成長分野への労働移動と学び直し
- *本稿は、『週刊東洋経済』 2022年11月19日号(発行:東洋経済新報社)の「経済を見る眼」に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと掲載しております
みずほリサーチ&テクノロジーズ 主席研究員 藤森 克彦
1975年、セントラル・リーグで初優勝した広島東洋カープの助っ人は、元米大リーガーのゲイル・ホプキンス選手だった。彼は77年まで日本で活躍し、米国に帰国後、医師になった。
同選手は、早い時期から引退後は医師になると決めていた。カープ在籍中も、練習の合間に医学書を読み、休日は広島大学医学部で実験を行うなど、医師になるための準備を続けていたという。
人生100年時代を迎える中で、現役期間が短い野球選手に限らず、一般の人も1つの企業にとどまらず、新分野に挑戦することが増えている。また、技術革新は著しく、職業人生を自らマネジメントするためにもスキル強化が求められる。
岸田文雄政権は10月に総合経済対策を発表した。目玉政策の1つは「人への投資」であり、5年間で1兆円を投入する。具体的には、訓練をして非正規雇用を正規雇用に転換する企業への支援、在籍者の学び直しから転職までを支える制度の創設、労働者の学び直しへの支援強化などである。
しかし、これまでの社会人の学び直し(リカレント教育)を見ると、成果を上げてきたとは言いがたい。例えば、リカレント教育に関するOECD(経済協力開発機構)の評価を見ると、賃金リターンなどの効果について日本は34カ国中33位。訓練の有用性や将来ニーズに対応した訓練の実施などについては31カ国中最下位になっている。
その一因として、日本型雇用システムが挙げられる。このシステムでは、社員自ら教育投資を行っても、それに合った職務に就けるとは限らない。企業の人事権が強く、配置転換もあるためだ。学び直しには、社員が描くキャリア形成の尊重も重要だ。
また、労働力が減少する日本において重視すべきは、成長分野に労働者を移す仕組みとセットで学び直しを考える、マクロ的観点である。この点、参考になるのが、スウェーデンの取り組みだ。
スウェーデンでは、産業別労働組合が経営者団体と交渉して、業種ごとの賃金を決める。つまり、同一産業の各企業は、同じ業種であれば「連帯賃金」と呼ばれる同一の賃金を支払う。そして、生産性の低い企業は、同一賃金を支払うことが難しいので、合理化を図るか、市場からの撤退を迫られる。
その際、スウェーデン政府が注力するのは、低付加価値企業の救済ではなく、撤退した企業で働いていた人々の生活保障と学び直しである。質の高い職業訓練を行って、低付加価値企業から高付加価値企業への労働移動を促していく。これが、スウェーデンの高福祉を支える成長戦略になっている。
ひるがえって日本を見ると、連帯賃金はないものの、企業には最低賃金や社会保険料の事業主負担が課せられている。折しも近年、最低賃金の引き上げや、短時間労働者への被用者保険の適用拡大が行われている。これは、ある意味、企業に付加価値の高い仕事の創出を求めている。対応できない企業の社員については、政府が学び直しを支援して、可能な限り成長分野に移していく。労働力の希少性が増す中、労働移動と組み合わせた学び直しが重要になる。
関連情報
この執筆者はこちらも執筆しています
- 2022年12月
- 人生100年時代と在職老齢年金の課題
- 『企業年金』2022年10月号
- 2022年9月
- 多様化する「家族の姿」と働き方改革
- 『週刊東洋経済』 2022年9月17日号
- 2022年7月
- 「新しい資本主義」と所得の再分配
- 『週刊東洋経済』 2022年7月16日号