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65歳以上の給与所得者の増加と在職老齢年金の見直し

  • *本稿は、『月刊社労士』2022年3月号(発行:全国社会保険労務士会連合会)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 主席研究員 藤森 克彦

1. はじめに

少子高齢化が進展する中で、政府は「エイジレスに働ける社会」を優先度の高い政策目標に掲げている。実際、60歳代後半を中心に、近年、就労する高齢者が急増している。

一方、公的年金制度をみると、就労する60歳以上の厚生年金受給者が一定以上の賃金を得ると年金額を支給停止する「在職老齢年金制度」がある。2020年の年金制度改正法によって、60歳代前半の在職老齢年金については、支給停止の仕組みを緩和する措置が決まったが、そもそも在職老齢年金制度は「エイジレスに働ける社会」と矛盾し、高齢期の多様な働き方を抑圧する面がある。

そこで本稿では、在職老齢年金制度を概観した上で、65歳以上の給与所得者が増加している近年の状況を示す。次に、在職老齢年金の問題点を指摘する。最後に、同制度を撤廃した際に生じる財政負担への対応策を示す。

なお本稿は、「第41回日本年金学会総会・研究発表会」(2021年10月22日)における発表内容をベースにしている。

2. 在職老齢年金の概要

在職老齢年金には、60歳代前半を対象者にした「低所得者在職老齢年金(以下、低在老)」と、65歳以上を対象とした「高年齢者在職老齢年金(以下、高在老)」の2種類がある。このうち低在老は、厚生年金保険の支給開始年齢の段階的引き上げが完了(男性は2025年度、女性は2030年度)すれば、対象者がいなくなる。そこで以下では、65歳以上を対象者とした「高在老」を取り上げる。

高在老は、現役世代の負担に配慮して、一定以上の賃金を得ている高齢者には、年金給付を我慢してもらうという考え方に基づく。一方で、高齢者の就労抑制にならないようにバランスがとられてきた。

高在老の具体的な枠組みをみると、就労する厚生年金受給者の「賃金(ボーナスを含む)」と「年金(基礎年金受給額を除く)」の合計月額が47万円(基準額)を上回ると、年金の一部または全額が支給停止となる。支給停止額は、賃金と年金の合計額から47万円を差し引いた額の半額である。一方、基準額は、現役男子被保険者の平均月収(ボーナスを含む)から設定されており、名目賃金の変動に応じて改定される。

2018年度末には、65歳以上で在職している厚生年金受給権者(248万人)の17%(41万人)が支給停止となっている。

3. 65歳以上の給与所得者の増加状況

近年の労働市場の変化をみると、65歳以上の給与所得者が急増しており、在職老齢年金による支給停止者の増加も推察される。65歳以上の給与所得者数をみると、2007年の282万人が2019年には589万人となり、この12年間で2.09倍増加した(国税庁『民間給与実態統計調査』)。65歳以上人口に占める給与所得者の割合も、2007年の10.3%から2019年には16.4%と約6%ポイント上昇している。

特に給与所得者の比率が大きく伸びているのは、60歳代後半である。男女別にみると、60歳代後半男性の給与所得者数は、2007年の96万人が2019年には174万人と1.82倍増加した。60歳代後半男性に占める給与所得数の割合も2007年の25.5%が2019年には41.4%と約16%ポイントも上昇している。

一方、60歳代後半女性においても、給与所得者数は2007年の60万人が2019年には126万人と2.11倍増え、同給与所得者数の割合も、2007年の14.7%が2019年には28.2%と約14%ポイントも高まっている。

ちなみに、粗い試算ではあるが、厚生年金報酬比例部分の平均年金月額や厚生労働省『賃金構造基本統計調査』から支給停止額に相当する「所定内給与額」を試算して、2010年と2019年の支給停止者数を推計すると、2019年の支給停止者数は2010年のほぼ2倍と考えられる。

今後も就労する高齢者の増加が予想されるので、在職老齢年金による支給停止者は、確実に増加していくと考えられる。

4. 在職老齢年金制度の問題点

では、在職老齢年金にはどのような問題があるのだろうか。

第一に、65歳以降に一定以上の賃金を得ると、従前の保険料拠出に見合った年金額を受給できないのは、長く働く高齢者への不合理なペナルティとなっている点である。社会保険は、拠出時には負担能力に応じて負担をして、給付時には所得に関係なく受給できることを原則とする。一定以上の賃金を得る高齢者を対象に年金額を支給停止する在職老齢年金は、こうした原則に反している。

また、保険料拠出に基づく年金額が65歳以上の就労によって損なわれるのは、「自助の強制」として拠出制を基本とする社会保険の精神にも反する。

第二に、在職老齢年金は給与所得のみを対象にして、資産所得などを対象にしていない点である。これは、給与所得者に、不公平感を抱かせる。今後、在職老齢年金による支給停止を避けるために、同じ職務を継続しているにもかかわらず、雇用契約から請負契約に切り替える事例が増えることも考えられる。

第三に、在職老齢年金の支給停止相当分は、繰下げ受給による増額の対象とならない点である。繰下げ受給は、終身で給付される公的年金の受け取り方として合理的な選択であるのに、高在老の支給停止部分はその対象にならない。これも、長く働く高齢者にペナルティとなっている。

第四に、今後、現役期に近い働き方をする高齢者の増加が予想されるが、高在老はこうした人々に年金不信をもたせてしまう。総務省によれば、正規雇用で働く高齢者は2010年から2020年にかけて62%も増えている。

以上の点から、筆者は、高在老の撤廃を検討すべきだと考えている。これに対して、高在老の撤廃は「高賃金者優遇」との批判もある。しかし、基準額47万円から厚生年金報酬比例部分の平均額などを差し引いた「所定内給与額」は40歳前後のそれに近い。高在老の撤廃の恩恵は、必ずしも「高賃金者」に限られるわけではない。

5. 高在老の撤廃に伴う所得代替率の低下への対応

ところで、高在老を撤廃すれば厚生年金保険の給付が増えるので、報酬比例部分の所得代替率が低下する。厚生労働省『2019(令和元)年財政検証結果レポート』のオプション試算によれば、高在老の撤廃によって、2047年の報酬比例部分の所得代替率は現行制度よりも0.4%ポイント低下すると推計されている(ケースIII)。

しかし、高在老の撤廃を「厚生年金保険の適用拡大」とセットで行えば、高在老の撤廃による所得代替率の低下を補うことが可能である。例えば、125万人ベースで適用拡大すれば、2046年の所得代替率は0.5%ポイント増加すると推計されている。また、325万人ベースで適用拡大した場合は1.1%ポイント増、1,050万人ベースでは4.8%ポイント増と推計されている。

6. おわりに

以上のように、在職老齢年金は「エイジレスに働ける社会」と矛盾し、長く働くことを実践している高齢者にペナルティを科してしまっている。今後、支給停止者の増加に伴って、公的年金への不信感を抱く人が増加する懸念がある。

日本老年学会・日本老年医学会によれば、10~20年前の高齢者に比べ、現在は身体機能が5~10年若返っているという。人生100年時代を迎えて、65歳以上の就労状況や意識は、今後も大きく変わるだろう。公的年金制度への信頼を損なわないためにも、高在老の撤廃を検討すべきである。

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