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■コロナ禍で寸断された供給網の見直し機運が高まる
新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。足元で増勢が一服しつつあるとはいえ、未だ世界では日々20万人を超える新規感染者が発生し、世界経済に暗い影を落としている。事実、主要国の2020年4~6月期の実質GDP成長率は、軒並み戦後最大の落ち込みを記録した。その背景には、各国で感染拡大防止を目的に、移動制限や営業自粛などの措置がとられたことがある。その後、社会的距離の確保といった感染予防策を前提に、経済活動は徐々に再開されているものの、感染再拡大への懸念からそのペースは総じて緩慢なものにとどまっている。

世界的な経済活動の抑制は、需要面だけでなく、供給網の寸断という点でも大きな影響を与えることとなった。生産拠点として存在感を高める中国がパンデミックの起点となったことで、そのショックが国際貿易を通じて世界各地へ瞬く間に波及したためだ。実際、中国からの部品供給に依存する日本や韓国の自動車メーカーは、部品不足によって工場の稼働停止を伴う大幅な減産を余儀なくされた。また、中国が世界生産の3分の2を担うスマートフォンは、組立工場の操業が一時停止したことから、日本・韓国・台湾で電子部品の需要が大幅に落ち込んだのは周知のとおりである。

感染拡大によるサプライチェーンの混乱を受けて、グローバルに事業を展開する企業の間では、調達先の多元化と、それに伴う海外生産拠点の見直し機運が高まっている。とりわけ、「世界の工場」と呼ばれるまでに存在感を増した中国への過度な依存に対する懸念は強い。日本政府も政策支援を通じて、国民の生命を守るために不可欠な緊急物資や、自動車などの基幹産業を支える部材を中心に、国内生産への回帰や生産拠点の多元化を後押しする方針だ。

では、コロナ禍をきっかけにサプライチェーンはどう変容していくのか。変容によって、中国の生産拠点としての地位はどの程度低下するのか。以下では、貿易取引の実態を踏まえ、サプライチェーンの今後を考える。

■「世界の工場」として中国の地位は揺るがない
まず、中国の生産構造を確認する。世界の工場と呼ばれるだけに、中国における生産の多くが輸出に振り向けられているとの印象があるかもしれない。しかし、付加価値ベースでみた生産額の約6割は、中国国内で費消される。中国は世界の工場であるとともに、世界第2位の経済大国である一面を併せ持ち、それだけ国内需要が分厚いのだ。日系企業は中国に製造拠点を多数設けているが、これら生産拠点の出荷先も中国国内向けが67.5%を占める。こうした取引は、地産地消を前提としていることから、中国国外に生産を移管するインセンティブは乏しい。したがって、サプライチェーン見直しで影響を受ける可能性があるのは、約4割の海外市場向けとみてよいだろう。ちなみに、4割という数字は、日本の生産に占める輸出の割合とほぼ同じである。

では、海外市場向けの生産は、サプライチェーン見直しの影響をどの程度受けるのだろうか。改めて説明するまでもないが、サプライチェーンを見直すといっても、すべての財が対象となるわけではない。一義的には中国への依存度が高い財が対象となる。というのも、中国への依存度が低ければ、万一の時は他国から調達することで対応が可能だし、わざわざコストをかけて中国以外の調達先を増やす必要もない。

そこで生産移管の候補になりうる対象の規模感をつかむため、世界輸出全体に占める中国の割合を品目ごとに確認する。具体的には、輸出入統計品目番号であるHSコード(6桁)に基づき、2018年に取引された6,000を超える品目について、それぞれの世界輸出に占める中国の割合を計算し、その数字が5割を超えるものを生産移管の対象になりうる品目とした。その結果、全6,553品目のうち、459品目で中国のシェアが50%を超えていることがわかった。459品目の詳細をみると、輸出金額が最も大きいのは携帯電話で、2018年に1,417億ドル相当の機器が中国から世界各地に輸出された。次いで、PCなどのデータ処理機器(959億ドル)、玩具(255億ドル)、履き物(158億ドル)、照明器具(138億ドル)の順となっている。ちなみに中国依存度の高さという点でいえば、金額は大きくないものの、抗生物質の一種であるクロラムフェニコールや、試薬・触媒に使用される亜リン酸トリエチルといった一部の化学製品は、各国が輸入の9割以上を中国に依存していた。

生産移管の対象となりうる459品目の輸出金額を足し合わせると6,592億ドルとなる。これは中国の輸出金額全体(2兆4,942億ドル)の26.4%に相当する額となり、一見、中国経済への影響が大きいように思える。だが、これら品目の生産すべてが他国に移管されるわけではない。そもそも中国の生産能力を代替できる国は限られるため、生産移管はあくまでも中国への依存度を一定程度引き下げる範囲内で実施されるとみるのが現実的だ。そこで、生産移管が行われる範囲を中国のシェアが50%を上回る分についてのみ想定して影響を試算したところ、生産移管に伴う輸出減少額は全体の5%程度、中国全体の生産額ベースで2%(5%×海外市場向け4割)にとどまることがわかった。

もちろん、この試算結果は、世界の国々がどこまで中国依存度を引き下げるかによって変わってくる。ただし、中国にとって代わる生産能力を兼ね備えた国が見当たらないことを考えれば、大幅な生産移管は見込みづらい。コロナ禍を受けて各国が中国依存度を多少引き下げたとしても、世界の工場としての中国の地位が大きく揺らぐことはないだろう。逆の見方をすれば、中国は、それほどまでに世界のサプライチェーンに深く組み込まれているということだ。

■日系企業にとって「脱・中国依存」のハードルは高い
ここまで中国の立場から生産移管の影響をみてきたが、「日本」を主語に中国との取引をみると、違った姿がみえてくる。実際、中国との貿易を通じた取引の内容は、各国の地理的状況や産業構造によって異なる。地理的な近さから、これまで中国と生産分業を進めてきた日本は、取引のすそ野が広く、また中国への依存度も自ずと高くなる。言い換えれば、日系企業にとって中国依存からの脱却は、喫緊の課題である一方で、非常に大きな変化を伴うことを意味する。そこで、先の分析と同様、日本の中国からの輸入実態を確認する。

2018年における中国からの輸入金額は、日本の輸入総額の23%に相当する1,736億ドルだった。HSコード(6桁)に基づき、輸入品目ごとの中国依存度を計算すると、中国から輸入している全4,178品目のうち1,438品目で中国のシェアが50%を超えた。1,438品目の輸入金額は合計1,223億ドルで、中国からの輸入金額のおよそ7割に達する。前述の全世界ベースでみた中国依存度に比べて、品目数で3.1倍、輸出金額シェアで2.6倍の水準となり、改めて日本と中国の結びつきの強さを確認する結果といえるだろう。

特筆すべきは、特定の品目における中国依存度の高さである。1,438品目のうち769品目で依存度が70%を上回り、90%を超えるものも276品目あった。PCやゲーム機器、エアコンといった家電製品の依存度が軒並み90%を超えたほか、水産物や野菜の加工品、フッ化水素や酢酸エチルといった化学製品も、その大半が中国からの輸入によって賄われていた。仮に、これら品目の中国シェアを50%まで低下させるには、中国からの輸入金額の2割に相当する350億ドル分を他国に振り替える必要がある。果たして、これだけの規模を他国から代替調達できるだろうか。

下図は、日本の中国からの輸入について、品目ごとの「中国依存度(縦方向)」と、それぞれの品目における「世界全体の中国依存度(横方向)」でグループ化したものである。このうち「グループA」は、中国依存度が50%以下の品目であり、現状維持が前提となる。一方、中国依存度が50%を超える「グループB」および「グループC」は調達先見直しの対象となるが、特に留意すべきは、世界も中国に依存している「グループC」だ。このグループは、日系企業が新たな調達先を探そうにも、中国製品が世界市場の過半を占めているため、代替調達先を見つけるのがなかなか容易でない。中でも70%以上を中国に依存している「グループC-2」は、生産移管のハードルが高い。このグループに属する品目群は、国内回帰を含め調達先の多元化を図る必要があるが、同時にその代替先における生産体制強化も不可欠だ。それを実行するには、相応の時間とコスト、そして企業の覚悟が必要となる。中国依存度の高さが懸念されるのは事実だが、依存度を引き下げるのにもまた相応のリスクを伴う点は留意する必要がある。

■生産分業体制の検討に必要な「多面的な評価」
コロナ禍をきっかけに、サプライチェーンの脆弱性、とりわけ中国への過度な依存に対する懸念が強まっており、海外拠点の見直しに言及する企業は多い。一方で、世界の工場として存在感を増した中国にすぐさまとって代わるような生産能力を有した国が見当たらないのも事実だ。今後、サプライチェーン多元化の一環として、中国の代替先となる国・地域の生産拠点が徐々に整備されていくとみられるが、その効果が顕現するまでにはかなりの年月を要する。したがって、当面は在庫水準の引き上げや現地調達比率の引き上げを中心に、既存サプライチェーンの強化が図られることになるだろう。

その先となると状況は複雑だ。世界に張りめぐらされたサプライチェーンは、これまでも技術革新や新興国の台頭など時代の変化とともに変容を遂げてきた。コロナ禍を契機に、サプライチェーンの強靭性が強く意識されるようになったのも、ある意味で時世を反映したものといえる。一方で、従来から検討されてきた現地の賃金水準やインフラの整備状況、貿易・投資規制、政治の安定性などの重要性はなんら変わらない。また、サプライチェーンの先行きを占ううえでは、先鋭化する米中対立の余波への留意はもちろんのこと、デジタル化の進展やそれに伴う各国の情報規制のあり方にも目配りする必要がある。

このようにサプライチェーンのゆくえを左右する変数は多い。製品分野によって各変数がもたらす影響の多寡も異なってくる。こうした状況下で、将来の生産分業体制を論じるにあたっては、多面的に評価する姿勢が重要となる。企業には、状況の変化に応じた柔軟な判断がより一層求められることとなる。

■図 対中依存度別にみた日本の中国からの輸入構造

(2020年9月10日)

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