金受給者が一定以上の賃金を得ると年金額を支給停止する「在職老齢年金制度」がある。在職老齢年金制度は「エイジレスに働ける社会」と矛盾する。また在職老齢年金には、今後一層進んでいく高齢期の多様な働き方や生き方を抑圧する面があり課題と考えられる。
そこで本稿では、在職老齢年金制度の内容を概観した上で、65歳以上の給与所得者が増加している近年の状況を示す。次に、在職老齢年金の問題点を指摘する。最後に、同制度を撤廃した際に生じる財政負担への対応策を示す。なお本稿は、「第41回日本年金学会総会・研究発表会」(2021年10月22日)における筆者の発表内容の一部をベースにしている。
2. 在職老齢年金制度の概要
在職老齢年金には、60歳代前半を対象者にした「低所得者在職老齢年金(以下、低在老)」と、65歳以上を対象者とした「高年齢者在職老齢年金(以下、高在老)」の2種類がある。このうち低在老は、厚生年金保険の支給開始年齢の段階的引き上げが完了すれば(男性は2025年度、女性は2030年度)、対象者がいなくなり終了する。そこで以下では、65歳以上を対象者とした「高在老」を取り上げていく。
高在老の具体的な枠組みを見ると、就労する厚生年金受給者の「賃金(ボーナスを含む)」と「年金(基礎年金受給額を除いた報酬比例部分)」の合計月額が、基準額である47万円(2022年度)を上回ると、年金の一部または全額が支給停止となる。支給停止額は、賃金と年金の合計額から47万円を差し引いた額の半額である。一方基準額は、現役男子被保険者の平均月収(ボーナスを含む)から設定されており、名目賃金の変動に応じて改定される。
3. 在職老齢年金の経緯
在職老齢年金制度のこれまでの経緯を振り返ると、同制度が導入されたのは1965年である。1965年以前は、厚生年金保険の支給要件として、「支給開始年齢の到達」とともに、「退職」が挙げられていた。つまり、退職を保険事故と考えるので、在職中は年金を支給しないことが原則であった。
しかし、高齢者が就労しても低賃金の場合が多く、賃金だけでは生活が困難であった。そこで、1965年に65歳以上の在職者にも支給される特別な年金として「在職老齢年金制度」が導入された。1969年になると、在職老齢年金の対象者を60歳代前半に拡大した。
その後は、相対立する二つの考え方のもとで、在職老齢年金の改正が行われてきた。一つは、現役世代の負担に配慮して一定以上の賃金を得ている高齢者には、年金給付を我慢してもらうという考え方である。もう一つは、高齢期の就業を阻害しないことを重視して年金を受給できるようにする考え方である。二つの考え方の間を揺れながら、在職老齢年金制度の改正が行われてきた。
具体的には、基礎年金を導入した1985年改正で老齢基礎年金の支給開始年齢を原則「65歳」とし、厚生年金被保険者の年齢上限を「65歳未満」と設定した。それに伴い、在職老齢年金制度の対象者についても「65歳未満」と設定して、65歳以降は働いていても被保険者とならず、また年金額と賃金の調整も行われず、それまでの納付実績に基づいた年金額が満額支給される形で整理された。
そして2000年改正においては、現役世代の負担が重くなる中で、60歳代後半で報酬のある者は年金制度を支える側にまわってもらうという考え方から、厚生年金被保険者の上限年齢を「70歳未満」に引き上げ、60歳代後半についても、賃金と年金の合計額が現役世代の賃金収入を上回る者は在職老齢年金制度による支給停止の対象者となった。更に2004年改正では、70歳以上も厚生年金被保険者とはしないものの、在職老齢年金制度による支給停止の対象となった。
4. 65歳以上の給与所得者数の増加と高在老による支給停止者の状況
ところで、近年の労働市場の変化を見ると、65歳以上の給与所得者が急増している。65歳以上の給与所得者数を見ると、2007年の282万人が2019年には589万人となり、この12年間で2.09倍増加した(国税庁『民間給与実態統計調査』)。65歳以上人口に占める給与所得者の割合も、2007年の10.3%から2019年には16.4%と約6%ポイント上昇している。
特に給与所得者の比率が大きく伸歳代後半男性に占める給与所得者数の割合は2007年の25.5%が2019年には41.4%となり、約16%ポイントも上昇している(図表1)。
一方、60歳代後半女性の給与所得者数の割合も、2007年の14.7%が2019年には28.2%となり、約14%ポイントも高まっている。
なお、65歳以上の給与所得者の中には、現役時代に国民年金のみに加入していた人や、無年金者なども含まれている。これらの人々は、厚生年金受給権者ではないので、高在老の対象にはならない。
では実際に、高在老によって年金額が支給停止となった厚生年金受給権者はどの程度いるのだろうか。厚生労働省の調査によれば、2018年度末に、65歳以上で在職している厚生年金受給権者は248万人いる。このうち賃金(総報酬月額相当額)と年金額(報酬比例部分)の合計が基準額を超えている人は41万人いて、厚生年金受給権者の17%に該当する(図表2)。つまり、65歳以上の厚生年金受給権者の2割弱が支給停止となっている。
今後も就労する高齢者の増加が予想されるので、在職老齢年金による支給停止者は、確実に増加していくと考えられる。
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年齢 階層 |
年 | 給与 所得者数 (万人) |
平均給与 (控除前年収) (万円) |
年齢階層別人口 (万人) |
年齢階層別人口に占める給与所得者の割合 | |
---|---|---|---|---|---|---|
男性 | 65~69 歳 |
2007 | 96 | 398 | 375 | 25.5% |
2019 | 174 | 406 | 422 | 41.4% | ||
2019年対 2007年比 |
1.82倍 | 1.02倍 | 1.13倍 | 15.9%ポイント増 | ||
70歳 以上 |
2007 | 76 | 411 | 796 | 9.6% | |
2019 | 161 | 343 | 1138 | 14.2% | ||
2019年対 2007年比 |
2.11倍 | 0.83倍 | 1.43倍 | 4.6%ポイント増 | ||
女性 | 65~69 歳 |
2007 | 60 | 215 | 408 | 14.7% |
2019 | 126 | 211 | 449 | 28.2% | ||
2019年対 2007年比 |
2.11倍 | 0.98倍 | 1.10倍 | 13.5%ポイント増 | ||
70歳 以上 |
2007 | 50 | 253 | 1167 | 4.3% | |
2019 | 127 | 205 | 1579 | 8.0% | ||
2019年対 2007年比 |
2.52倍 | 0.81倍 | 1.35倍 | 3.7%ポイント増 |
(出所)国税庁『民間給与実態統計調査』より筆者作成。なお、「年齢階層別人口」は、総務省『国勢調査』により筆者作成。
図表2 「賃金」と「年金」の合計額別にみた65歳以上在職年金受給権者の構成比(2018年度末)
- (注1)支給停止は共済組合等が支給する年金額も含んで判定するが、上記分布の年金額には日本年金機構が支給する分であり共済組合等が支給する分は含んでいないため、基準額(46万円)(※2018年度の基準額)未満であっても支給停止されている者がいることに留意が必要。
- (注2)第1号厚生年金被保険者期間を持つ者が対象であり、第2~4号厚生年金被保険者期間のみの者は含まれていない。
- (出所)厚生労働省年金局「在職老齢年金制度の見直し」(第11回社会保障審議会年金部会、2019年10月9日、資料1)より転載し、一部筆者変更。
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