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「新しい資本主義」と所得の再分配

  • *本稿は、『週刊東洋経済』 2022年7月16日号(発行:東洋経済新報社)の「経済を見る眼」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております。

みずほリサーチ&テクノロジーズ 主席研究員 藤森 克彦

岸田文雄政権は、6月に「新しい資本主義へ」と題した「骨太の方針」を閣議決定した。昨年12月の岸田首相の所信表明演説によれば、「新しい資本主義」とは、行き過ぎた市場主義で拡大した貧困や格差を「分配」によって是正するとともに、「成長」も実現する新たなモデルだという。

「新しい資本主義」の考え方には不明な点も多いが、社会保障による所得の再分配機能を強化して、経済成長を下支えするのであれば歓迎したい。所得の再分配とは、労働市場などで得た所得から、負担能力に応じて税金や社会保険料を徴収し、それを財源にして、生活困窮をはじめ病気などのリスクに直面した人に、必要度に応じて社会保障給付を行う仕組みである。再分配によって、貧困や格差を是正することができる。

この点、再分配後の所得で見た相対的貧困率(2018年)を主要先進国で比較すると、日本の貧困率(15%)は、米国(18%)よりは低いものの、英国(12%)、ドイツ(10%)、フランス(8%)より高い水準になっている。再分配による貧困率の改善度を見ても、日本は米国に次いで低い。ジニ係数で見た格差も、ほぼ同様の状況だ。日本が貧困や格差を是正するには、今より所得の再分配を強化する必要がある。

これに対して、再分配の強化は社会保険料や税の引き上げを伴うので、人々の可処分所得が減少して消費が低迷するとの批判がある。

しかし、これは負担のみに着目した一面的な見方だ。徴収した社会保険料や税は、必要度に応じて社会保障給付となって分配されていく。分配まで考えれば、必ずしも消費の低迷を招くわけではない。

むしろ、長年続く需要不足を考えれば、再分配の強化は、以下の点から消費を下支えして経済成長に資することが考えられる。

第1に、高所得者から低・中所得者に行われる再分配は消費を高める。なぜなら、低・中所得者は高所得者に比べて消費性向が高く、貯蓄よりも、生活のための消費を優先するからだ。

第2に、医療、介護、年金などの社会保険は、すべての所得階層が利用しているので、社会保険の強化は将来への不安を緩和させ、国民が安心して消費する基盤となる。例えば、重い病気になっても、公的医療保険によって少ない自己負担で治療を受けられるので、貧困に陥ることを防げる。重い病気に備えた過度な貯蓄が不要となり、安心して消費することができる。

第3に、労働力保全と雇用創出機能である。例えば、公的介護保険を拡充すれば、親の介護のために離職する人を減らし、就労継続できる人を増やせる。また、社会保障の強化は、医療・介護、子育てなどの分野で多くの雇用を創出する。労働力と雇用の場が増えれば、そこに新たな消費が生まれる。

最後に、社会保障給付に要する費用のうち、約9割は医療、介護、年金などの社会保険が占め、中間層が貧困に陥ることを防いでいる。これは、経済成長のみならず、社会の安定化に寄与している。いわば再分配は、資本主義経済を維持するとともに、社会の分断を防ぐための装置でもある。

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