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■経済の回復力は弱く、経営環境は激変の兆し
企業を取り巻く外部環境は、この数年の間で激変するかもしれない。内閣府が8月17日に発表した2020年4~6月期の国内総生産(GDP、季節調整値)は、前期比▲7.8%(年率▲27.8%)の大幅なマイナス成長となった。リーマン・ショック後の2009年1~3月期の前期比年率▲17.8%より深い落ち込みだ。みずほ総合研究所では、2020年度の日本経済の成長率は、消費自粛や輸出の下押しを受けて▲6.0%と予想する一方、雇用・賃金と設備投資の調整が進むことや、消費活動の制限が続くこと、感染再拡大への警戒が家計・企業活動を委縮させることから、2021年度末までの回復ペースは緩慢になると見ている(注1)。

国内経済の回復力が弱い中で、少子高齢化・人手不足やデジタル化、グローバル化といった従来からの環境変化が加速していくリスクには注意を要する。新型コロナの感染防止と企業活動の両立を図るうえでは、コロナ禍で一気に広まったテレワーク(在宅勤務)や会議・採用・研修などのオンライン化、リモート化など、デジタル化への対応は避けて通れない。また、次世代通信規格「5G」や、あらゆる機器がネットワークでつながるIoTなどのデジタル技術は加速度的に進化し、社会・経済では遠隔診療やオンライン授業、自動運転技術の確立、物流・製造現場におけるスマート化などが普及していくだろう。

「中小企業白書(2020年版)」によると、大企業と中小企業の1人当たり付加価値額(労働生産性)には大きな開きがある(注2)。今後、生産性向上や社内環境へのデジタル投資は拡大していくと予想されるが、投資余力の小さな中小企業は、大企業のサプライチェーン(供給網)や社会のデジタル化から取り残されかねない。他方、デジタル化の進展とともに、これまで国境を越えたビジネスで制約となっていた地理・時間・言語などの壁は低くなり、海外企業による日本進出は活発化が予想される。中小企業にとっては、国内企業との競争どころか、グローバル化の波に飲み込まれかねない恐れさえある。

■「後継者難倒産」は過去最多を記録、事業承継問題が深刻化
一方、東京商工リサーチが8月11日に発表した全国の7月の企業倒産件数(負債額1,000万円以上)は今年最多の789件だった。コロナ禍で打撃を受けた企業倒産の増勢が続く中で注目したいのは、「後継者難倒産」の急増だ。2020年上半期(1~6月)は194件、前年同期に比べて約1.8倍増となり、集計を開始した2013年以降、過去最多を記録した(注3)。新型コロナの収束が見通せない中で、経営者の高齢化や人手不足による事業承継問題は深刻さを増しており、社内に後継者がいない企業の中には、これまで想定してこなかったM&Aを具体的に検討し始めるケースも少なくないとされる。

新型コロナは図らずも、多くの企業で働き方やIT活用のあり方を変える一方、外食・小売業など業界によってはビジネスモデルを大きく変えようとしている。このような変化は、どの業種や業界であっても、程度の差はあるが起きていることだ。ウィズコロナ時代の事業承継において後継者は、こうした外部環境の急速かつ大きな変化を踏まえ、コロナ後を見据えた中長期的な視点から、生産性を高めたり、事業や会社全体の付加価値を向上させたりするような「構造変革」の可能性を模索することが必要だ。

自社を取り巻く外部環境の変化に応じて変わっていかなければ「ゆでガエル」になってしまいかねない。とりわけ、後継者として子息・子女などへの親族内承継を考えているオーナー企業の場合は、今回の新型コロナを奇貨とし、後継者が中心となり、次世代に向けた構造変革を推し進めていくチャンスとすべきであろう。

■「バリューチェーン視点」で構造変革の可能性を検討
構造変革の可能性を模索するうえで、まず必要となるのは「バリューチェーン視点」の発想だ。バリューチェーン視点とは、部門ごとに変革の可能性を検討するのではなく、仕入先や協力会社、顧客なども含めたビジネスプロセスの川上から川下まで、一連の流れを視野に入れて変革の可能性を探ることである。部門ごとの検討では構造変革の広がりに限界があるが、バリューチェーン視点で発想することによって、より多くの部門や関係者を巻き込む形で構造変革の可能性が開けてくる。例えば、自社に「納期対応力の向上」という課題がある場合は、特定部門だけで変革を検討しても、その部門だけの課題解決にとどまる。一方、バリューチェーン視点の発想で検討すれば、仕入先や協力会社も含めてITを活用したり、業務改善や情報連携のルールを定めたりすることで、一部門の枠を超えたより大きな成果が期待できる。バリューチェーン視点を実践した2つケースを紹介する。

1つめは、トヨタ自動車の生産方式だ。トヨタ生産方式は、消費者ニーズを満たすことを最大の目的に、ムダを徹底的に省くことを最優先課題としている。その手法としてよく知られる「カイゼン」は、バリュー視点の発想で、自社工場だけでなく購買先や協力会社などを含めて「品質(Quality)」「コスト(Cost)」「納期(Delivery/Time)」の向上を徹底するために考案された取り組みである。この取り組みを徹底することにより、トヨタはさまざまな車種・価格の自動車を生産しながら、原価を最小化することで利益の最大化を実践している。

2つめは、ある損害保険会社の保険販売だ。契約率を引き上げようと、主力の販売チャネル(販売協力会社)である自動車ディーラーと一緒になって販売方法の見直しを行い、新車販売の商談プロセスのどのタイミングで保険契約を勧めるのが契約率アップにつながるかを追求した。また契約更新時においても、顧客への案内の通知や、通知後のフォローのタイミングなど一連の保険販売のチャンスをディーラーの営業プロセスの中に組み込んだところ、保険契約率が大幅にアップ。損害保険会社とディーラーとの間で、IT活用や業務改善、情報連携などの方法論を見直したことが功を奏した。

構造変革の可能性を模索する際は、こうした成功事例を自社に置き換えて取り組んでもよいだろう。一方、「変革」ではなく「持続」を目的としたバリューチェーン視点の発想も見逃せない。とりわけ中長期的な視点で自社のバリューチェーンを展望し、競争力の持続性に潜むリスクに注意を払いたい。建設業界では協力会社に中小・零細企業が多く、後継者不在による事業承継問題や、職人の高齢化に伴う技能承継問題を抱えている企業が少なくないとされる。元請け会社には、協力会社が直面する状況を他社の問題として捉えるのではなく、バリューチェーン視点の発想で、顧客へ提供する商品・サービスの価値低下につながりかねない自社の問題として対処することが必要だ。後継者不在の事業承継問題を解決するのは容易でないが、技能承継問題の方は、元請け会社として協力会社に対し、採用強化による人材確保や、職人の作業風景を動画撮影した技能教材の整備を通じた人材育成といった取り組みを支援することはできよう。

■「他社リソースとの連携視点」で競争力を高める
バリューチェーン視点で発想した構造変革を具現化するには、「他社リソースとの連携視点」が必要となる。前述の建設業における協力会社の後継者問題への対応として、元請け会社による直接の支援が難しい場合は、他の協力会社(他社リソース)と連携する「協力会社同士のM&A」といった方向性を模索することも考えられる。実際に建設業では、異なる職種の協力会社同士が一緒になることで、多種多様な業務の受け皿となって仕事の幅を広げるケースは少なくない。

あるいは、今までとは異なるマーケットに参入し、これまで難しかった付加価値を提供できるようにする「異業種連携(業務・資本提携)」の検討も重要だ。今では一般的になっている物流業界の「求貨求車(きゅうかきゅうしゃ)サービス」も、その一例といえよう。このサービスは、輸送会社や運送会社がIT事業者と連携し、貨物を目的地まで運び終えた帰りの便などでトラックの荷台が空いている輸送会社・運送会社の「車輌情報」と、運びたい貨物があっても何らかの理由でトラックの手配ができないでいる荷主(事業会社等)の「貨物情報」をマッチングすることで、物流に付加価値を生み出している。

他方で、心理的ハードルも予想されるが、大手企業の傘下に入って競争力を高めることも重要な選択肢として意識すべきだ。小売業では大手流通グループの傘下に入り、購買力など規模のメリットを享受したり、新たな市場へ進出したり、販路を拡大したりしているケースがある。こうした他社リソースとの連携視点も、競争力を高める攻めの戦略として、構造変革を進めるうえでは重要となってくる。

■「守り続けていくこと」と「変えていくこと」を確認する
日本最古の企業とされる金剛組は、神社仏閣の設計・施工・修理などを行う宮大工集団として578年に創業し、2005年までの1,427年間、金剛一族が経営してきた。しかし、コンクリート建築の神社仏閣が増加したことで、大手ゼネコンとの価格競争に巻き込まれて経営危機に直面し、中堅ゼネコン・グループ傘下に入って経営再建にあたった。外部環境の変化に対応できなければ、どんなに業歴が長くとも永遠に存続することは難しい。

企業は持続的な発展に向けて、絶えず「バリューチェーン」や「他社リソースとの連携」といった視点から、より大きな構造変革の可能性を模索したい。しかしながら、従来の発想の延長線上では難しい部分がある。だからこそ、次世代を担う後継者が中心となって、より長期的な視点でビジョンを検討することで、構造変革を推進することができる。もちろん、後継者が「変えていきたい」と考えても、現在の社長が同じ考えとは限らない。現社長と「守り続けていくこと、変えていくこと」の議論を重ね、「変えない(守り続けていく)」と判断された場合は、その意図を確認し、自身が会社を引き継いだ後の経営判断に活かしていきたい。

事業承継の局面では、後継者にどのようなミッションを与えるかで「次代の経営者としての心構え」が大きく変わる。その意味においては、大きな困難を乗り越えた経験こそ、経営者としての糧となる。今こそ後継者は、目の前の新型コロナの危機対応に注力するだけでなく、自らが主体となって、自社が将来に向けてどのように変わっていくべきかのビジョンを描き、構造変革への道筋をつくっていくべきだ。

注1:みずほ総合研究所「2020・2021年度内外経済見通し~モビリティ回復は緩慢。先進国のGDP水準はコロナ前に戻らず~」(内外経済見通し、2020年8月18日)

https://www.mizuho-ir.co.jp/publication/mhri/research/pdf/forecast/outlook_200818.pdf

注2:東京商工リサーチ「2020年上半期(1-6月)『後継者難』の倒産状況調査」(2020年7月22日)
https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20200722_01.html

注3:中小企業庁「テレワークに関する調査2020」(2020年版『中小企業白書』、2020年4月24日)
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2020/PDF/chusho/03Hakusyo_part1_chap2_web.pdf

(2020年8月25日)

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