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人生100年時代と在職老齢年金の課題(2/2)

  • *本稿は、『企業年金』2022年10月号(発行:企業年金連合会)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 主席研究員 藤森 克彦

5. 在職老齢年金制度の課題

では、在職老齢年金にはどのような課題があるのだろうか。

第一に65歳以降に一定以上の賃金を得ると、従前の保険料拠出に見合った年金額を受給できないのは、長く働く高齢者への不合理なペナルティとなっている点である。社会保険は、拠出時には負担能力に応じて負担をして、給付時には所得に関係なく受給できることを原則とする。一定以上の賃金を得る高齢者を対象に年金額を支給停止する在職老齢年金は、こうした原則に反している。

また、年金額は保険料拠出に基づくものであり、それが65歳以上の就労によって損なわれるのは、「自助の強制」として拠出制を基本とする社会保険の精神にも反する。

第二に、在職老齢年金は給与所得のみを対象にしており、資産所得などを対象にしていない点である。これは給与所得者に不公平感を抱かせる。今後、在職老齢年金による支給停止を避けるために、同じ職務を継続しているにもかかわらず、雇用契約から請負契約によって給与所得者となることを避ける事例などが増加することも考えられる。

第三に、在職老齢年金の支給停止相当分は、繰下げ受給による増額の対象とならない点である。老齢年金の支給開始年齢は65歳に設定されているが、実質的には60~75歳の間で自由選択制になっている。そして、受給開始時期を66~75歳までの間に繰り下げると、繰り下げた年数に応じて増額した年金を死亡するまで受け取ることができる。具体的には、70歳で受給を開始した場合は、65歳に受給を開始した場合に比べて1.42倍の年金額を受け取れる。75歳で受給を開始した場合には、1.84倍の年金額を受給できる。

繰下げ受給は、終身で給付される公的年金の受け取り方として合理的な選択であり、高齢者の老後の生活設計に多様な選択肢が生まれるようになる。しかし、高在老の支給停止部分はその対象にならない。これも、長く働く高齢者にペナルティとなっている。

第四に、今後現役期に近い働き方をする高齢者の増加が予想されるが、高在老はこうした人々に年金不信をもたせてしまう。総務省『労働力調査』によれば、正規雇用で働く高齢者は2010年の74万人が、2020年には120万人となり、この10年間で1.62倍も増えている。

以上の点から、筆者は高在老を撤廃すべきだと考えている。これに対して、高在老の撤廃は「高賃金者優遇」との批判もある。

しかし、65歳以上の年金受給権者の年金月額を、報酬比例部分の平均額7.1万円として基準額47万円を超える「賃金月額(ボーナス込み)」を求めると、40万円となる。

ところで、厚生労働省『令和2年賃金構造基本統計調査』によれば、賃金月額40万円は、30代半ばの正社員(企業規模計10人以上)の賃金月額に相当し、「高賃金」とまではいえない。換言すれば、高在老の撤廃による恩恵は、必ずしも「高賃金者」に限られるわけではない。現役世代に近い働き方を続ける高齢者にとって、老後生活の経済基盤を充実させるものである。

6. 高在老の撤廃に伴う所得代替率の低下への対応

ところで、高在老を撤廃すれば、その分厚生年金保険の給付が増えるので、新たな負担となる。この点、高在老の撤廃から生じる負担を給付水準で調整すると、経済成長と労働参加が進むケースIIIでは、報酬比例部分の所得代替率は現行制度よりも0.4%ポイント低下すると推計されている。

しかし、高在老の撤廃を「厚生年金保険の適用拡大」とセットで行えば、高在老の撤廃による所得代替率の低下を補うことが可能である。厚生年金保険の適用拡大とは、パートやアルバイトなどの短時間労働者を、被用者グループの年金制度である厚生年金保険に加入できるようにするものだ。短時間労働者の多くは、被用者でありながら、現在国民年金に加入している。適用拡大によって厚生年金保険が適用されれば、基礎年金に加えて報酬比例年金を受けられるようになる。これによって、高齢期の防貧機能を強化できる。

既に2020年の年金改正では、適用拡大の企業規模要件が現状の「従業員数501人以上の企業」を段階的に「同51人以上の企業」まで広げていくことが決定されている。これにより、新規の厚生年金の適用者は65万人と推計されている。

新規の適用拡大の規模が65万人では、所得代替率の低下を補うことには限界があるが、今後適用拡大を更に広げていけば、高在老撤廃に伴う所得代替率の低下を賄える。厚生労働省『2019(令和元)年財政検証結果レポート』のオプション試算によれば、適用拡大を125万人ベースで実施すれば、2046年の所得代替率は0.5%ポイント増加すると推計されている(図表3)。また、325万人ベースで適用拡大した場合は1.1%ポイント増、1050万人ベースでは4.8%ポイント増と推計されている。このように、高在老の廃止を適用拡大とセットで実施すれば、所得代替率の低下を十分に補うことが可能である。


図表3 「高在老の廃止」による所得代替率の低下への対応 ―「適用拡大」とセットで実施―
図表3

  1. (出所)厚生労働省年金局「在職老齢年金制度の見直し」(第11回社会保障審議会年金部会、2019年10月9日、資料1)および同(2019)「2019年財政検証結果レポート」に基づき、筆者作成。

7. おわりに

以上のように、在職老齢年金は「エイジレスに働ける社会」と矛盾し、長く働くことを実践している高齢者にペナルティを科してしまっている。今後、支給停止者の増加に伴って、公的年金への不信感を抱く人が増加する懸念がある。

また在職老齢年金には、高齢期の多様な働き方や生き方の選択を抑圧する面がある。在職老齢年金が実際に就業抑制をもたらすかどうかにかかわらず、中立的な制度とすべきである。

冒頭で示した通り、日本老年学会・日本老年医学会によれば、10~20年前の高齢者に比べ、現在は身体機能が5~10年若返っているという。人生100年時代を迎えて、65歳以上の就労状況や意識は、今後も大きく変わるだろう。公的年金制度への信頼を損なわないためにも、高在老の撤廃を検討すべきと考える。

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