ページの先頭です

Web Highlights

■「働く時間」の柔軟性・「働く場所」の自由度は高まっていく
新型コロナウイルス感染拡大に伴う政府の緊急事態宣言の全面解除から約3カ月が経過しようとしているが、都市部を中心に再び感染が拡大しており、収束が見通せない状況が続いている。持久戦の構えが必要とされ、社会・経済活動のすべてが新型コロナ以前の状態に戻るという見方は薄れている。

この間、多くの企業が感染対策と企業活動の両立に向け、デジタルツールを導入してテレワーク環境を整え、働き方や仕事の進め方の「新常態(ニューノーマル)」を推進してきた。東京商工会議所が5月下旬から6月上旬にかけて会員企業12,555社(1,111社回答)を対象に実施した調査によると、テレワークの実施率は63%と、3月調査時に比べ41.3ポイント増加した(注1)。従業員規模が大きくなるに従い実施率は高いが、従業員数30人未満の企業でも実施率は45%だった。

コロナ禍によって、在宅勤務を含むテレワークを初めて経験した人は少なくないと思われるが、今後も企業の間では、時差出勤やフレックスタイム制など「働く時間」の柔軟性を高める仕組みや、在宅勤務など「働く場所」の自由度を高める取り組みが広がっていくことは間違いない。一方、コミュニケーションのあり方や人事評価の仕組みなどに工夫を施さないまま働く時間や場所を変えたところで、企業活動の維持・拡大に支障をきたす恐れがある。経営や人事部門は、テレワークなどの取り組みを行ったことで歩みを止めるのではなく、組織や社員が社会・経済の変化に適応しながら成果を出していく意識づけの旗を振り、自社に相応しい新常態を創り出していく必要がある。

■ビジネスモデル見直しとともに、既存の仕組みや制度、風土も変革する
では、新型コロナと共存する「ウィズコロナ」の時代の働き方を浸透・定着・推進させていくために、人事部門はどのような施策を検討・実行していくべきだろうか。以下に5つのポイントを示す。

(1)柔軟性・自由度の高い働き方ができるシステムや制度の導入
日本労働組合総連合会(連合)の「テレワークに関する調査2020」(2020年6月)によると、今年4月以降にテレワークを行った全国の18~65歳の男女1,000人のうち、「テレワークの継続を希望する」と回答した割合は81.8%に上った(注2)。テレワークのメリットとしては「通勤がないため、時間を有効に利用できる」(74%)を筆頭に、服装や時間、場所を選ばずに仕事ができる柔軟性や自由度を評価する意見が続いている。他方、デメリットとしては「勤務時間とそれ以外の時間の区別がつけづらい」(44%)が最多で、「運動不足になる」「上司、同僚とのコミュニケーションが不足する」の順となっている。また、回答者の半数超(51.5%)が「通常の勤務よりも長時間労働になることがあった」とする一方で、テレワーク継続非希望者の32.4%が「業務の効率が低下する」としている。

この調査結果から見て取れるのは、テレワークを行うことにより、物理的な移動機会が減少して時間の柔軟性や場所の自由度が高まる半面、時間の使い方が上手くいかないなどの理由で必ずしも生産性向上に結び付いていない状況だ。テレワークを生産性向上に結び付けられない主な要因としては、テレワークという働き方が自身の職種や業務内容と親和性が低いこと、自己管理能力や周囲のサポート体制によって成果に差が生じること、上司や同僚の理解が十分でないことなどが考えられる。

(2)どのような業務が柔軟性・自由度の高い働き方に適合しているかを判断し、成果を評価できる管理職の育成
柔軟性や自由度の高い働き方ができるシステムや制度の導入後、生産性を維持・向上していくうえでは、管理職が自組織の業務の要所(誰が、何を、いつまでに、どういう状態に仕上げるか)を押さえることが肝要だ。それを行わない限り、部下はただ離れた場所で仕事をすることになり、見えていなかった業務がさらに見えなくなる。

私がコンサルティングを通じて知り合った企業の中には、管理職が部下に対して必要以上に業務報告を求めたり、テレワークが行える環境であるにも関わらず出社を指示したりする事態が発生し、部下から人事部門に苦情が寄せられることがしばしばあると聞く。コロナ禍以前からコミュニケーションに問題があったと推測されるが、働き方の新常態では、一律な管理しかできない、あるいは組織の業務を十分に把握できない管理職は厳しい立場に追い込まれるに違いない。人事部門は、管理職に対し、自組織のどの業務が柔軟性・自由度の高い働き方に適合するかを判断する一方、部下の状況に応じて差配し、事実に基づいて成果を評価することを求めるべきだ。

そのためには、例えば多面評価のような人事評価に直接結びつかない仕組みを使って管理職に気づきを与え、自組織の業務や部下と向き合わせることも選択肢の1つとなり得る。また、管理職の評価力を高める取り組みも有効であると考える。直接対面する機会が減った今だからこそ、定期的に「1 on 1」のような対話を取り入れたり、管理職1人の視点だけではなく部下と関わりのあるメンバーに働きぶりを聞くなど(ギャラリー評価)、積極的に客観的な材料を集めたりする必要がある。例えば、ある企業では「評価力育成会議」と呼ばれる会議を開催。1次評価者の管理職を複数人集めて、各々が部下の評価の根拠(=具体的な事実)を説明し、どういった行動や成果がどの水準の評価に当てはまるかを全員で議論している。この議論を通じて、管理職の目線を合わせる効果に加え、管理職として部下への業務の割り振りや目標設定を明確にしなければ評価の根拠を示せないことに気づき、マネジメントのあり方を考え直させるきっかけともなる。他方、人事部門が管理職のマネジメント適性を見極められることも会議の大きな目的となる。

(3)自身で一定の質を保ち遂行・完結可能な業務を増やしていこうとする社員の育成
生産性の維持・向上は管理職だけの問題ではない。部下にも、自らの役割を認識し、担当業務の要所を押さえ、時間や場所に捉われずに成果を上げる一方、自身で遂行・完結できる業務を増やしていくことが望ましい姿であるという意識づけが必要だ。

テレワークで働きぶりが見えにくくなり、仕事のプロセスが組織で共有されにくくなる中で、社員には、離れた場所で仕事をしても生産性が落ちない自己管理がより一層求められる。そのため人事部門には、自社の等級や評価制度の定義を修正したり、項目を追加したりして意識づけを強める対応が必要となる。また、働き方の新常態への転機を捉えて、これまで曖昧であったかもしれない業務の要所を管理職と部下の間で明確にし、成果目標の設定と評価のサイクルをしっかりと回していくことが大切だ。

ただし、「やるべきこと」の範囲や難易度は、部下によって異なるため、自己管理には、自身で完結できない業務に対して周囲からサポートを受けることも含まれる。前述の連合の調査では、テレワークのデメリットとして「上司、同僚とのコミュニケーションが不足する」ことが挙げられていたが、非対面の状況であってもコミュニケーションやサポートが円滑に行える環境をつくることは、組織全体で克服していくべき課題となる。

(4)必要に応じてチームで協力し、業務が行える風土の醸成
コミュニケーションやサポートを円滑に行えるかどうかは、ひとえに風土の問題ともいえる。そうした風土が醸成されない組織では、(1)~(3)の施策も十分に機能しないと思われる。キーワードは「心理的安全性」だ。

ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が1999年に提唱した心理的安全性とは、単にチームのメンバーの仲が良い状態を指すのではなく、たとえ相手と異なる意見を表明しても人間関係が悪化する心配がなく、チームのメンバー1人ひとりが立場の上下や年齢に関係なく思ったことを言い合い、組織としてそれを受け止められる環境にあることをいう。

心理的安全性が欠如していると思われる事例を紹介する。ある企業の支社では、社員が各々に「意見を言えば余計な仕事が増えると考え、お互いに意見を言わない」「情報を共有しない」「自分の業務だけを考え、他人の業務へ興味をもたない」「(育成を面倒がって行わないため)個人のレベルが上がらず、組織としてのレベルも上がらない」……という状況にあり、緊急事態宣言下で通常営業がままならず、業績は下降した。この期に及んで支社長は、社員の業務守備範囲の狭さに気づき、風土改革の手を打ち始めたが、社員の姿勢に変化はなく、状況は好転していないという。この事例からは、テレワークなど社員が個別に業務を行う環境が広がる中で、心理的安全性が確保されなければ、必要なコミュニケーションがとれないまま、業務の質が保てなくなったり、人材が成長しにくくなったり、徐々に悪循環に陥っていくことが容易に想像できる。

組織に心理的安全性があるかどうかは、以下のチェックリストで診断できる。1項目でもチェックが入らないようであれば、その組織の心理的安全性は十分といえない。

□ 不満や愚痴、失敗談を含めて、意見を共有している
□ 異なる意見が出ても全員で受け止めている(否定しない)
□ 最終的に建設的な議論に変えている

部下に「遠慮なく意見を言って」と伝えているのに、部下が意見を言ってくれないと感じている管理職は多いのではないだろうか。自身は部下の意見にすぐに否定的な返答をしたり、失敗をとがめたりしていないだろうか。些細なことと思うかもしれないが、こういったことに起因して部下は委縮し、意見や質問をすることに前向きになれなくなる。誰しも周囲に無知や無能と思われたくない。管理職は、そういった不安を乗り越えて部下が意見や質問をすることが、組織にとってポジティブであると考えて接することが必要だ。他方、そうした風土の醸成には、管理職が常に意識して行動するだけでは不十分で、組織全体としての意識づけが不可欠だ。心理的安全性を体現するメンバーを1人でも多く育成することが、管理職にとって重要な使命であることはいうまでもない。

とはいえ、いきなり体現することは難しい。最初は、「まず部下の意見を聞き、否定をしないルールを徹底した企業」「組織全員を対象としたチャットを立ち上げて、いつでも相談できる環境を作った企業」「テレワークを行っている中で、ある特定の日時を新人育成やよろず相談にあてる当番をつくった企業」など、さまざまなアイデアを参考にして始めてもよい。一方、人事部門は、コミュニケーションが行える環境やシステムを整備することに加え、特に管理職に対して心理的安全性の重要性を伝え、心理的安全性のある組織をつくるにはどうしたらよいかを一緒に考え、その後、実際につくれているかを評価していくことが大きな責務となる。

(5)変化に適応するためのアイデアを具現化する風土の醸成
(1)~(4)の取り組みを進めつつ、社会・経済の環境変化に適応するアイデアを出し、それを目に見える形にすることを促す仕掛けを制度に含められればさらによいと思う。今後、企業の競争力を左右するのは、社会・経済の環境変化とともにビジネスや生活のスタイルの多様化が進む中で、自社の製品やサービスがどこで活用、あるいは応用できるかを役職、年齢を問わずにアイデアが出せる風土を創出できるかどうかであろう。

グループウェア大手のサイボウズは、ワークライフバランスに配慮した制度構築や、社内コミュニケーションを活性化する施策を実施した結果、15年前に28%に上った離職率が最近は4~5%に低減している。試行錯誤を繰り返しながら、多様性を尊重する風土を創り上げた結果だと思われる。

ウィズコロナの時代を見据え、企業は社会・経済活動の変化にどのように適応していくかが試されている。苦しくも厳しい状況である今こそ、コロナ禍を乗り越えられるよう、自社の風土を見直し、自社に相応しい「新常態」に移行していくことを積極的に考えていくべきである。

注1:東京商工会議所「『テレワークの実施状況に関する緊急アンケート』調査結果」(2020年5月11日)
https://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=1022367

注2:日本労働組合総連合会(連合)「テレワークに関する調査2020」(2020年6月30日)
https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20200630.pdf

(2020年8月20日)

ページの先頭へ